第48話 修学旅行


 6月になった。

 そして、修学旅行がやってきた。

 最初の行先は栃木県、日光東照宮。かの江戸幕府の開祖、徳川家康公を主祭神として祀る日本全国の東照宮の総本社だ。修学旅行の定番だね。何の不満もない。……だけれど、清澄の修学旅行としてはびっくりするほど普通な目的地だ。てっきり海外にでも行くのかと思った。

『いろんな立場の子がいるからね。下手に公共交通を使うより貸し切りバスでこれ位ってのがベストなんだよ』

 とは、しおり作りの際の秀一君の談。なるほどと納得しかないけれど、修学旅行の行先にそんなことを考えてる小学生が怖いです。


 ということでおいでませ、日光東照宮。いや、おいでませは山口だったけ? 栃木の方言がわからない。

 さておき、無事にバスは日光東照宮に到着。

「それじゃあ、中を見て回るぞ! 他のお客さんもいるからな! 静かに先生とガイドさんの後ろをついてくるように!」

 言ってることはわかりますが、ゆかり先生の声が一番うるさいです。

「学級委員!」

「ひゃいっ!?」

 なんて思ってたら、そのタイミングで呼び立てられたので変な声を上げてしまった。

「ということで後ろは任せたからな! クラス全員ついてきてるか見ておくように!」

「「はい」」

 そういうことか。合点して私は心拍数の上がった胸を撫で下ろした。

「ゆかりちゃんって」

「ひゃいっ?」

 見計らったように声を掛けられて、私はまた声を裏返してしまう。

 顔を振り向ければ、秀一君は目を丸くしていて、私と目が合ったら口元を隠してそっぽを向いた。呼び掛けといてなんだ?

「なんでしょうか?」

「う、ううん。ゆかりちゃんって正直者だよね」

 腹黒さんは半笑いでそんなことを言った。……秀一君がこういう取り繕った言い方をしてる時は、たいていもっとろくでもないことを思ってる。私は知ってるんだぞ、元祖ストーカー。

「ほら。今は心の中で僕の悪口言ったでしょ」

「ひぇっ!?」

 な、なんで!? 腹黒ストーカーは人の心中まで読めるのか!?

「いや、思ってること顔に出過ぎだから」

 ……なるほど。秀一君の正直者とはそういう意味でしたか。以後、気を付けます。



「日光東照宮にはたくさんの木彫りの動物さんがいます。たくさん見つけられるといいですね~」

 優しいガイドのおばちゃんの説明に、何人かがきょろきょろ周囲を見回す。うんうん、何だかんだ可愛い小学生だなー。

 そんな光景にほんわかしながら、私も参拝を楽しむ。

 寺社仏閣は好きだ。静かで心が落ち着く。それでいて日光東照宮に来るのは前世も含めて初めてだから、純粋に楽しい。前世は田舎だったから修学旅行は東京だったしね。大人になってから? ……ほ、ほら、社畜と作家で忙しかったから。き、基本アウトドアよりインドアが好きでしたし。な、なにか問題でも? ホ、ホホホッ……コホン。

 でも仏教寺院があるかと思えば、家康公の神格化は薬師如来なんだ。神仏習合だなー。私は信仰してる宗教とかないから気にしないけど、仮にも一神教であるキリスト教を教えてる清澄としては、日本的なこのいいとこどりみたいな宗教観ってどうなんだろ? そんな風に考えてたら、色鮮やかな三匹のお猿さんを見つけた。かの有名な見ざる、言わざる、聞かざるだ。

 うん。宗教はデリケートな問題だ。私は何も見てませんし、言いませんし、聞きません。信仰は自由だ。

「葉月ちゃん、またろくでもないこと考えてる顔になってるよ」

 ……ストーカー君は人の顔色じゃなくて、世界遺産をご覧くださいませ。



 日光東照宮の後は、華厳の滝だ。

 ヒョエー。日本三大名瀑だけあって、凄い迫力! マイナスイオンに包まれてるとかじゃなくて、これでもかと巻き散らかしてる感じ!

 でもそんな迫力よりも何よりも、作家として華厳の滝で気にしてしまうのはやっぱり自殺の名所にして、夏目漱石との奇縁だろう。後年まで教え子の自殺を悼んでたらしいしね。南無南無。

 うん。生存は人生の第一義なりとはよく言ったもの。一度死んだ身だから余計に身に染みてわかる。本当に何をするにしたって、命あっての物種だ。命が無ければ、執筆もできない。

 今世こそ長生きして、たくさんの作品を書けますように。

 若くして散った命の成仏と、自分の身勝手な願いを込めて私は合掌した。



 夜は旅館。

 ご飯は清澄のご用達だけあって豪華! 美味しー!

 そして温泉! お、おおう。最近の若い子は成長著しいね。チラリと私は自分の胸元を見下ろした。床が見えた。……今、まさに第二次性徴の真っただ中だからね!

「葉月ちゃん、一緒に入ろ?」

「エリ……」

 振り向いて、私は絶句した。

「葉月ちゃん?」

 こ、これが西洋パワー……。


「は、はは葉月ちゃん! くすぐったいよー!」

 敗北に打ちひしがれた私は、入浴後に浴衣を着た天使に襲い掛かることで癒し成分を補充した。よいではないか、よいではないか。んー、柔らかくていい匂い。


   ◇◇◇


 二日目は東京に戻ってスカイツリー。

 ほえー高ーい! 前世は東京タワー見学だったけど、それより全然高いよ、これ!

 見ろ、まるで人がゴミのようだ! フハハハハハッ!

 ゴメン、言ってみたかっただけです。きっとみんなやるよね?

「うおー! たっけー!」

 予想通りというかなんというか、翼は人一倍テンションが上がっていた。煙となんとやらは高いところに……コホン。何も思ってませんよー、翼君は子どもらしくて大変よろしくてよ?


 そして最後は国会議事堂見学だ。

 うーん。最後にして一番いらない子ですねー。

 いや、わかってるんですよ? 日本の運営の上では、ここが一番大切。三権の中でも大本になる立法権を司る場所なんだということは。

 ただねー。一庶民としてはほとんど関係ないし、興味も惹かれないという。

「叔父様達はここで働いていらっしゃるのね」

 ……出会ってから初めて、瑛莉ちゃんのことを本当に怖いと思ったかも。



「それじゃあ、これで修学旅行は終わりだ! 全員、気を付けて帰るように! 家に帰るまでが旅行だからな!」

 ゆかり先生が締めくくって、みんながそれぞれ迎えの車やらに散る。

 終わったー! しおり作りとか、みんながはぐれないように見張りとかあったけど、普通に楽しんでしまった。うん、やっぱり修学旅行って楽しい。

「葉月ちゃん」

「はい?」

 呼ばれて振り向けば、呼び掛けてきたのは秀一君だった。

「しおり作りとか、みんなの引率とか、ありがとう」

 ビックリすることに、秀一君は珍しく素直なお礼を口にしてきた。

「葉月ちゃんが学級委員を引き受けてくれたおかげで、僕も修学旅行を楽しめたよ」

 驚いて返事もできないでいると、秀一君はそう言って背中を向けてしまった。

 これは何て返そうなんて思ってると、秀一君の耳が少し赤くなっている気がした。だから、私は少し笑ってしまう。

 すると、それから逃げるように秀一君が歩き出してしまう。

「秀一君」

 それを私は呼び止める。

「学級委員はまだ四月まであります。だから、引き続きよろしくお願いしますね」

 私がそういえば、秀一君は顔だけ振り向けて、

「こちらこそ。末永くよろしくお願いします」

 どこか照れたような、それでいて嬉しそうな笑顔で、そんなちょっと変な挨拶を残していった。

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