<episode 4> 悪役令嬢、闇魔法で無双する。

「いくら闇魔法の使い手でも、この数の悪魔を相手に一人じゃ勝ち目はねえ」


 先刻のこの悪魔の発言には訂正が必要だ。

 正確には乙女一人と猫一匹である。

 たかだか猫一匹。悪魔にしてみれば勘定に入れるまでもないということなのだろうが、それが命取りになることを彼らはまだ知らない。

 ワタクシはエトランジュ・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢。闇魔法を自在に操る者なり。

 さあ、闇魔法の真価をとくとご覧に入れて差し上げましょう。


「ネコタロー。貴方がいてくれて本当にラッキーでしたわ」


 労いの気持ちを込めてネコタローの額を一なでしてから、そっと呪文をつぶやく。


「仮初の兵(つわもの)よ、漆黒の闇より現れいでよ。レギオン」


 すると、ネコタローが2匹に増える。


「レギオン × 5」


 ネコタロー2匹×5=合計10匹。


「ひっ、ひっ!? どうなってんだ!? 黒猫があっという間に増えやがったぞ!」


 丁寧な実況、痛み入りますわ。

 これはワタクシが得意とする闇魔法の一つ『レギオン』。一時的に対象の分身(クローン)を生み出し、増殖することができる。生前、数に訴えかけてくる輩の相手をするときに愛用していた魔法だ。

 驚き慌てふためく悪魔たちをよそに、ワタクシは淡々とネコタローを増殖させていく。


「レギオン × 5 × 5」

「レギオン × 5 × 5 × 5」


 えーと、合計は……?

 まあ、細かい計算はさて置くとして、数の優位を誇っていた悪魔たちに対して、その優位だった部分をごっそり根こそぎ奪って差し上げた。

 たかが黒猫。されど黒猫。これだけの数がそろえば数の暴力が成立する。

 ただし、ここで安心するのは素人だ。

 相手は悪魔。油断してはいけない。さらにダメ押しの一手を打っておくのがプロフェッショナルというものだ。


「汝の奥底に眠る狂戦士の血を呼び覚ませ。ベルセルク × 全体(オール)」


 『ベルセルク』は一時的に対象の攻撃力を4倍にする闇魔法だ。その反動として防御力は4分の1になり、知能に至ってはパラメータが0になる。つまりは対象を狂戦士に変える魔法だ。もはや呪いと言ってもいい。それをすべてのネコタローにかけたのだ。

 魔法をかけられたネコタローたちの瞳に爛々と怪しい光が宿る。獰猛に牙をむき出し、鋭い爪で敵を威嚇するさまは、さながら百獣の王のようだ。


「くっ、くっ、くそーーー! て、てめえは悪魔か!!?」


 悪魔は貴方たちのほうでは?

 ……まあ、確かにこれは悪魔的手段ではあるかもしれないけれど。

 しかし、こちらはか弱い乙女一人に猫一匹。正面から正々堂々戦うなんて考えは毛頭ない。最初から、徹頭徹尾、これっぽちも、1ミリたりともない。


「も、もしかして俺たち、トンデモない女を相手にしちまったんじゃねえの? も、もうおしまいだ、ひゃっはー!!」


 そう叫ぶ悪魔たちの表情には哀愁すら漂っていた。雌雄は決したと言える。

 けれども、きちんと最後までトドメを刺すのが、ワタクシが勝手に作ったローゼンブルク公爵家の家訓。ここでやめるわけにはいけない。

 やるからには徹底的に。復讐などという愚かな考えを微塵も抱かせぬよう、バッキバキに心をへし折って差し上げることが未来の平和へとつながるのだ。


「さあ、戦いをはじめましょう」

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