二十四話 『絶縁と和解』
春人は春香のことが嫌いだ。好きな人を取られたこともそうだが、それを差し引いても春香のことは好きになれなかった。
ただ一つだけ春香に感謝している部分もある。それは、父親の溺愛を一身に受けてくれたことだ。
最初の頃は勿論、嫌だった。自分のことを見てくれる人はいない。使用人すらも自分を見ないし、誰も春人のことを見なかった。
だけど、中学の頃から父親の溺愛が歪んだ愛であることに気がついた。父親には春香しか見えていないのだ。その歪みきった愛情を向けられると正直なところ辛いし、春香に感謝すらした。
極め付けは授業中に電話して来たから拒否しただけで学校にヘリコプターで乗り込んで来たことだろう。
あの時は本当に驚いたし、呆れた。そして何より怖かったから春香で良かった、と心底そう思った。あんな父親に執着されるなんて可哀想だと、そう思った。
そして今は父親と面と向かって話をしていた。
「……ふざけているのか?春人!あんな場で婚約破棄する奴があるか!!」
怒り狂う父親の声を聞きながらため息を吐く。今回の政略結婚は上手くいく過程なんて一個もなかった。
婚約者であるカナもそして自分も別の好きな人がいたし、お互いに好きな人がいたからこそ土壇場で婚約破棄が出来たのだ。
だから、後悔も無いし、これで良かったと思っている。それに、今更どうこう言ってもあの時間は返ってこない。
「知らねーよ。お前の会社が危なくなったからあっちの会社に話を持ち出したんだろ?石田さんの会社が困っているようには見えなかったし」
春人は知っている。父親の会社が経営がギリギリの状態になっていることに。
それでも父親は会社を続けたいから無理矢理婚約を結んだ……ということだろう。
「え!?そうだったの?!」
春香は知らなかったらしく、驚きの声を上げる。春香には知らせなかったのだろう。春香は父親に大事にされ、溺愛され
続けていたから。
「俺はここから出ていくわ。和馬の家に行く。そしてあいつを襲う」
「だ、ダメよ!私の恋人に手を出さないでっ!!」
春香がそう言って敵意剥き出しの目つきで睨んでくる。そんな目をされても何も感じない。
もう既にこの家は春人にとって敵地なのだ。味方などいない。家族でさえだ。
「……は?待ってくれ。待ってくれよ……!春香!お前……!和馬くんのこと付き合ってるのか?!」
「知らなかったのかよ。滑稽すぎる」
笑いが絶えない、というのは正にこのことだろう。溺愛していた娘が幼馴染で信頼のある父親曰く、春香の第二の保護者と言っても良いであろう男と恋人同士になっていたというのだから。
「……俺、お前のこと大嫌いだし、これからは関わらないようにする。石田カナとは絶対に結婚しないし、連絡先も消す。それじゃばいばーい」
そう言って春人はこの場から去っていく。もう二度と会わないし、会う気もない。
「さようなら。父親だった人」
小さい頃は認められたかった人だった筈なのに。いつの間にか憎む対象になっていたな……。
そんなことを思いながら春人は玄関から出ていき、扉を閉める直前……
「春人!私も行く!和馬は渡さないから!」
と言う声が聞こえた気がしたが無視して扉を勢いよく閉めたが、
「待って!話をしよう!春人!和馬のこともそうだけど、今まで話せなかったことを一杯話そう!春人がどんなことを言っても私はついて行くから!」
と言い、春人の腕を春香が掴む。いつもなら鬱陶しく、振り払っていただろうが、今の春人にその力は残っていなかった。
だから、
「………分かったよ」
つい、承諾してしまった。いつもの自分なら絶対に言わないであろう言葉。だが、それは心からの本音でもあったのだ。
△▼△▼
それから沢山話した。どうして春人が春香のことを嫌っているのか?とか、どうしてこんなことになったのか。
男が好き……というだけで気持ちが悪いと言われた過去のことも話したし、カナのことも少しだけ話したが、終始春香は無言だった。
普通なら罵倒され、気持ち悪がられると思った。しかし、意外にも彼女は黙ったまま静かに聞いてくれたが、どんどん俯いている時間が長くなり――。
「……やっぱり気持ち悪かったか?俺の話……」
罵倒されないのは良いことだが、無反応だと不安になるものだ。
そして、長い沈黙の後、春香はゆっくりと顔を上げ、口を開いた。
「ねぇ、春人、一つだけいいかしら」
「何だ」
ゴクリと唾を飲み込む。春香の言葉が怖い、と思ったのは初めてだ。気持ちが悪いと言われるかもしれない。
別に春香にどう思われようがどうでもいい、と思っていたのに……と思っていると、春香が春人にデコピンをした。
「痛っ!何すんだよ!!」
「馬鹿か!お前!私と和馬がそんなので軽蔑するとでも思った!?気持ち悪いと言うと思った!?私はともかく、和馬のことは好きなんでしょ!?なら、どうして和馬のこと信用しないのよ!!もっと自信持ちなさいよ!」
「い、言えるわけがねーだろ!それを自覚したのも中一のときだぞ!そして恋心を自覚した次の日にお前らは付き合ったんだからな!!」
「そんなの関係なしに勝負を挑んで来てよ!理由も分からず避けられてきた私の身にもなってよ……!ずっと辛かったんだから……!」
「………それは」
確かに、あのときはお互いと為だと思って春香のことを避けた。元々、春香にこのことを言うつもりもなければ、和馬にも言うことはない、と思っていたからだ。
「それにね、私、春人のこと羨ましかったんだよ?私は父親の歪んだ愛を受けて育ってきたけど、春人は違う。好き放題やってても怒られなかったし、誰からも好かれていた。私がどれだけ努力しても手に入れられないものを持っていて……それが……凄く……妬ましかったの」
「何言ってるんだ。春香だってクラスのムードメーカーじゃん。俺の関係は上辺だけだし」
「私も友達と言える子なんて奈緒とカナちゃんぐらいしかいないわよ……」
そう言いながら春香は自嘲気味に笑う。
春香はクラスの人気者だ。明るくて優しく、面倒見が良いから男女問わず慕われている。
そんな春香が自分のことが羨ましい?春人がいろんな人に好かれてるとか何のギャグだよ、と思いながら春人は春香を見る。だが、しかし、春香は……
「だって……あんな気持ち悪い父親の愛、春人は受けたい?私は嫌だなぁ。門限が五時とか、夜遅くまで遊びに行くな、って言われるの……」
「まぁ、それはうざいけども……。」
そんな話をしながら春人と春香は和馬の部屋を不法侵入し、和馬に怒られるのだがそれは別のお話である。
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