絶対不滅な魔法使い LORD OF LIFE

田山 凪

第1話

 髪の色は黒。

 

 身長は170㎝。


 年齢は16歳。

 

 筋肉質ではないが華奢でもない。


 その少年の名はハネイ。


 田舎育ちの少年に苗字はない。


 魔法の才能もない。


――――


 アバラスト王国の南に位置する小さな田舎町に王国の兵士たちがやってきた。町の状況を調査するための調査隊だ。隊長を務めるのはブロード・ロッケイン。銀髪の髪を一つ結びにし、顔だけ見れば中性的ではあるが、体格も声色もしっかりと男性のものだ。


「調査を開始しろ。特に食料の生産状況は細かく記録を取れ」


 ブロードの指示で兵士たちは一斉に町に散開した。

 調査隊の人数は隊長を含めて十人。兵士たちは護身用の槍を背負っている。散開した兵士たちが町の状況を聞く姿は、真摯に町を心配している様子がわかる。


 王国直属の部隊となれば、その立場から横柄な態度で国民に接することもある。だが、ブロードは国民との関係を何よりも重視している。国民を味方にすることが出来なければ、国は破滅する。


 その考えからブロードは兵士たちに常に真摯な対応を心掛けさせた。


 ブロードは町を見渡し歩いていると、酒樽を抱え店の中に運ぶ少年がいた。

 見た目から察するに年齢は16歳程度。魔法学園に入っていてもおかしくない年頃だ。しかし、田舎町の出身というだけで魔法学園は入学を拒否するどころから試験さえ受けさせてくれないこともある。


 酒樽はかなり重いだろうに何個も運ぶ姿は立派な一人の男の姿だ。


 わずかな興味でブロードはその少年に声をかけた。


「なぜ、酒樽をわざわざ持って運ぶんだい? 台車か何か運べるものはないのか?」

「あ、王国の騎士様。いえ、台車はありますが俺はあえて力で運んでるんです」

「どうして?」

「この小さな町でまともに肉体労働をできる人は多くない。いずれ老人が増えていくことでしょう。その時のために仕事しながら鍛えてるんです」


 ブロードは憂いだ。

 このような小さな町で生涯を終わらせようとする少年の言葉を憂いだ。

 

「君は魔法学園にいくつもりはないのか」

「特に考えてないですね。子どもたちの相手もありますから」

「もしかして結婚しているのか」

「あ、いえ。町の子どもたちの相手ですよ。小さな町ですから町だけじゃすべてをまかなうことはできません。だから、大人たちは別の町に行って、物を売ったり買ったりしてるんです」

「町全体が町を維持するために動いているのか」

「そういうもんじゃないんですか? 人は助け合いでしょ」


 少年の言葉にブロードはハッとした。

 現状、王国は他国からの侵略もなく、同盟国も戦争をしていないため援軍として向かうこともない。しかし、それはつい十年前ににそうなったことだ。


 十年前、ブロードは最年少の少年兵士をやっているころ。他国との戦争はかなり激化していた。北で起きた戦争のことは知っていても、南の端にあるこの町が差ほど意識してなくても仕方がない。


 人は助けあい。戦いの中で理解していたのに、殺すことに強い意志をもっていたあの頃からいまだに亡霊のごとくまとわりついてた感覚を思い出した。


「助け合いか。そうだな。君の言う通りだ」


 少年は軽く頭を下げ、再び仕事に戻った。


 ブロードが町を歩いていると、子どもたちが兵士たちを歓迎している姿をみかけた。

 槍を持つ兵士。子どもたちからすれば珍しいものだろう。

 普段厳しい訓練をしている兵士たちも、この時ばかりは子どもたちの無邪気な笑顔に表情が緩んでいた。


 こんな平和を王国全体で叶えられればどれほど素晴らしいことだろうか。

 ブロードは町の姿、人々の姿を見ながら思った。


 しかし、そんな時巨大な地鳴りのような音が聞こえた。それは定期的に連続的に鳴り響き徐々に大きくなる。


「隊長! モンスターが現れました!」

「階級は?」

「19級、ノインツェーンです!」


 モンスターの強さには階級が存在している。それは20から0までの階級があり、19級は下から二番目。だが、これはあくまで全てのモンスターの階級ではなく、兵士がモンスターを相手にする際の指標として使われるもの。


 19級、ノインツェーンは武装した兵士が十人で死者を出さず倒せる階級だ。


「こんな町にノインツェーンが。すぐに兵士を集め倒すんだ」


 兵士たちを集めている間、人影が颯爽と目の前を通り過ぎた。

 しっかりとそれを見てみると、さっきまで酒樽を運んでいた少年だった。


「君、どこへ行くんだ!」

「化け物が現れたんですよ! ぼさっとしてる場合じゃないでしょ!」


 兵士や騎士、それに魔法学園の生徒たちなどはこの世界に満ちる魔力を感じることができる。だが、魔法と関わっていない一般人は魔力を感じる訓練をすることがないため、本来ならばモンスターの放つ魔力を感じることができない。


「あの少年は魔力を感じているのか。イル、少年を止めに行け」

「了解です!」


 調査隊の紅一点、黒髪のショートカットが特徴的なイルが少年の下へ向かった。

 ブロードも兵士を集め現場に向かう。


 そこには体長5メートルの人型モンスターが立っていた。足は太く馬でさえも簡単に潰しそうな迫力があり、肌は筋肉隆々で丸太のような腕。長く器用に動く鼻、鼻の根元からは二本の角が生えている。


「た、隊長……」


 イルは放心状態でブロードの下に戻って来た。

 顔には真新しい血がついているがイル自身のものではない。


「どうした。何があった」

「あ、あれを……」


 イルが指をさしたのはモンスターの足元だった。

 岩のような大きな足の下には、助けを乞うようにブロードたちのほうへと向く腕が見えていた。


「な、なんだとッ!? あそこにいるのは少年か! あの少年なのか!!」

「申し訳ありません! 止めようとしたのです。なのに少年はモンスターに立ち向かっていって」


 イルの服には肉片がついていた。それは少年の物だろう。

 平和な町に突如と襲い掛かって来たモンスター。

 ブロードは兵士たちを下がらせ剣を抜いた。


「この俺が直々に相手をしてやる。名も知らぬ少年だが、生き様や考えには学ぶべきものがあった。せめて、この俺の手で!」


 その時、モンスターは自身の足元へと視線を向ける。

 何か異変を感じ取ったのだ。


「た、隊長……見てください……」

「なんだあれは……」


 ブロードは目を疑った。

 戦争を経験し、いくつもの屍を乗り越え、いくつもの屍を作り上げ、仲間と共に戦うことの出来た自身の目に、疑いをかけてしまうほどのことが目の前で起きていた。


「――いってぇ……。前の奴より強いみたいだな。でも、どうやらまだ俺には命があるみたいだ」


 モンスターの足元にあった開いていた手は、いつの間にか握りこぶしになっており、地面を押さえつけていた。


「このやろう!!!」


 勢いよくモンスターが上へと飛んだ。

 モンスター自身の力ではない。

 モンスターに踏まれていた少年、ハネイが立ち上がった。


「少年、大丈夫なのか?」


 ハネイは首や肩、腰を軽く動かしボキボキと音を鳴らすと振り返って言った。


「あー全然大丈夫ですよ。俺、丈夫なんで」


 額から溢れる血で顔を赤く染めていたが、すでに体の傷は癒えていた。

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