デビュー

第41話 受賞


 なんとか投稿した。

 余裕があったはずだ。なのに、なぜこうもいつも締め切りに追われるのか? 永遠の謎である。


 しかし、やりきってしまった。今度こそ燃え尽き症候群、バーンアウトだ。

 どうしたものか。

 取り急ぎ、おろそかになってた小学生生活を謳歌してみようか。

 思えば、またクラブに行けてない。エレナちゃんとも話せてない。とりあえずは懐かしの文芸部に顔でも出してみよう。

 あ、そういえばAAA新人賞の結果見てなかった。ってこっちも二次まで残ってるー!? う、うーん。でもこっちは応募作品数KODAI社の三倍近いし。

 まさか……まさかねえ?

 ……受賞コメントとか、考えた方がいいですか? チラリ。



 久しぶりのクラブ帰り。

 そのせいもあって、いつもより遅い帰りだ。

「ただいまー」

 帰宅の挨拶をすると、珍しくお母さんが挨拶もなく玄関口まで出迎えに来た。どうしたんだろ?

「葉月。あなた、小説の新人賞に応募したの?」

「え?」

 なんでママンがそれを……。

 って、電話番号! 家に固定電話はないし、私も携帯電話を持ってないから、お母さんの電話番号で送ったんだった! そしてママンがそれを言い出すってことは!

「お母さん! どこから電話が来たの!?」

 時期的にはKODAI社かAAA文庫か!? どっちだ!?

「……やっぱりホントなのね」

「だからどっちー!?」

 戸惑うママンと逸る私。玄関口で無意味な問答が繰り返された。


 聞きだし結果、なんと私はKODAIラノベ大賞の大賞を受賞したらしい。ワオ。

 反応が薄いと思われるかもしれませんが、大賞とかちょっと現実感が無くて何言ってるかわからないですね。


   ◇◇◇


 ということで、KODAI社の編集者が我が家に挨拶に来られるらしい。

 そんな話になって、ようやく私の中でふつふつと大賞の実感が湧いてきた。

 やったぞ私! 凄いぞ私!

 最終選考に残ったあたりで受賞できるかもと思ってはいたけど、正直大賞なんて夢にも思ってなかった。だって、その年のその新人賞の看板作品だよ? それに私の作品が……ウヘヘッ。あ、マズい。変な笑いが止まらない。


 そんな一人芝居をしていると、玄関のチャイムが鳴った。


「っはい!」

 私以上に緊張したお父さんが、右の手足を同時に前に出してリビングを出ていった。うん。自分以上に緊張してる人がいると安心するね。流石パパン。


 そうしてパパンが迎えた二人を見て、

「ウソ……」

 思わず私は呟いて、慌てて口を手で覆った。

 みんなが私を見たので、私は慌てて頭を左右に大きく振った。



「はじめまして。KODAI社ライトノベル部編集長の小出です」

「同じくKODAI社編集者の矢作です」

 そう言って頭を下げたのは見知った、でも今世では初対面の二人。

 奇妙な縁を感じずにはいられない。なにせ前世で最初に私を拾い上げてくれた小出さんと最後に担当してくれた矢作君だ。もっとも二人の立場は、時の流れ相応に変わっていたようだけど。

 小出さん、編集長になったんだ。前世で副編にスピード出世してたもんね。

 そして矢作君。派遣じゃなくて、KODAI社の正社員になれたんだ。ずっと出版社の正社員になりたいって言ってたもんね。良かったね。


「七瀬葉月の父親の七瀬健人です」

「母親の遥です」

 お父さんとお母さんは頭を下げながら二人の名刺を受け取る。


「それでは、この子が」

 挨拶を交わし終わった小出さんが私を見る。


「はい。七瀬葉月、ペンネーム泉万華です。この度は拙作に大賞という過分な賞をいただきまして、ありがとうございます」

 私は恭しく頭を下げる。これから一緒に作品を作り上げていくんだ。仲良くしておいた方がいい。まあ、そういうのを抜きにしても小出さんと矢作君とは今世でも仲良くなりたいけど。


「こちらこそ我が社の新人賞にご応募いただきまして、ありがとうございます。泉先生は、とてもしっかりしてますね」

 私の挨拶に固まっていた小出さんは、ぎこちない笑顔を作って私を褒める。……やり過ぎただろうか? 小学五年生の受賞した時の対応がわからない。


「さて、今後のお話ですがその前に」

 小出さんはコホンと咳を一つして、

「大変失礼ながら、こちらの応募作は本当に葉月さんが書かれたものですか?」

 早速切り出してきた。

 うん。まあ、それはそうだよね。

 私だって自分以外の小学生が、小説新人賞の受賞作を書いたなんていったら正気を疑う。


「疑ってるんですか?」

 お父さんは不満げだ。なにも知らなくて、私が応募したというのを聞いただけなのに、私を信じてくれてる。本当にいつでも私の味方をしてくれる自慢のパパだ。


「お気を悪くされたなら申し訳ありません。しかし、失礼ながら我が社に限らずライトノベル新人賞を小学生が受賞されるのは初なんです」

 小出さんは頭を下げながらも説明する。


「でも、将棋とか囲碁では小学生とか中学生プロがいるみたいですが」

 お父さんは疑わし気に言い返す。


「将棋や囲碁を悪く言うつもりはありませんが、将棋や囲碁は才能やセンスが物を言う部分もありますし、小説を書きあげるほど自由な工程ではないのではないかと思います。将棋も囲碁もそれぞれのルールや道筋がある中で競う遊戯ですが、小説の文章やストーリーはある程度の定型はあるもののそれこそ無限に広がるものです。それを書きあげる難しさは、学生の頃に作文をした経験を思い出していただいてもわかっていただけると思います」

「それはそうですが」

 小出さんの相変わらずな理路整然とした語り口に、お父さんは口ごもる。うん。信じてくれるのは嬉しいけど、お父さんは私が自分で応募したと言った言葉を信じてるだけだし、反論は難しいだろう。


 かといって、私がそれを証明するにもどうしたものか? 応募作のあらすじを言ってみてもいいけど、お父さんとお母さんのいる前でそれをやるっていうのは一種の拷問だ。心から許してほしい。


「葉月さん」

 皆が黙り込む中、矢作君が私を読んだ。


「はい?」

 なんだろうと私は懐かしい顔を見上げる。

 平凡だけど、どこか熱のある目。昔と変わらないその瞳の目尻にしわが寄るのを見て、もう前世の私より年上になったんだなとどうでもいいことを思った。


「あなたが投稿作を上げる前の作品に、編集者を名乗るユーザーがコメントしたのを覚えてますか?」

「え……?」

 思わぬ言葉に、私は目をパチクリと見開きする。


「あれは私です」

「ウソッ、Akitoさん!?」

 想像はして、でもありえないと否定した奇跡に私は思わず叫んでしまった。


「はい。期待以上の次作でした」

 私を安心させるように柔らかな笑顔で、矢作君は言った。あれ、こんなに頼りになる感じだったっけ? 前世では私が年上だったけど、今は私が年下なせいか。ううん、矢作君も成長したんだなと嬉しくなる。


「いえ。矢作さんのアドバイスのお陰です。私はネット小説の書き方に悩んでましたが、矢作さんのアドバイスのお陰で自分なりの書き方を見つけました」

 私の答えに矢作君は驚いたように口を開ける。


「いえ。少しでも泉先生のお力になれたなら、光栄です」


「本当に賢いお子さんですね」

 矢作君と私の会話が途切れたのを見計らって、小出さんはお父さんとお母さんに水を向ける。


「ええ。その、実はIQが180あるんです」

「IQ180!?」

「しかも清澄学院付属小の特待生だぞ!」

「清澄の特待生!?」

 どうしようかと悩むように口にしたお母さんと、対照的に参ったかとばかりに自慢するお父さん。

 やめて。ただでさえ恥ずかしいのに、ただ前世の知識ってチートを使ってるだけだから本当にやめて。


「なるほど……天才という奴ですか」

 やがて、ほとほと呆れたように小出さんは私を見つめた。

 いえ、ただの年の功です。


「それでは、我が社から葉月さんの受賞作を出版させていただくということでよろしいでしょうか?」

 小出さんは私達家族の全員に聞いてくる。

 優しいお母さんとお父さんは、私の意思を確認するように私を見てくる。

 私の意思なんて、生まれ変わる前から決まってる。


「はい。よろしくお願いします」

 私は深々と頭を下げた。

 大人達は、全員微笑んだように思えた。

 

「それでは葉月さんは未成年ですので、ご両親様と契約を結ばせていただきます」

 小出さんが説明を始めるのを横目に思い出す。


「あっ。その前に確認ですけど、私、別の二つの新人賞にも作品を応募しています」


「「「「……は?」」」」


 大人達は、全員が何を言ってるのかわからないという顔を浮かべた。

 ……なんだか本当にすいません。

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