第9話 墓地に連れてって

「とても釣り合いません」


ようやっと動き出した頭で答えれば、カウゼンは不思議そうに首を傾げた。


「今までの婚約者と条件は変わらないだろうが」


同じ侯爵家だと言いたいのだろう。

家格は確かに同じだが、あれは父が物凄く頑張って繋げた話だった。今回何もせずに転がってくるような地位でないことは、さすがに察する。


「婚約破棄されたから、家を追い出されたのですよ。役立たずの用無しです」

「馬鹿らしい。あんな家族に一体なんの義理立てが必要なんだ。自由にできていいじゃないか」

「え」


カウゼンとは初対面の筈だが、メレアネと家族の仲が悪いとなぜ知っているのか。それとも城でも父は何かやらかして悪評でもあるのだろうか。


そもそも自由ってなんだろう。

婚姻と自由が結びつかない。というか、自由に何をするつもりなのだ。

疑問を挟む間もなく、カウゼンは大きく頷いた。


「そうと決まれば、すぐに動くか。ああ、でもまだ上長は小火騒ぎで出払っている……」


上長は総騎士団長のことだ。カウゼンは報告に行く前にもぼやいていたから、メレアネもさすがに覚えていた。


「そういや、お前、なんでこんなに戻ってくるの早かったんだ? ちゃんと訓練の報告したんだろうな」


セイレルンダが、ふと疑問を口にした。

そういえば、彼は城にいる総騎士団長に今回の遠征の報告に出向いていたはずだ。

城からこの館がいくら近いと言っても、報告して戻ってくるには随分と短い。

カウゼンはさも当然のように頷いた。


「当たり前だろう。ただ、ちょっと騒ぎがあって帰されただけだ」

「あ、それ聞きたくないやつだー」


メレアネが二の句が継げない間に、カウゼンは次の話題に移っていた。セイレルンダが天井を仰いだ。


「今度はなんだよ。暴漢は前に出たし、毒も前にあったし、シャンデリアの落下もやったしって、今、小火って言った?」

「馬を片付けていたら、第二の倉庫が吹き飛んだ」

「今度は倉庫か……で、怪我は?」

「燃えた板切れが飛んできたが剣で叩き切った。無傷だ」

「はは……さすが騎士団長殿……もうやだ」


セイレルンダがさめざめと泣くふりをする。


「私はお前の護衛なんだけど。もう、これ報告しにいかなきゃいけないの、本気で? なんで少し離れただけで、こんな騒ぎになるの……」


絶対怒られるやつだとセイレルンダは肩を落とした。

カウゼンはなんでもないことのように平然としている。いつものことなのか、友人の嘆きに意を介した様子はない。


「あの、命を狙われているんですか?」


メレアネは恐る恐る口を開いた。

呪いで二十歳までしか生きられないと話していたことと関係があるのだろうか。


「さっきも説明したよ、呪われた侯爵家嫡男ってさ。カウゼンは呪われていて、こうして命を狙われてる。まあ、学生の頃に『白の館』のご当主に対策を教えてもらったから、なんとか無傷なんだけど」

「『白の館』?」

「先代の神娘が住んでいた屋敷だよって、それも知らないのか。予言のできる方がいて、カウゼンにありがたい助言をくれたんだよね。つまり命の恩人なんだけど、さすがにすでに亡くなられていて。今代の神娘にも同様に頼んだのだけれど、ちょっと事情があってできなくなったんだ」

「はあ、あの知らなくてすみません」


なんだか揉め事の空気を感じたが、メレアネは謝罪のみを口にする。

実際によくわからなかったので謝罪をすれば、彼は気にした様子もなく手を振った。


「そんなわけで、まあこうして時折死にかける旦那だけど、生きてる間は嫁をやってくれないかって話」

「どういう勧め方だ」

「お前のデメリットもちゃんと伝えておかないと逃げられそうだろ。とにかく普通の相手じゃダメだってさ」

「あの、私、それ、なんとかできるかもしれません」


勢いこんだせいで、どもりながら告げればセイレルンダが訝しげに顔を向けてくる。


「本当に?」


これまでにカウゼンに起きたできごとを説明される。先代侯爵である彼の父が生きていた頃は、なんの被害もなかったらしい。だが彼の父親が十九で亡くなった途端に、呪いは当時三歳だったカウゼンに牙を剥いたそうだ。転落や毒殺、暴漢に襲われるなどの日々を繰り返し、こうして生き残っているのが奇跡だと言われるほどなのだ、と。

ちなみに、侯爵家はカウゼンが成人するまでは叔父が継いでいたらしい。けれど、カウゼンが成人した途端に当主の座を譲り、領地に引きこもってしまったとのことだった。

ちなみに成人は十六歳である。つまり、彼は十年も当主をやっているのだ。


「それを、なんとかできるの?」

「別に要らん」

「え、なんでお前が拒否するの。助けてくれるっていうんだから、どんな方法でもありがたく受け取っておけばいいじゃないか」

「嫁に来るだけでいい」

「はは、なんでそんなに執着してんの。まじめに怖いんですけど……」


カウゼンが断言すれば、セイレルンダは自身の肩を抱いて震えて見せた。


「なら、結婚します。ですから、墓地に連れて行ってください」


結婚を断っていたはずなのに、すとんと言葉が出た。


売り言葉に買い言葉。

きっと正常な判断など一つもできていなかったに違いない。

この時のことを思い出しては、メレアネは頭を抱えたくなる。


けれど、この時は、それが何よりの最善だと思ったのだ。


「え、結婚するんだよね。なんで教会じゃなくて墓地なのさ、間違ってない?」


セイレルンダの戸惑いの声すら、メレアネには激励の声に聞こえたのだった。


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