三枚目



 花水木探偵事務所から、徒歩十五分。

 駅にほど近いファミリー向けマンションの一室が、僚成くんの家でした。

 間取りは2LDK。

 子供部屋、夫婦の部屋、それにリビング、ダイニング、キッチンです。

 僚成くんの案内で部屋に通された私たちは、まず内装に驚かされました。

 ほとんどの家具が、手製ハンドメイドなんです。

 よく言えば手作り感溢れる、悪く言えば素人デザインのものばかり。

「母ちゃんが作ったんだよ。昔からDIY好きでさ。

 知ってる? DIYてのは……」

「Do It Yourself。自作の精神ですね。

 日本では《日曜大工》とも呼ばれています」

「そうそれ!

 母ちゃん、ホームセンターのパートしてんだ」

 なるほど。逞しそうなお母さんです。筋肉ムキムキのイメージです。

 彼女の隠したアダプター探し、一筋縄ではいかないかもしれません。

「パートから戻るのは、夕方だったね?」

「うん。だいたい五時くらい」

「今からだと、調査できるのは七時間ほどか」

 時計を見上げる先生の傍らで、私はスマホを取り出しました。

「昨日、ネットで調べておきました。

 ゲーム機本体やアダプターを隠す事案は、今でも多いようです」

「悪しき伝統だな」

「これには《親族相盗例》が適用され、窃盗罪に問われません。

 家庭内の問題として、法的に無罪ということです」

「立ち入り調査はグレーどころか、ブラックか」

「僚成くんの協力者として手伝うなら、一応セーフです。

 もちろん、バレないに越したことはありませんが。

 調査の痕跡を残さないよう、くれぐれも慎重にお願いします。

 先生は、使ったティッシュをちゃんと捨ててください」

「わかったわかった」

 生返事を問い詰めたいところですが、時間がありません。

 私は白手袋を着けながら、説明を続けました。

「アダプターの隠し場所に多いのは、押し入れや親の部屋。

 それに、子供の手の届かない高所も選ばれやすいとか。

 ほとんどが手間をかけない、安易な隠し方だということです」

「今回もそう願いたいねえ」

「頼むよ、マジで」

 不安そうな僚成くんに笑いかけ、私は言いました。

「任せてください。

 花水木探偵事務所は、解決率100パーセントです!」 


 それでは、私たちの調査手順をご紹介しましょう。

 まずは部屋の写真を撮ります。

 家具や置物の並びや角度がわかるよう、とくに念入りに。

 これは後片付けの時、正確に復元するためです。

 物を取る時は、ほこりを動かさぬよう、細心の注意を払って。

 専用シートを用意しておき、その上へ移動します。

 女性は敏感ですから、わずかな家具の変化にも違和感を覚えます。

 ずさんな調査が原因で、家庭内不和を起こすわけにはいきません。

 

 部屋の担当は、まず先生が子供部屋から。

 すでに僚成くんが調べてしっちゃかめっちゃかなので、気兼ねなく。

 まだ調べる余地がありますし、ここなら復元も必要ありません。

 ティッシュは後で拾うことにします。


 私は夫婦の部屋から調べることにしました。

 ベッドが置かれた寝室なので、隠し場所が少ないですし。

 先生によれば、寝室は女性が調べた方がいいそうです。

「妙なものが出てくるかもしれないから」って。

 妙なものとは何なのか、何度聞いても教えてくれません。

 皆さんは何だと思います?


 午前の調査の結果、子供部屋と寝室はハズレでした。

 (妙なものも出ませんでした)

 残るはリビングとキッチン。それに風呂場とトイレ、玄関。

 その前にお昼の休憩です。


「アダプターを見つけたとして、また隠されたらどうするんです?」

「大丈夫。母ちゃんと賭けしたからさ。

 次、オレがアダプターを見つけられたら、二度と隠さないって」

「今まで何回も隠されてるんですね」

「約束が守られるか、怪しいものじゃないか?

 親と言うやつは、平気で子供を裏切るからな」 

「先生、子供に恨み言を言わないでください」

「それも大丈夫。

 うちの母ちゃん、ズルは絶対しないから」 

いいお母さんグッドマムなんですね」

「まーねー」


 昼食をインスタントで済ませ、私たちは調査を再開しました。

 私はキッチンとダイニング。先生は面積の狭い、玄関、風呂、トイレ。

 先生が不手際なわけじゃありません。鼻をかむ分、私より遅いんです。

 私に調査を教えてくれたのは先生ですから、悪しからず。

 僚成くんにはティッシュ拾いをお願いしました。心底嫌そうでしたけど。


 私は、キッチンから調べ始めました。

 日本では「台所は女の城」と言うそうです。いかにも怪しいじゃないですか。

 まずはシンク下。鍋やボールを出して、収納の奥まで。

 壁のあちこちに架けられたDIYの小棚も要チェックです。

 見過ごしがないよう、取り外して確認していきますが……収穫なし。

 ダイニングの調査も終わりましたが、やはりアダプターは出てきません。

「うーん、駄目だね。こっちはハズレだ」

 先生と僚成くんも、手ぶらで戻ってきました。

 もうおやつの時間です。残りわずかです。

 私たちは手早くお茶しながら、相談しました。


「残るはリビングですね」

「そこも探したんだけどなー」

「いちから探し直すしかありませんね」

「そうだ、思い出した。

 うちに持ってきた箱は子供部屋にあったようだが、あの中は?」

「あー、見た見た」

「となると、やはりリビングか」

「あと二時間あります。徹底的に調べ上げましょう!」


 そうして私たちは、最後の調査に取り掛かりました。

 一番広い部屋だけあって、怪しいポイント満載です。

 テレビ棚。ゆったりしたソファ。手製のぬいぐるみ。アロエの鉢植え。

 念入りに調べていきますが、どこにもアダプターはありません。

「……先生、見てください!」

 ようやく異常を見つけたのは、DIY製の大きな本棚でした。


「この本棚、左右で背板の厚みが違います。

 何か、箱みたいなものが挟まってるような……怪しくないですか?」

 

 

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