第二十四談

(降神されるのですか?それはさすがに……)


 ちゃぼ子は言葉を詰まらせた。たった一人の無名な人間を救うために上位の神霊が出張ってくるなど聞いたことが無い。


 それは牛刀でニワトリを割くどころの話ではなく、超大質量ブラックホールを使って小部屋の掃除機がけを行うようなものである。


(どういった事情かは存じませんが――)


『四の五の言わず早くしてください!!』


 ちゃぼ子の進言は言の葉が枝を彩る前にばっさりと切り落とされた。



 クスノキ前の広場では依然として白い男とローアのにらみ合いが続いていた。2人は一定の距離を取りながら付かず離れずを繰り返し、いまだ底が見えない相手を前に思い切った攻め手を出しあぐねているようであった。


(前に来た男が装着していた射撃機器はメカニズム上連射ができそうにない代物だった。こいつの様子を見ていてもそれは間違いないだろう。問題は左手に仕込んでいた散布ノズルか……)



 ローアは先日殺害してしまった男の装備品を、母星に送る前にある程度まで調べていた。


 右手の指に装着してあった射撃機器は、腰に据えられたタンクから液体を吸い上げ、射出時に液体を針状に硬化させて相手を撃ち貫く仕組みのようだった。


 似たような武器はペタ・ルネスカにも存在するため、こちらについては詳しく調べる必要はなさそうに感じた。


 それよりもローアが気になったのは左手の袖口に取り付けられていた小さなノズルと、手袋の甲に埋め込まれていた小型スタンガンのような機器だった。


 ノズルの方は射撃機器とは別のタンクに繋がっており、こちらは中の液体を射出すると言うよりも霧状に散布するような仕組みとなっていた。ローアは吾藍の腕が突然燃え上がったときのことを思い出し、タンクから水色の液体を少量抜き出すと、慎重に火を近づけてみることにした。


 ローアの読み通り液体は凄まじい勢いで燃焼を始めたが、その燃え方は想像をはるかに超えていた。炎はいつまでも消える様子がなく、あろうことか下に敷いておいた金属のトレイをも溶かし始めてしまったのだ。


 これに驚いたローアは慌てて備え付けの消化剤を吹き付けたが、火の勢いは一向に衰えることはなく、消化剤を吹き上げながら尚も燃焼を続けていた。


 火が鎮火したのはそれから数分後のことであり、延焼こそ免れたものの実験用の高価な机に大穴を開ける結果となってしまった。


 溶けたトレイを見ながらローアは考えていた。トレイに使用されている金属の融点を考えると炎の中心温度は2500℃を優に超えているだろう。消火剤によって酸素供給が遮断されているにも関わらず、あそこまで強烈な燃焼状態を長時間にわたって維持できる液体など見たことも聞いたこともない。


 手袋に埋め込まれた小型のスタンガンはその性能から見ても攻撃向けとは言い難く、恐らくは散布した液体に着火させるための物だろう。



(あんなものを吹き付けられて着火されたら……)


(厄介な女だな。やけに距離を取りたがるところを見ると、恐らくスプレッダーについてもバレてるんだろう。さて、どうしたもんか……)


 白い男は手強い異星人を前に次の一手を考えていた。


(さっきペイント弾を撃ってきた女がこちらに向かってこないところを見ると、恐らくは研究者か何かの非戦闘員か。実弾を撃ち込んでいれば俺を殺せたかもしれんのに、お優しいことだ。――ってことは、こいつは研究者の護衛役か?)


 なるほど手強いわけだと納得しつつ、白い男はある事柄に気が付き横目で真昼の姿を確認した。


(こいつらの行動はあの原住民の保護を前提としている節がある。そうでなければ危険を冒してまで姿を晒す必要はないはずだ。――あいつを押えればコイツらも大人しく従うかもしれんな。とりあえず拘束して基地に連れ帰れば、あとは頭でっかち共が勝手に情報を引き出すだろう)


 大まかな方向性が定まったことに満足した白い男は突然声を発した。


「(原住民の女を拘束させてもらう)」


 男の声はローアの神経を次の事態に備えて高ぶらせた。


「(誰?!)」


 声を発したのはクオッタだった。そして、弾丸の込められていない小銃をクスノキの裏に向けて構えた。そばに控えていた真昼と義丸も唖然とした顔で銃口の先を見つめている。


「(クオッタ?!)」


 白い男から目をそらすことなくローアが叫んだ。



「(大丈夫です、安心してください。私は敵ではありません)」


 やさしげな女性の声がクスノキの裏から聞こえた。


 声を聞いたクオッタは驚いた。目の前に突然現れた少女が自分達の母国語を喋っていたからだ。そして、言葉は理解できないものの真昼はその声に聞き覚えがあった。


「真昼さん、無事でしたね。よかった」


 巫女装束のような出で立ちの少女は真昼の姿を確認すると、流暢な日本語を口にしながら心底うれしそうに真昼の元へと歩み寄り、そして優しく真昼を抱きしめた。


「首は大丈夫ですか?酷いことをされたと聞きましたが」


 少女は心配そうに真昼の首元を軽く撫でた。


(誰、この人?でも……)


 自分のことを知るその少女に真昼は困惑したが、同時に不思議な親近感を感じていた。そして、真昼の心に一つの確信めいた仮説が浮かび上がった。


「もしかして……アマテラス様?」


 アマテラスは慈愛に満ちた笑顔でゆっくりうなずくと、真昼から離れ、異星人2人がにらみ合いを続けている広場へと向かっていった。


 アマテラスは警戒する異星人達に臆することなく2人の間へと割って入った。


 クオッタと白い男はこの突然の来訪者を中心にして更に距離を離すと、互いの注意の矛先をアマテラスへと向けた。


 場に満ちた一触即発の空気がアマテラスの肌を擦り上げる。


「(神域で争いごととは感心しませんね。さて、あなたの目的は何ですか?)」


 先ほどまでとは違い、重みのある落ち着いた声でアマテラスは白い男に話しかけた。


「(――なぜ話せる?)」


「(さぁ、なぜでしょうね。それよりも、あなたは何か目的があって遠路はるばるこの地まで来たはずです。目的さえ達することができればお互い無駄な争いは必要ないのでは?――まずは拳を収めて話を聞かせてください)」


 白い男は多少困惑しながらも、突然フッと肩の力を抜いた。


「(――今日はおかしな日だな。妙な連中にばかり出くわしやがる。あんたはこの星の人間か?)」


「(いえ)」


 否定の言葉を聞き、白い男はアマテラスも自分と同じく別の星からやってきた人間なのだろうと判断した。


「(そうだろうな。それにしては……まぁ、それはどうでもいいか)」


「(目的を話してもらえますか?)」


「(フフ、そう急くな。――そうだな、一つは突然連絡が途絶えた仲間の捜索だが)」


「(その方は既に亡くなっています。ご愁傷様です)」


「(だろうな。それは何となく察しがついている。――ヤったのはその女だろ?)」


 白い男は顎でローアを指してみせた。


「(さぁ?)」


「(隠さなくてもいい。俺もあいつはいけ好かなかった。ヤツがしてきたことを思えば当然の報いを受けたというべきだろう)」


「(随分と手厳しいですね)」


「(だから正直なところアイツの調査はどうでもいいと思ってる。不慮の事故にあって死んだとでも報告しておこう)」


「(もう一つの目的は?)」


「(ああ、そっちが本題だ。ウチの頭でっかち共が言うには、この星のある地点から微弱ながらも妙な波形の重力波が断続的に発生しているらしい。それの具体的な発生源と原因の調査が目的だ)」


「(妙な重力波……?)」


「(それで探知機を片手に発生源付近に来てみたらあいつに襲われたってわけさ)」


「(あなたが先に手を出したのでは?)」


「(話を聞こうと思っただけさ)」


 白い男は鼻で笑った。


「(あんた何か知ってそうだな。俺だって無駄な争いごとは御免だ。情報が貰えるなら大人しくねぐらに帰るが)」


 アマテラスは黙ったまま答えなかった。


 男の言う重力波の発生源についてはおおよその見当がついていたが、それを話せばここにいるペタルネスカ人が今以上の脅威に巻き込まれる可能性があった。もしそうなれば真昼はきっと黙ってはいないだろう。


 アマテラスは返答に窮した。


「(……原因は不明です。帰って頭でっかちさんにそうお伝えください)」


 アマテラスの言葉を聞くと白い男はからかうように笑い出した。


「(あのなぁ、俺も子供の使いじゃねんだ。分かりませんでしたじゃ済まんだろ。見たところ、あんたと俺を襲った女2人は原因について何か知っていると踏んでいるだが――見立て違いか?)」


「(見立て違いですね)」


「(そうか、悪いが俺はそうは思わん。――なぁ、お互いのためにも正直に話してくれないか?)」


 再びアマテラスは黙り込んだ。


 今の状況ではこの男を消さない限り収まりはつかないだろう。もっとも、消してしまえば今度は調査団を編成したセルトヌーダ人が訪れる可能性があるため、状況は更に悪化しそうだった。


 アマテラスは諦めたように大きなため息をついた。

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