俺、囲碁ガールになる

葉っぱふみフミ

第1話 神様との出会い

 藤沢理人ふじさわりひとは、対局のある日本棋院に行く前に神社に寄った。

 囲碁のプロとなって8年、対局前に家から駅の間にあるこの神社に参拝をしてから行くのが、いつの間にかルーティンとなってしまった。


「今日の対局、勝てますように」


 二礼二拍手一礼して、参拝を終えた。住宅地にあるこの神社はとくに勝負の神様でも、囲碁の神様でもないみたいだが、何の神様でもいいからすがりたい気持であった。


 ◇ ◇ ◇


 理人は重い足取りで、棋院からの帰り道を歩いていた。あまり思い出したくないが、つい今日の対局のことを思い出してしまう。


 序盤は良かった。しかし中盤、冷静に見れば互角の形勢だったにもかかわらず、焦って勝負を決めに行った手が疑問手だった。

 その手を相手に咎められて、形勢が一気に悪くなりそのまま押し切られてしまった。


 これで3連敗だ。15歳でプロ入りして以来、鳴かず飛ばずの成績が続いており勝率は3,4割が続いている。この成績では対局料だけでは生活できていけないので、囲碁教室の手伝いなどで糊口を凌いでいる状態だ。


 他の囲碁棋士と自分、努力量では劣らない自信があるが、才能やセンスの面で劣ることを実感している。未知の局面になった時、相手が打つようなセンスやひらめきを感じる一手が自分には打てない。

 そんなことを考えながら、信号が変わるのを待っていた。


 ガッシャンと突然大きな音をした。音がする方を向いてみると、交差点で事故があったみたいで、制御を失った車がこちらに突っ込んでくるのが見えた。


 ――――やばい、逃げないと。


 理人は慌てて駆けだしたが、その瞬間何かにぶつかった。隣りで信号待ちをしていた女子小学生にぶつかったようだ。そのまま二人で、倒れこんでしまった。


 ドスンともう一度大きな音がして、目を開けると突っ込んできた車は電信柱に衝突して止まっており、理人と女子小学生は間一髪で巻き込まれずに済んでいた。


「お兄ちゃん、ありがとう」


 その声で我に返った理人は、覆いかぶさっていた女子小学生から体を離した。そんなつもりはなかったが、結果として身を挺して女子小学生を助けた形になっていた。

 いつの間にか野次馬の人だかりができている。みんな口々に、「青年が子供を助けた」「子供を抱えてジャンプしていた」などと言っており、女子小学生を助けたヒーローとなっていた。


 ―――勘違いだけど、嘘も方便か。


 あえて否定せずに、そういうことにしておいた。


「怪我はないみたいですね。」

 交通事故に駆け付けた警察官に聞かれ、あらためて自分の体をみてみるが擦り傷程度でとくに大きな怪我はないようだ。

 警察官に事故の状況を説明したあと、家路につくことにした。


 ◇ ◇ ◇


 家に戻った理人は、帰り道のスーパーで買ってきた弁当で夕ご飯をすませると、今日の対局を棋譜ノートに記録した。

 院生と呼ばれるプロになるための養成機関に入った時から、その日の対局を記録して反省点などを書き込んでおり、そのノートは数十冊にもなる。

 最近は、人工知能AIも発達してきたのでそれで分析することにより、今まで感覚に頼っていた部分も数字として評価できるようになった。


 ―――あそこにノゾいてから、ケイマする手があったのか。


 AIで最善手を検索かけたところ、対局中には思いつかなかった手順がみつかった。対局中にこの手を見つけられなかった、自分の弱さが嫌になる。


 対局の反省も終わったので、冷蔵庫からビールをとりだし飲むことにした。口の中に苦みが広がる。同じビールなのに、対局に勝った後と負けた後では味が違う。


 ―――努力はしている。でも1日は24時間しかない、これ以上どうやって努力したらいいんだ?


 ビールを飲みながら、思わず自問自答してしまう。囲碁教室のバイト以外は、ほぼすべての時間を囲碁の勉強に費やしている。


「タイトル獲ったら付き合ってあげる」


 2年前、片思いしていた同じ囲碁棋士の中村香澄に告白した時の返事がよみがえってきた。

 香澄は院生時代を一緒に過ごし、年齢も同い年でもあったためプロ入り後も仲良くしていた。

 香澄は実現不可能な条件をつけることでやんわりと告白を断ったつもりだったかもしれないが、理人にとっては香澄と付き合える唯一の道でもあった。

 それから2年、起きている時間全てを囲碁に費やしているが一向に成績は伸びていかない。


 ―――やっぱり、才能がないんだろうか?


 自分の才能のなさに悲観しつづけるのも嫌になったところで、ビールの酔いも回ってきたので寝ることにした。


◇ ◇ ◇


 その日の夜、理人は不思議な夢をみた。身長1メートルぐらいの老人が立っていた。長いひげに白い服を着ていた。思わず、理人は「誰ですか?」と尋ねた。


「儂の名は、烏鷺石神命うろのいしのかみのみこと。囲碁の神様じゃ。長い名前だから、烏鷺様でもいいぞ」

「囲碁の神様?囲碁の神様って平安貴族みたいな格好してるんじゃないの?」

「それはアニメの見すぎだし、そもそもその人は神様じゃないぞ」

「わかったけど、神様が何の用?」

「お主は日ごろから囲碁の上達に精進しており、しかも今日は人の命も救ったみたいだな。」


 ―――本当は違うんだけどな。


「そこで、お主に囲碁の才能を与えることにした。欲しいか?」

「えっ、マジっすか?欲しい、欲しい」

「神様相手なんだから、少しは敬語を使え!」

「すみません」

「まぁ、よい。囲碁の才能を与えるにあたって、一つ条件があるがよいか?」

「何の条件?囲碁の才能くれるというなら、でもなんでもするよ。」

「そうか、それはよかった。明日の朝になってみればわかるから、もう寝るとよい」


 ―――もし、本当に囲碁の才能がもらえるなら嬉しいけど、多分、これは夢だな。


 理人は、あまり期待せず眠りについた。




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