幼馴染の元に

柚木と別れて歩き出す。


「いやー、良かったわ。緋月君が戻ってきてくれて」

「…はい」


…これでいいんだ。これでいいはずなんだ。なのに…なのにどうしてこんなにも気持ちが晴れないんだ?優子さん達は俺を必要としてくれている。それならそれでいいじゃないか。何をそんなに考えることがあるんだ。


「ごめんね?あの時何も言ってあげられなくて」


あの時?あぁ、俺が家を出ていくと言った時か…


「…いえ、気にしないでください」


この人は間違いなく優子さんだ。でも前までの温かい雰囲気を感じない。…本当に優子さんか?本当は俺を騙すために誰かがこんなことをしているんじゃないのか?


…俺は何を考えているんだ?そんな馬鹿なことあるわけないだろ?おかしいぞ俺。しっかりしろ。柚木と離れてまで家に帰ると決めたんだ。


…本当に離れて良かったのか?離れる寸前柚木はどんな顔をしていた?


「また今日からよろしくね。緋月君。私たちにはあなたが『必要』だから」

「…はい」


もう考えるのはやめよう。考えたって仕方ないんだ。そう、仕方ないことなんだ。


段々と家が近づいてきた。そうなる事に動悸が早くなっていく。おかしいな。…なんだか息苦しい。どうしたんだろうか。


「そろそろ私たちの家ね」

「そ、そうですね…」


どうなってるんだ?冷や汗が止まらない。本能がこの先に進んではいけないと警告している。なんだ?何が俺を引き留めようとしている?


「柚木…」


自然と大切な幼馴染の名前がこぼれた。


『待って…待ってよ緋月!ねぇ待ってよ!』


っ!柚木は泣いていた。人目を気にする素振りもなく泣いていた。それはどうしてだ?俺のためか?俺のために泣いていたのか?もし仮にそうだったとしたら俺は何をした?俺のために泣いてくれた柚木を突き放したのか?俺は…なんてことを…


こんなところでゆっくりしていていいのか?いいわけない。戻らないと。柚木の元に戻らないと。


「あ、あの…優子さん」

「ん?どうしたの?」


俺は震える声で優子さんに声をかけた。まだ動悸は収まらない。むしろ酷くなっている。だがここで怯んではいけない。何が俺をここまでつき動かしているのか分からない。ましてや俺は今うつ病という状態だ。まともな判断をしているのかどうか分からない。でも、でも柚木を悲しませるのは間違っている。


「お、俺!や、やっぱり家には戻りません!」

「…は?」

「え?」


優子さんの口から出た声は低くて冷たかった。あれ?優子さんってこんな人だったっけ?


「なにを…言ってるの?」


優子さんは灰色をした目で俺を見つめている。


「あなたは私たちの家族なのよ?あなたが私たちの元に…私と雅と杏寿菜の元に戻るのは当たり前のことでしょ?」


え?父さんは?その中に父さんは居ないのか?この人は…一体なんなんだ?さっきより俺の中の警告が強くなっている。この人と一緒に居てはいけない。早く離れろ、と。


「も、戻りません…俺は…俺は柚木の元に戻ります!」

「…あぁもうなんで!なんで思い通りになってくれないの?!あなたは私たちのために働いていればいいのよ!」


ものすごい剣幕にたじろいでしまいそうになる。だがここで引き下がる訳にはいかない。絶対にだ。


「嫌です!俺は…俺は柚木のところに行かせてもらいます!」


そう言って俺は踵を返して来た道に向かって全力で走り出した。


「待ちなさ…待て!」


優子さんが追いかけてくる。だがそこは年の差か、俺が全力で走るスピードに優子さんは着いてこれていなかった。


何分走っただろうか?視界に学校が見えてきた。そして学校の正門の前には今だに泣いている柚木が居た。


「柚木!」

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