源氏物語異聞~或いは頭中将の優雅な日常

朱童章絵

第1話 序章

 ――ある不幸な男の話をしよう。


 とはいえ、男自身に非があった訳ではない。

 それどころか、男には地位があり、才があり、恵まれた容貌をも兼ね備えていた。

 さる帝の御代にあって、左大臣の嫡男として生まれ、諸芸に秀で、男性的な魅力に溢れている。となれば、どんな美姫も引く手あまた、出世街道まっしぐら。

 これだけでも充分に恵まれた人生を謳歌していそうなものだが、加えて、男は天から与えられた能力に甘んじることなく、研鑽を積むことを厭わぬ性質でもあった。

 それでいて堅物という訳でもなく、むしろ適度に力を抜くことを知っているので、上下問わず人望も厚い。


 男はまさに、完璧であった。


 誰もが羨む境遇にありながら、しかしなぜ、そんな男が不幸の誹りを受けるかと言えば、それはひとえに、彼以上の『輝き』が間近に存在したからだ、と言うよりほかない。

 この『輝き』は、最も高貴且つ複雑な生まれを持ち、あらゆる才に恵まれ、文字通り光り輝くような美貌を以て、誰しもを魅了した――それこそ、後の世の人々までをも。

 男の最大の不幸は、そんな別次元の『輝き』が、一番の友人であったことだろう。

 男は常に、彼の引き立て役であり、「二番手の存在」であった。

 何事かを成し、どれほどの評価を受けようと、易々とそれを越えてゆくものがあれば、誰しも心穏やかでいられようはずはない。

 そんな環境で、男が心底から腐らなかったのは、やはり持って生まれた、優れた性質のゆえであったに違いないのだ。


 とはいえ、男自身には与り知らぬこと。男は男なりに努力を重ねて、人生を駆けた。

 たとえ後世の人間が、その役回りのゆえに男を軽んじようと、成したこと、受けた最上級の評価が覆る訳ではない。



 男の真名を、藤原喬顕ふじわらのたかあきら。広く知られた若き日の官職を、頭中将。

 この世に生み出されたと同時に、永遠の二番手を宿命付けられた男。


 ――これは彼の、世に知られざる冒険譚である。

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