第9話

 静寂に包まれた店内を、ドアをノックする音が揺らした。

 マキは袋の縄をほどき、五郎はリボルバーに手をかける。

「麺の材料を届けに来たんですけど、いませんかぁ~!」

 扉の向こうから着終えてきた男の声にサブとマキは顔を見合わせる。

「いつも使っている店の者の声だ、間違いない」

 サブの言葉にマキが頷くと、サブは扉を開ける。外には割烹着を着た男が立っていた。

 店内にいた一同はほっと息をつく。

「おまえら、動かずに武器を捨てろ!」

 次の瞬間、彼の後ろに隠れていた男たちが銃を構えて店内になだれ込んで来る。虚を突かれながらも銃を抜いた五郎だが、一斉に銃口を突き付けられて両手を上げる。マキもこの状況では剣を抜くことができない。

 割烹着の男は脅されて案内したのだろう、恐怖心から顔が真っ青になっている。

 真っ先に口を開いたのは五郎だった。

「わかった、降参するよ。銃を渡す」

「動くな!」

 五郎に刺客たちの銃口が向けられるが、五郎は臆することなく、銃を逆さに持ち、銃口を自分に向けた状態で刺客たちに銃を差し出す。確かにこれでは発泡できない状態である。

「警告するってことは、俺たちを生きて連れて来いって言われてんじゃないの?」

 五郎の見透かしたような言葉に舌打ちしつつ、刺客の一人が手を伸ばし五郎の銃をひったくろうとする。

 その手が銃に届く直前、五郎が合図でもするようにもう片方の手でマキの背中を二回叩いたことに刺客たちは気が付かなかった。

 五郎は、トリガーガードに突っ込んでいた中指で銃を180度回転させ、刺客たちが動くよりも早く引き金を引いた。

 銃を取り上げようとした男が地面に崩れ落ちる。

 マキが椅子から飛び降り、低い体勢を取り五郎の射線を確保しつつ懐からドスを抜く。マキが刃を振りぬくと、狭い店内に密集していた男達から血が噴き出した。

「畜生!」

 悲鳴のような悪態を叫び、引き金を引こうとした男たちめがけて五郎はリボルバーの5連射を叩き込んだ。しばしの沈黙の後に五郎は銃を下す。

 硝煙の煙が薄れたころには、店内は5人の刺客の死体と、震える割烹着の男、獲物だったはずの3人のみが残っていた。

「あっ、あの!私はどうすればっ!?」

「……麺の材料はそこに置いて行っていい」

 震えている割烹着の男にサブが声をかける。

「毎度ありがとうございましたぁ~!」

 飛び跳ねるように、割烹着の男は悲鳴を上げながら走り去っていった。

 ようやく店内は落ち着きを取り戻す。サブは麵の材料を丁寧に調べ、返り血がついてないことを確認する。彼にとっては、血の海が広がっている店内よりも麵のほうが優先順位が高い様子であった。

「私たちも早くここを離れたほうがいいわね。……元仕事仲間だから私のやり口は割れてる。やりづらいことこの上ないわ」

 険しい顔でマキは首を振った。

「榊原が会合の日を変える可能性はないのか?この街に俺たちがいることはバレてる」

「榊原はオヤジから私を仕留めることを言明されてるはずよ。

 そうでなければ腕利きをここまで豊富に使えるわけがない。そのうえで、襲撃がすべて失敗している事実は榊原にとって相当痛いはず。発覚すれば他の幹部からの突き上げを食らって失脚もあり得るでしょうね。

 100名規模の大きな組とはいえ、これだけの犠牲を2人に強いられたんですもの」

 2人の会話をサブは静かに聞いていた。先ほどからになかを言おうとするものの、あまりうまい言葉が彼には思いつかないようだった。

 彼は情報屋であった、なぜこんな偏屈な仕事を始めたのかは彼自身にもはっきりとしない。彼が寡黙な性格であり、なおかつ度胸があったことから、小遣い稼ぎのつもりで行っていた情報の売買で生活ができるようになるまでに時間はかからなかった。

 城間組が地域一帯を治めるまでには危ない橋を何度も渡ったが、敵対組織が殆ど全滅し、情報を売る相手が城間組以外に残らないような状況になった今では、趣味である蕎麦作りの店舗を構えるぐらいには平穏な日々を過ごしている。

 平和な時間に慣れすぎたのかもしれない。サブは城間組の中でも付き合いが長いマキが死地に赴こうとしていることに悲しみを感じていることに困惑していた。

「なに、サブちゃん。さみしいわけ?」

 サブが顔を上げると、そこにはニヤリと笑うマキがいた。

「そうかもしれないな、お前との付き合いは誰よりも長い」

 マキは面食らったように目を丸くしたが、すぐに表情を戻し腕を組んだ。

「……生き残るわよ、絶対に。頼もしい相方もいることだし」

「では次の来店までに新作を考えておく」

「2人で、食べに来るわ」

 短い別れの言葉を交わし、マキと五郎は裏口から裏路地の闇に溶けていった。

 彼らを見送った後、サブは改めて店内を見渡し、顔をしかめた。

 折り重なった死体から抜けきった血で、店の床は血の海と化している。

「間に合わなかったか。

随分と派手にやってくれたなぁ。若い衆は全滅だってのに……」

 ぼやくような声に、サブは驚きのあまり声を漏らした。

 いつの間にか、店内には一人の男が立っていた。帽子をかぶり、腰には銃を差している。

 サブは一度だけこの男と会ったことがあった。宮崎琢磨という男で、腕っぷしが評価されて城間組の幹部の一人に成り上がった悪名高い男である。

「なんであんたが、ここに」

「人手が足りねぇのよ。奴らが殺しまくったせいでうちは半壊状態だ」

 奴らとはマキたちのことだろう。サブはなぜこの男が直に足を運んできたのかを察した。

「榊原は火消しにご執心でね。ま、あんたも今までいい思いしてきたろ」

 銃口が自身に向けられる。

 自身の流した情報で消えていった者たちの最後も、このようにあっさりとした幕切れだったのだろうか。どうやら自分の番が来たようだとサブは思った。

「地獄で待っている」

「地獄に落ちる前提か」

 苦笑いの後に宮崎は引き金を引いた。

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