知らないふりをしてた

おくとりょう

「キスって何が良いんかわからん」

「また、その話?」

「うん、愚痴るくらい許してや。だって、こっちは全然つまらへんのに、あっちは何か楽しそうやねんもん。余計に何とも言えへんやん」

 僕はそう言い捨て、昨夜の喧嘩後濃厚キスの記憶を炭酸の抜けたコーラで流し込む。多分あれは周りから見れば濃厚だったと思う。ドラマとかでやるようなヤツ。だって、首を左右にグネグネさせたりもしたし。ただ僕は内心『さっさと終わってくれへんかな?』と思っていた。


「ふぅーん。てか、女友達の前でそんなはなしすなや」

「え~、だって別にリサさんは僕のこと異性やと思ってへんやろ?」

 頬杖をついてそう言うと、リサさんは苦笑いを返す。

 放課後。いつものファミレス。恋人のミヨちゃんの部活が終わるまでの時間、たまたま居合わせた友人たちと駄弁だべっていた。

「せやなー。まぁ、ハチは犬みたいなもんやしなー」

「せやろ?忠犬やで。ワンワンっ!」

 彼女はちょっと呆れたみたいに笑って、僕の頭をワシワシ撫でた。いつものように。そう、それはいつものことだった。いつものことのハズなのに――。


「今、リサさんって、彼氏いるんやっけ?」

 僕はふと思いついた言葉を口にする。苦い何かを飲み込んで。

「んー、おるよ。ほら、こないだ浮気しよった糞男」

 口を歪めて笑う彼女。何故かホッとした僕の胸に、別の苦さがじんわり広がる。

「えっ?……まだアイツと付きうてんの?」

「んー、せやねん。どうしよっかなぁ……」

 窓の外へ目をやるリサさん。返す言葉が見つからなくて、僕もつられて外を見る。ガラスにうっすら映った僕の顔は不愉快そうに歪んでた。


「てか、ハチこそ別れへんの?」

 男友だちのひとりがニヤッと笑ってコップをあおった。

「キスがそんなに楽しくないなら、ホンマは好きじゃないんじゃない?」


 ガンっと殴られたみたいに頭の中が真っ白になる。びっくりしすぎて思わず、でっかいゲップが出た。きっとコーラを飲み過ぎた。


「……ごめん、いや、その。もし別れたら、周りのみんなも何となく気まずくない?」

 苦笑とブーイングが響く中、言葉を探して絞り出す。ミヨちゃん彼女も元々はただの友達で、彼らと同じようにファミレスで駄弁る仲間のひとりだった。


「ふふふ。まぁ、何とかなるんちゃう?

 ほら、この子とも何ともなかったんやし」

「この子?」

 リサさんの言葉に顔をあげると、後ろから射す黒い影。ドンっと乱暴な音を立てて、見慣れたスポーツバッグが足元に置かれた。


「あっ!

 この前ウチに告白しようとしてきた人だぁー」

「げっ、マコ」

 日野見マコ。バレー部のエースで、仲のいい友達のひとり。そして、少し前まで僕が好きだった女の子。

「『げっ』っていわれると傷つくなぁー!

 というかぁ、『げっ』はこっちの台詞だし!気まずい想いさせやがって……。あーぁ、慰謝料として、唐揚げをひとつ要求します!」

 隣の席に腰を降ろす彼女。ドキッとする僕のことなんて構わず、唐揚げへと手を伸ばす。

「ちゃんとお箸使いーや」

「えー、お母さんみたいなこと言わないでよ」

「こんな大きい子は産んでませーん」

 軽口を叩いているうちに、他の友達はそろってドリンクバーのおかわりに立っていて、僕とマコは二人きり。

 少し後ろめたい気持ちもあって、余計な言葉が口からこぼれる。


「……てかさ、なんで告白させてくれへんかったん?」

 僕が彼女を好きだった頃。告白しようと決意した朝。彼女は僕の目を見るなり逃げ出した。しゅっと切れ目の瞳をまん丸にして、何やら言い訳を叫んで家に帰った。まだ、僕は口も開いていなかったのに……。


「※▲○っ、◇▼~っ?」

 僕の気持ちを知ってか知らずか、頬張ったままで応えるマコ。……彼女はいつも変わらない。僕は小さくため息をつき、水のグラスを差し出した。彼女はぐっとグラスをあおると、ジャージの袖で口をぬぐう。

「だって、もし断ったら、もっと気まずい感じになったでしょ?」

 一瞬の沈黙。いろんな言葉が頭の中をぐるぐる回る。だけど、彼女は僕のことを見ることはなく、「もう一個いい?」とお皿に手を伸ばした。唐揚げはまだ二つ残っている。


「……はーぁ。……あーぁ、もう。いいよ、もう。残り全部食べて。僕はドリンクバーでお腹ちゃぽちゃぽになっちゃったし」

「やったぁ、ありがとぉー」

 ニッコリ笑った彼女の髪が風が吹いたみたいにふわっと揺れる。僕は「食いしん坊め」と口の中で毒づき、顔をそらした。


******************************


「あれ?もう行くん?」

 リサさんたちがドリンクバーから戻って来たとき、入れ替わるようにマコは立ち上がった。

「うん、これから部活があるから。その前にリサに頼まれてた過去問渡しておこうと思って。それに」

 僕のことを見てニヤッと笑うマコ。

「コイツといるとミユちゃんに焼きもち妬かれちゃうから!」

 颯爽と歩いていく彼女。クソダサジャージとは思えないくらい、スッと長く伸びた手足が綺麗で、遠目にでも目を引いた。僕は何だか悔しくなって、息を吐く。すると、リサさんのカップから漂う甘い香りが胸を満たした。

「ローズヒップやで」

 何の紅茶か聞く前に、リサさんは優しい顔で僕に答えた。

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