第14話 託宣
結局馬車を失ったが王都の近くということもあり、すぐに代わりの馬車が寄越された。慣れたように馭者が馬車を用意して迎えに来たことが驚きだったが、カウゼンにもまったく動揺は見られなかった。慌てていたのはセイレルンダだ。
カウゼンの屋敷に戻ってからしばらくしてやってきたセイレルンダは、事情を聴いて大層嘆いていた。彼はカウゼンの護衛でもあるらしい。
もちろん馬車は馭者によって常に異常がないか確認されているので、誰かに仕組まれたということはありえない。呪いというのはどういう形で襲ってくるのか予想がつかないのはいつものことではあるが、いつものことすぎて平然としているカウゼンに心底恨みがましい瞳を向けていた。
滔々と愚痴をこぼすセイレルンダにカウゼンはいつものように静かに返すだけだ。二人はいつもこんな感じなのだなと付き合いの浅いメレアネにも容易に察しがついた。
それを家令が穏やかな表情で見守っていたのが印象的だ。
そんなひと悶着があったものの、今はただ静かな空間に三人でいる。
場所を移して、カウゼンの屋敷の応接室。
最初にメレアネが連れてこられたソファに浅く座りながら、ローテーブルにカードを並べていく。
祖母の墓参りから戻ってすぐにカウゼンに頼んで場を作ってもらった。彼は心得たようにメレアネの抽象的な説明で、完璧に場を整えてくれた。
やはり彼はメレアネの過去のことを知っているのだと理解した。
ただそのことは告げずに直ぐに儀式を始める。
「O, kalona na, nimoa aini na, parp huikana oi――
始まりは七つ。あなたの眼は六つ、照らす真実は完全。
右に五つ、左に四つ、あなたの光は私の希望。
A, manima ma, lokaka raia paja, o oei lanann――
祈りは三つ。闇に囚われた盲目の私が憐れと思召せ。
前に二つ、最後に一つ、あなたの威光は私の扉。
mio me, e eno, lokao o――」
謳うように言葉を紡げば、手に馴染むようなカードの感触に笑みがこぼれる。
五歳までに叩き込まれ、それから祖母が亡くなる十歳まで、毎日毎日唱えていた。
祖母から教えてもらった、儀式の呪文。
手順も何もかも覚えている。
それが何よりも嬉しいと知ってしまった。
許される行為ではないのに、教えてもらった記憶はどこまでも愛であったから。
そして、この行為が罪深いメレアネの願いを叶えてくれる。
カウゼンはテーブルを挟んで、メレアネの正面に座っている。その表情はどこまでも自然で、彼の大物っぷりを表している。
その横に立つセイレルンダはただ固唾を飲んで無言で見守っているが、その表情はどちらかといえば青い。顔色が悪いように思えるほどだというのに。
対象的な二人を前に、メレアネは並べ終えたカードが示す結果を口にする。
表向きになっているカードの絵柄とその位置で、指し示す未来を読みとくのだ。
「明日の昼過ぎ、二階に続く右、ではなく東側の階段に注意してください。滑る、ううん、これは何かが落ちてくるようです。花瓶か、重たくて壊れるものですね」
「二階に続く東側の階段か」
カウゼンはしばし考え込んで、隣に立つセイレルンダを見やった。
「詰め所の階段のことか?」
青い顔をしていたがセイレルンダは冷静にカウゼンの質問に応えた。
「明日は昼過ぎから軍議があるだろう、王城の会議室で行う予定になっているんだ。城も注意したほうがいいんじゃないか」
「ああ、そうか。だが王城なら東の階段は使わない」
「呼び出されるとかあるかもしれない」
「あっちは王太子殿下の執務エリアだ。そんなところに出掛けるとは考えにくいが」
「お前の呪いにそんな配慮があるのかは疑問だがな。まぁ、警戒するに越したことはないということだろう」
二人は話し合ってしたが、会話が途切れたところでメレアネが割って入った。
「明日は私もついて行ってもよろしいですか?」
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