第7話 薬・呪い・タイムリミット

 門限の時間まで、あと2時間ある。

 そう思いながら時計を眺めていると、時間通りに雀はやってきた。


 雀の白いワンピースの制服はとても可愛らしく、イメージに違わず、よく似合っている。

 夕日に近い日差しだからか、彼女の髪が淡く赤色が差され、より可愛らしい。


「おーい、二人ともー!」


 走りよってきた雀に手を上げ私はこたえる。

 真っ先にしゃべりだした雀をおいて、広場にあるキッチンカーでホットココアを買って、雀に渡した。情報料だ。

 私はウィンナーコーヒーにしたが、かなり濃厚なクリームがのっている。コクが足されてコーヒーの深みが増している。

 雀は紙のカップを大事そうに持ち、目を輝かせている。


「ね、クリーム、追加トッピングした?」


 頷くと、小さくジャンプした。胸が嬉しそうに弾んでいる。


「めっちゃ感動なんだけどー! ありがとー!」


 近くのベンチに腰を下ろし、唇にたっぷりの生クリームをなめとりながら、雀がゆっくりと話し出した。


「ダイエットに効く薬が流行ってるんだ。で、失敗した子が昏睡状態になるって噂」

『なんじゃそりゃ』


 カイは大ぶりの蒸気石をしゃぶりながら、首を傾げる。


「なんか、碧霞の少女の呪いとかって言ってた。まあ、昏睡状態の子が碧霞の子だから余計だよね」


 楽しそうに会話してくるのが、とっても女子高生らしい。

 2日でこれほど学校に馴染めるのは、さすがとしか言いようがない。


『ノロイ』『ナニ』

「呪いって……え、梟、しゃべれる……?」


 私が返すと、雀は驚きながら私の左手首を指差した。


「なにそれ?」

『それは……んぐっ』


 詳しく話しそうになるカイの口を塞ぐ。

 流石に三門に自分の正体がバレていることを明かすのは、雀でもマズい。

 本来なら、の方法を取るべきなのだ。

 話したがるカイに、グローブを外すぞと暗に脅して黙らせ、私は追加で腕に書き込んだ。


『ハツオンキ』『カイゾウ』

「あー、なるほど」


 雀はその一言で早合点してくれたようだ。

 さすが梟だねなどと嬉しそうに話す姿に心苦しくなるが、今はこれでいい。


『ツヅキ』

「そうそう」


 雀が本当に小さなポシェットから取り出したのは黄色の粉だ。

 シャカシャカと振られる中身の粉末はとても細かく、ここで開けばすべて飛んでいってしまいそうだ。


「これを溶かして飲むんだって」

『お、すげぇな、雀』

「あたし、ぽっちゃり系だから、悩んでいるって言ったらすぐに手に入ったよ」


 瓶を私の手のひらに転がしてくれる。

 豚を開けて軽く嗅いだが、眠らせる薬は感じられない。漢方のような独特な酸味のある香りがする。


「あたしさ、ちょびっと飲んでみたんだけど、下剤成分と胃酸過多になる成分がある。ひと瓶飲んだら間違いなく色んな意味で痩せると思う。あとよくわかんなかったのが、視覚と聴覚が過敏になるものが入ってる。夜に飲んだんだけど、めっちゃ視界がよくなったから。……でも、これで昏睡状態は無理だと思うんだけどなぁ。ダイエットはできるけど」

『コンスイ』『セイト』『ウチダケ』


 雀はふーんと唸って考えるが、


「何かあるのかな、学校に」

『……呪いが? ……ねーだろ。ねーよな!?』


 傀儡のくせに呪いを怖がる理由がわからない。

 まさか、呪いに体を乗っ取られるとでも思っているんだろうか。

 雀も同じように思ったようで、震えるカイの鼻をつつき、言い切った。


「カイは呪われないよ。傀儡だし」

『雀、わかってねぇな。オレ様が呪われたら、毛が急に伸びだすかもしれねーだろ! あー、気持ち悪りぃっ』

「えー! めっちゃかわいいじゃんっ」

『バカ雀! オレ様の胸毛はこのボリュームだから良いんだよ!』


 ぎゃーぎゃーと騒ぐ二人を横に置いて、もう少し深掘りする必要がありそうだと気づく。

 特に妹の行動記録、兄が知らない妹の行動がどこかにないか、改めてたどる必要がありそうだ。


 この時間のないなか、行動の洗い直しになるとは……


 俯き考え始めた私に雀が笑う。


「梟の制服もめっちゃカッコいいね。外套、似合ってる」


 再びココアに口をつけ、白いクリームが唇に線を描いた。

 それを指でなぞってなめとると、雀はにっこりと笑う。


「もっと落ち込んでたらどうしようって思ってたけど、心配なんていらなかったね」


 雀の瞳が少しだけ揺れた、気がする。

 嬉しいと悲しいが混じった言葉に、私は何を返せばいいのかわからない。

 雀はココアのカップを持って立ちあがった。


「あたし、友だち、あっちに待たせてて。……だから、もう行くね!」


 背を向け歩いていく雀だが、2日前のように大きく手を振る雀はいなかった。




 ──成果は薬のみ。

 私はその結果を三門に伝えられないまま、寮に戻っていた。

 合わせる顔がない上に、考えがまとまらないからだ。

 それに、また尖った口で怒られたくない。


 しかし、この薬が作用しているのは間違いない。

 だが、どうやって作用しているのかがわからない。


 現在、17時30分。

 早い夕食だが、食堂へと向かっていた。

 食堂は夕方17時〜20時まで開放されている。

 食べるも食べないも個人の自由で、1年生〜3年生まで、自由な時間で食堂利用が可能だ。


 2〜6名掛けの丸テーブルが所狭しと並ぶが、まだ時間が早いため、席はかなり空いている。

 どこに座ろうかと考えながら、プレートに料理を乗せてもらうため、短い列に並んだ。


 近くのテーブルで食事をしている生徒を見て、今日の料理を探る。

 今日のメインはフライのようだ。


 少し遠くのテーブルに視線を投げた。

 ちょうど口元が読める。


(さっき、また眠ったらしいよ)

(また? マジそれ)

(あの子も同じ時間じゃなかった?)

(やっぱり、呪いなんじゃない?)

(噴水少女の?)

(信じてんの?)

(まさかー! でも続いてるしさー)


 さっき?

 そうなれば、夕方になる。

 三門の妹が眠った時間は、19時過ぎとあった。

 他の時刻も、18時30分、20時ごろ、翌朝8時と、時刻はまばらだったはずだ。


 だが、と言っていた。

 いや、同じ時刻に眠った人間はいなかった。

 なのに、噂話の彼女たちは、同じ時刻だと知っている。


 なぜ、情報に差がある。

 なぜ、情報が正しくない……?


『梟、今日のメインは白身とエビのフライだぞ。梟の好きなタルタルソース、うまそうだぞー?』


 考えがぶっ飛んだ。

 もう少しで何か掴みそうだったのに……!


 尻尾を引っこ抜いてやりたくなるが、私の肩の上で、カイはタルタルソースに釘づけだ。

 私は綺麗に盛り付けられた白身フライ、エビフライ、クリームコロッケの皿に、どんとタルタルソースを叩きのせた。

 追加で、カップに盛り付けられた豆のポタージュスープ、チキンサラダ、バケットをのせて、私は一番端の二人掛けテーブルへ腰を下ろす。


 カイに蒸気石を渡し、


『はい、いただきます』


 自分も食事を開始する。

 たっぷりのタルタルソースは黄身のゆで具合を2種類に分けられ、なめらかさとモッタリ感を絶妙なバランスで作られている。それをまとめ上げているのが、手作りのマヨネーズとピクルス。どちらも甘みもありながらしっかり酸味の角が感じられ、そのおかげで少し冷めてしまったフライすら、さっぱり食べ進めることができる。もちろん、このタルタルソースなら、バケットに乗せて食べても最高の1品だ!


 ひとり、大満足で頬張っていると、天井のあちこちにぶら下げられた蒸気ブラウン管から時報が鳴りだした。

 17時45分。

 夕方のニュースが入る。


 今日の特集は極光姫オーロラ姫病事件のようで、皆、黙って蒸気ブラウン管を見上げている。

 皆、心配であり、不安なのがわかる。

 いつ自分がなるかもわからないからこそ、昏睡する条件が知りたい。

 自己防衛を考えるのが、碧霞の生徒らしいが。


 今回、碧霞高校の生徒のみが犠牲になっていることから、なにか学園に深い関わりがあるのではと、コメンテーターは話を進めている。

 それこそ、明後日に迫った9月6日の『約束の黒指輪の会』にも言及があり、今年は外交官の息子が多いだの、旧貴族の娘が入っているだの、権力にまみれた学園であることを丁寧に解説、さらに極光姫病にかかっている生徒の状況も説明されたが、連日報道されている通り、進展がないことが強調されただけだった。


 発生して明日で18日目。

 9月5日は土曜日。休日となる。

 そして、倭国・央都おうとの建国記念日だ。

 明日は式典が行われ、国家斉唱では、200年前のオペラ歌手を再現したフォログラムを用いるという。


『梟、明日、解決しなきゃ詰みだなぁ。あー、泣くなら、オレ様の胸毛、貸してやるから安心しろよっ』


 カイは蒸気石のおかわりをねだってきたが、私は頑なにおかわりをあげなかった。

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