第16話 自覚(セイレルンダ視点)

「お前、知ってただろう!!??」


書類を眺めていたカウゼンは、訝しげにセイレルンダを見つめたが、今度こそ本当に騙されるつもりはない。

前の時は確信犯だ。

長い付き合いであるので、この友人が他人をけむに巻くときの癖は知っている。

なぜあの時、それに気が付かなかったのかと悔しくはあったが、今はそれどころではない。


「何だ、そんなに見つめても書類は返さんぞ」

「だから、なんで私が自分で苦労して用意した書類をお前から取り上げるんだよっ」


深夜の王城の騎士団詰所の団長室――もちろん詰所に人はおらずほぼ静まり返っているのだが――に反響した自分の声に頭をぐわんぐわんとさせながらも目をかっと見開いた。

色惚けした親友の思考回路は謎だ。付き合うのも面倒くさい。けれど、これを無視したから前回のような話になったのだろうことはわかっている。


「あの子は神娘だ、能力がないなんて全くの嘘じゃないか」


今日、カウゼンの屋敷で祖母の墓から持ち出したと言っていたカードを見て、セイレルンダは震えた。

王族と上位貴族たちがこぞって願い、予約をとることが最難関であるという神娘の占術を、まさかこんなあっさりと友人の家で見ることになるなどと。セイレルンダこそ、神娘の占術など王家の遷都五十年式典の集いの時に一度見た限り。それも上位貴族のみ参席が許された特別な式典の警護で入っただけだった。国の行く末を占い、言祝ぐ神秘的で厳かな場だった。

だというのに、今見ているのは明日の呪いの予言だというではないか。

そんなすごく個人的で限定的な占術などに神娘の能力を使うとは信じられない。


彼女たちの仕事といえば、国の繁栄や各地の災害の予言だ。

それがたかだか侯爵家当主の明日の占い。


規模が小さすぎて、セイレルンダは占術を眺めながら真っ青になって震えた。

不敬がすぎる。


「だから、あれは俺のだと言っただろうが」

「お前がまさかガーディアンに選ばれていたとは……」


神娘は必ず専任のガーディアンがつく。

メレアネの従姉妹の神娘には王太子がついている。

ガーディアンは必ず配偶者になるので、セイレルンダは今日用意した書類が、すんなりと王に許可された理由を知った。


「最初から決められていたのか」

「あいつがなりたくないと言った。神娘の意思を曲げることは神の意思に反する。だから、俺はお役目御免になって、あいつも家に戻った。けれど、俺との結婚を承諾したと言ったから、こうして書類が受理されている」


カウゼンが眺めていた書類だ。

そこにはカウゼンとメレアネの婚姻受理の証明書が発行されている。

昨日の今日で書類が受理されている時点でおかしいとは思っていた。だが、神娘ならば納得だ。

彼女の意思は神の意思。どんな不条理も通ってしまう。

そのため歴代の神娘はとても我儘で傲慢だ。生まれた時から、その地位が約束されているのだから。そのため、神娘たちの教育の場として『白の館』がある。

歴代の神娘たちは幼いうちから屋敷に通い、徹底的に教育をされる。国と民に奉仕するために、慈悲深くあるように。そして、時に非情であるように。

ただし、安全を配慮し誰が教育されているか明かされることはない。メレアネは『白の館』を知らず、神娘として披露目もされていなかったから、てっきり能力のない普通の娘だと思った。


だが、カウゼンは確実に『白の館』で、メレアネに会っている。

ガーディアンに選ばれているので、彼女が神娘だと知っているのは確かだ。


「彼女が神娘だと知っているのはどこまでなんだよ」

「国王と先代神娘くらいだ」

「お前、そんな極秘情報をしれっと私に教えたのかっ」

「教えろといったり教えるなと言ったり我儘なやつだな。そもそも俺は教えるつもりはなかった」

「あの場で彼女のあんな姿を見せられて、察するなというほうが無理だろう。わかっているくせに!」


しっかりと抗議したけれど、カウゼンは喉の奥で面白そうに笑うだけだ。

まったく本当に憎たらしい男である。


「それで、これからどうするんだ。彼女を神娘として披露目するのか」

「しない。しばらくはこのまま占術ができることは隠しておく」

「そんなことができるのか?」

「国王陛下にも彼女は神娘の役割を望んだわけではなく、俺の妻になりたいだけだと説明した」

「よくもそんな大嘘を……」


メレアネがカウゼンとの結婚を了承したのは、何か他に理由がある。

決して彼の妻になりたくて、受け入れたわけではない。もちろん愛や恋といったものであるはずもない。甘い空気など微塵も感じなかった。

むしろもっと暗い感情のような気がする。


「俺の妻になると言ったのは本当のことじゃないか」

「婚約者に死なれて、婚約破棄されて、家まで追い出されて。家族からは疎まれて、婚約者からもおざなりな扱いをされていたことくらいすぐにわかる。そんな可哀そうな彼女に、少しくらいあの年の少女らしい楽しいことを知ってほしいって思っただけだ。相手がお前なら、まあ無理強いすることもないだろうし。だけど、そんなに執着されているとは誤算だった」

「無理強いはしていないだろ」

「どうだか。あの子は随分と鈍感に見える。むしろ鈍感にならざるを得なかったんだろう。そんな生き方をしてきてるんだから、お前の強引さに付き合えるだけなんだぞ」

「まるで見てきたかのように言うな」

「お前の友人を長年やっていればわかるだけだ」

「言っておくが、あいつの本質は傲慢だぞ。他人を顎でこき使うことなんて、息を吸うように簡単にする。お願いするように命じて、我儘を通すんだ。俺が多少強引にしたところで気にもしない。やりたくないことは絶対にやらないからな。今は単に興味がないだけだから無気力に見えるんだろうが。むしろ取り込まれて操られないように気をつけろ」

「え、誰の話?」


きょとんとしたセイレルンダに今度はカウゼンが呆れたような視線を向けた。


「こんな書類をさくっと用意している時点で自覚がないのが恐ろしいことだな。さては手遅れか」


カウゼンがもう一枚の書類をひらめかせた。

それのために、カウゼンとセイレルンダは深夜の騎士団長室に戻ってきたともいえる。その書類は今日、彼女が求めたものだった。


それをたったの数時間で用意したセイレルンダは自分を褒めちぎりたいほど頑張った。先日からこんなことばかりだなと遠い目をしたけれど、確かに毎回彼女が言い出したことだ。

自覚がないとは恐ろしい。

いつの間に、こんなにがむしゃらに彼女の意に添うように動いていたのだろうか。


カウゼンの手の中の書類はメレアネの騎士団長秘書官の任命書だったのだ。

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