第二破天荒! 許されざる破滅の皇女!!


 仇襲連合初代総長・筑豊寅子は確かに死んだ!!

 がしかし……!?

 ならばこれは一体どういうことか!?


「 覇 ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ッ ! ? 」


 白亜の宮殿に響き渡る自らの怒声により!!

 彼女は前世を思い出した!!

 生来の面倒見の良さが災いし! 一般生徒に迷惑をかける不良共をボコり続けていたら!! 頂点(テッペン!)獲ってた高校生活!!

 乙女ゲーとの出会いは九州制覇をキメた直後!!

 先日家を出た姉の残したPCにインストールされていた怪しいアイコンをクリックしたその瞬間!! 寅子は迷宮に閉じ込められたッッ!!

 そう! 恋という名のラヴィリンスに! 『美王子♥恋迷宮(ビューティープリンス・ラヴィリンス!!)』なる乙女ゲーの世界に!!


 説明せねばなるまい!!

 『美王子♥恋迷宮』とは!! ファンタジー世界の学園で個性豊かな王子達と恋・友情を育む乙女向けADVゲームである♥

 美しくも闇の深い王子たちとの恋は正に迷宮♥ 王子の数だけ恋があり、選択肢の数だけ行き止まり(バッドエンド♥)がある♥

 若干の鬱要素とハード展開を有すその乙女ゲームは、初心な寅子の心をガッツリと掴んで離さなかったのだ♥


「覇 ア ァ ァ ァ ァ ア ア ア ッ ♥」


 全ルート・全制覇をKIAIで果たした寅子はその後! 姉より衝撃の事実を知らされる事となる!

「実はあのゲームさ、来月リメイクがでるんだよねぇ」

 それを聞いた寅子は! 仇襲連合の解散を即断!!

 族抜けの儀式を無事制し! その足で向かったアニメイツ小倉店前にて!! 大型トラックに挑み絶命したのだった!!


「 グ 覇 ア ア ア ア ア ア ア ア ァ ァ ・ ・ ・ ! ?」


 末期まつごの瞬間を思い出した彼女は叫ぶ! 叫ぶ! 叫び倒す!

 自分がもっと強ければッ! あのようなトラック粉々に粉砕し! 無事家で乙女ゲーがやれたのにッ!!

 どうしてあたしはッ! あたしはこんなにも弱いんだああああああッ!!

 柔らかなベッドの上に拳を振り落とし続ける彼女の耳元に、不意に聞き慣れぬ少年の声が聞こえた。


「……あの、お姉様? 大丈夫ですか……?」


 ふかふかのベッドの上でもんどり返る自分を心配するかのようなその声に、彼女はパチリと目を開いた。

 ――なぜだ? どうしてあたしは生きている?

 怪訝な気持ちで傍を見ると、そこには小さな子供が居る。天使のように美しい、外国人の少年だ。

 ふわりとした金髪にくすんだ碧眼を持つその少年は、どこかオドオドと自信が無さそうに、ベッドで転げ回る彼女の顔を、不安そうに覗いている。まだ年の頃6・7才といったところだろうか。女の子のように可愛らしい。

「オネエサマ……?」

 あまりにも聞き慣れぬその呼び名に、辺りを窺わずにはいられなかった。そんな挙動不審の彼女を見て、少年は目に涙を浮かべた。

「大変だ……! ぼくのせいでトラエスタ御姉様がおかしくなってしまわれた……!」

「ト、トラエスタ……?」

 聞き覚えのある名前を聞き、なぜか背筋は凍りついた。嫌な予感がしてならなかった。

 トラエスタ……正式名称トラエスタ・シス・ラヴィルスは、『美王子♥恋迷宮』のあらゆるルートで主人公の恋路を掻き乱す我儘な皇女様で、生前の寅子が最も侮蔑してならない人物の一人であった。

 と言えど、それは勿論ゲームの中、架空の人物の架空の話。トラエスタなんてクソ女は、寅子の住む現代日本には存在しない。

 ……がしかし、ならばこれは一体どういうことか? 九州のドヤンキーである自分が『トラエスタ』などと呼ばれている、この不可解な状況は……?

 目の前の少年の顔を良く覗き込んでみると、確かにコレは、この美少年は……!?


「シャルル……? お前シャルル王子なのか……?」


 美王子♥恋迷宮における攻略対象の一人、金髪碧眼メンヘラ王子・シャルルの名を呼びながら、彼女はそっと手を伸ばした。

 ゲーム内の登場人物・シャルル王子そっくりの、しかしまだ随分と幼い大きな瞳。そこに溜まる涙の雫を拭おうとした彼女はそこでやっと、自分の手もまた随分と幼い形になっていることに気がついた。かつて拳ダコにまみれていた彼女の手は今、まるで子供のように小さく丸っこく……そしてパンパンに膨らんでいた。

 まるで太った子供のような自分の手と、乙女ゲーの攻略対象にソックリな眼の前の少年の顔を寅子は……いやかつて寅子という北九州のドヤンキーだった彼女は、信じられない思いで眺め尽くした。


「なんなんだよ……!? この、ブヨブヨの腕は……!?」


 絶句するよう呻きながら、本当はもう薄々と気付いていた。

 美王子♡恋迷宮の名悪役・トラエスタ皇女は丸々と太った巨女だった。……その幼少時代は確かにきっと、こんなデブのガキだったろう。

 王侯貴族の私室らしい瀟洒で広大な部屋の中、置かれた立派な姿見で自分の姿を確認した筑豊寅子ことトラエスタ皇女は、絶望しながら確信した。


「このあたしが……ッ!? 悪役皇女トラエスタだとおおおおおおおッ!?」


 ――ザッケンナオラァ!! ブッチャースゾゴラァ!!

 乙女らしい言葉遣いと共に真実を語る鏡をぶち割ろうとしたトラエスタはしかし、新たなる闖入者に釘付けとなった。

 ノックと共に開いた部屋の扉から現れたのは、新たなる美王子(ビューティー・プリンス)である。


「申し訳ありませんトラエスタ様、待ち切れずにお部屋まで来てしまいました。……随分取り乱しておいでですが、一体どうされたのですか?」


 扉を開き現れた少年はやはり年の頃6・7歳といった背丈で、その割りには大人びた雰囲気を漂わせる黒髪の美少年だった。その爽やかで涼し気な切れ長の瞳を無遠慮に指差しながら彼女は、……トラエスタはもう白目すら剥きかけていた。


「おおおお、おまえはッ!? りりりりッ、リガルド王子……!?」


 丸っこい指で顔を差されると、新たな乙女ゲーの攻略対象……リガルド・ジ・オウル王子は柔らかく微笑んだ。


「はい。本日を以て正式にトラエスタ様の婚約者となった、リガルドでございます」


 澄み渡る青空のごとき爽やか微笑を浮かべる黒髪の美少年・リガルドを見詰めているとやがて、堪らず白目を剥いていた。喉の奥からは「ガハァッ!?」と喀血が巻き起こり、息詰まり半狂乱に陥った。なぜだ? 何が起きたらこんな残酷な事が起きるんだ? 心中で喚くしか術がなかった。

 とても愛する乙女ゲーの登場人物に出会ったとは思えぬ彼女のその反応には、無論それなりの理由がある。


「お、おおおおお、お前ら全員今すぐ出てけえええええええええっ!! テメェ(シャルル)も! そんでお前(リガルド)も! 絶対あたしに近づくんじゃねぇえええええッ!!」


 突如正気を失い叫び始めたトラエスタを、二人の美王子は困惑顔で眺め続けるのだった。

 彼らは全く知る由もない。トラエスタ皇女がここまで取り乱す、その真の理由を。

 シャルルとリガルドはどちらも『美王子♥恋迷宮』の攻略対象である。そして当のトラエスタは、彼らと主人公プレイヤーの恋路を邪魔した末、語るも無惨な破滅を迎えてしまう、それは哀れな悪役なのだということを。

 まだ幼い二人の王子は、無論知る由もないのだった。


「帰れぇええええええええええッ!!」


 どうやら自分の魂は死後、愛する乙女ゲーの世界に迷い込んでしまった。それもほぼ全てのルートで凄惨な破滅を迎える名悪役・トラエスタ皇女として。

 彼女がその事実を受け入れ、そして定められた運命に抗うことを決意したのは、一晩シクシクと泣き明かしてからのことである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る