「キスって何か気持ち悪くない?」

 田んぼの真ん中の真っ暗な夜道。ユイちゃんを家に送り届けたあと、僕はマコと二人で歩いていた。


「えっちは大丈夫なんだけどなぁ。キスはなぁ」

 僕は何と言ったらいいのか分からず、遠くを走る車のヘッドライトを見ながら黙って歩き続ける。頭の隅には、必死に舌を絡ませるミユちゃんや、さっき鼻キスをしたユイちゃんのことが浮かんでいた。


「先輩とも別れちゃった」

「は?」

 妙に明るく乾いた声。僕は思わず立ち止まる。

「好きだと思ってたんだけどなぁ。やっぱり気持ち悪くってダメだった」


 あんなに好きだと言ってたくせに。

 僕は彼女の丸い頭を見て、二人が付き合う前のことを思い出す。仲良くなる前から諦め声で好きだと呟き俯く彼女の一重まぶた。先に先輩と仲良くなった僕を睨む不貞腐れた顔。Wデートをしようと、物陰から飛び出す嬉しそうな笑顔……。

 あぁ。そういえば、Wデートと言い出したときはすごく腹が立ったのだった。部活でくたくたになった先輩へ、いつも以上にワガママばっかりいうものだから、僕が先にぶちギレてうっかり彼女を泣かせてしまった。困った顔の先輩が「僕より彼女のこと分かってるやん」と笑ってて、隣のミユちゃんは拗ねてすごく不機嫌だった。


「やっぱりホントの好きではなかったんかな?」

 こちらを振り向く彼女。その瞳は何故か濡れてるみたいに光って見えた。だけど、きっと気のせいだ。気のせいだといいなと思った。

「ミユちゃんは……。ミユちゃんとのキスはどう?」

 暗い瞳のまま少し俗っぽい笑みを浮かべるマコ。まだ彼女にキスが不満な話をしていなかったことに、僕は心底ホッとした。ここは共感するところじゃない。しちゃダメだ。鼻キス直後を見た彼女には尚更だ。昔の僕よ、マジぐっしょぶ!だけど、

「うん、まぁ。せやな。うん、そうやで。いよ?良い良い」

 何と返せば良いか分からなくて、とりあえず思いついた言葉を並べる。今の僕はポンコツだった。

 僕の気持ちを知ってか知らずか。彼女は夜空を仰ぎ、乾いた声でカラカラ笑う。

「あーぁー。いーなぁー」

 横目でこちらを見る彼女の瞳はやっぱりキラキラ光って見えた。僕は何だか最悪な気分になって、目をそらす。

 いつの間にか、大通りは目の前で大型のトラックが何台も轟音とともに通り過ぎて行った。僕らはお互いの声が聞きづらくなって、自然と言葉を交わすのをやめた。僕は再びホッとした。ほんのちょっとの淋しさと、ほんのちょっとの吐き気とともに。

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