第6話 チキンレースには負けたりしない
「はぁ。飲んだな」
館を後にした俺たちは夜風に吹かれながら散歩を始めた。散々飲んだあとはそうやって体内の酒を抜かないとな。
散歩といっても、馬に乗りながらだ。わざわざ徒歩でなんてかったるい。仲間内で雑談をしながら進んでいく。
「それにしても、なんかもう少し強い風が吹いてほしいもんだな。身体が火照ってるのに、こんな微風じゃたいして涼しくならん」
「全くですな。馬をもっと走らせましょうかねぇ」
そんな会話がどこからともなく聞こえてくる。
「良い考えだな。それじゃ、どうせなら、チキンレースでもしようぜ」
会話に乗ったのは、バーツという、伯爵家の長男だ。一応俺の次に爵位が高く、このメンツの中でも中心的な人物の一人だ。
伯爵なだけあって、こいつは俺にも比較的対等な立場で接してくる。まぁ、そんなわけで、俺もこいつに関してはそれなりに認めている。
「面白そうだが、具体的にはどうやるっていうんだ?」
興味を持った俺はバーツに話しかける。
「簡単な話だ。ここから少し進んだ先は険しい崖になっている。そこまで馬で走って、転落するギリギリで止まるといった感じだ。一番崖すれすれで止まった奴が優勝だな」
「良いぜ。やってやろうじゃねえか」
こうして俺らは馬を速く走らせ始めた。
「やっぱり先頭を走ってるのは俺になるよなぁ!」
馬の扱いにはもともと自信があったが、今では雷魔法を使い、馬の筋肉を電気の力によってほぐしながら走らせている。おかげで2位とは大きく引き離すことができている。
「俺の後ろはエッジか。やるじゃないか」
俺は鼻歌まじりでそのまま馬を走らせる。やがて、目の前に崖があることを示す看板が見えてきた。
「そろそろ止めるか」
そう呟いた刹那――。
ヒュン。
後方から見えないなにかが飛んできた。俺は身体を横に傾けることによって避けるが、馬の背中に飛んできたなにかが当たり、馬の背中を傷つける。
「ヒヒイイイイーーーーン!!!!」
「うわっ! 落ち着け!」
傷ついた馬は興奮してしまい、制御が利かなくなる。俺を乗せたまま、馬は前へと進んでしまった。
「やべぇ!」
俺と馬は突然宙に浮かぶ。崖から転落してしまったのだ。
ガッシャーーーーーーン!!!!!!!!!!!!
馬となにかが衝突する音が聞こえ、俺は空中に放り出される。
「かはっ!」
そのまま着地することも叶わず、地面に思い切り叩きつけられた俺は、肺にある空気が衝撃によって抜けてしまい、しばしの間上手く呼吸ができなくなった。
なんとか激しい呼吸を繰り返すことにより、体内に空気を入れていく。それからズキズキと痛む身体を起こすと、少し離れた距離にあるカバンを手に取った。
「ゲホゲホ。死ぬかと思った。ん? なんかおかしいぞ」
カバンがやけに軽い。さっきの
慌ててカバンの中を開ける。悪い予感は的中した。カバンの中身は空っぽになっている。これはいったいどういうことだ?
辺りを見渡す。茂みの中にいるせいか視界はあまり良くない。しかし、少し離れた場所でなにか重そうなものを袋に入れて走っている人物が見えた。
「あいつはエッジか?」
そういえばあいつ、チキンレース中に俺のすぐ後ろを走っていたような。ってまさかあいつ!!
「はめやがったな!」
間違えない。エッジは賭けに負けて金に困っていたし、崖から落下する前に飛んできた見えないなにか。あれは風魔法に違いない。エッジの保有スキルは風魔法だしな。
「エッジ、待ちやがれ!」
大声で怒鳴り散らすも、当然のようにエッジは無視して駆けだしていく。
「待てと言ってるだろう――」
「我々の馬車を襲ったのは貴様だな!」
エッジを追いかけようとしたところ、どこからともなく複数の兵士が現れ、俺の周りを取り囲む。盗賊かと思ったが、彼らはそれなりに整った身なりをしていた。
「誰だよお前らは」
「それはこちらのセリフだ! ラマテール公爵家の馬車を攻撃するとは何事か! 生きて帰れると思うな!」
「馬車? それにラマテール公爵?」
何を言っているのか理解できない。
「まぁ落ち着きたまえ。ディオ殿は状況をあまり把握できていないようだ」
どこかで聞いたような声が周りの兵士たちをなだめる。現れたのは、上等な赤マントを羽織った貴族だ。整った顔は、どこか知性を感じさせる。
「あなたはドース公爵様!?」
俺は自分の声がうわずるのを感じる。背中には嫌な汗が流れる。彼はヴェオラード王国――つまりこの国では王族についで大きな勢力を持った大貴族だ。
「お久しぶりですね。ディオ君。いったん茂みから抜けて街道の方を見てくれませんか」
俺は言われた通りに茂みからでる。少し歩いた場所に街道があったので覗く。そこには骨を折ったのか倒れこんでいる俺の馬と、屋根から御者席にかけてが破壊されている馬車が転がっていた。
「もしかして、俺の馬とドース公爵様の馬車がぶつかった?」
背中からでる冷や汗がどんどん増えていく。
「はい。この落とし前はどうつけてくれるんですか?」
額にしわを寄せながら、ドース公爵様がおっしゃる。その声は落ち着いているものの、明らかに怒気がこめられていた。
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