弐拾弐

「それだけの、信頼関係を築ける生き物なんだな、竜人ってのは。おれらは、実際には見たこともないどころか、今こうやって話を聞くまで、存在すら知らなかった。どうやって、使うんだい。薬としては」

「砕いて、飲んでいただきまする」

「ハハァ。あんたと親しかったひとの遺骨を、飲めってか。そいつは、なかなか。しかし、これが見ず知らず、聞かず知らずの、異国の人間の骨だと言われても、同じような気分になりそうだ」

「事実を伏せたまま、売る者もおります。竜人がどのような者たちか、知ってなお、なんの抵抗もなくその骨を口に含める方は、多くはありませぬ」

「それでも、あんたは話すんだな」

「ええ。それがしら竜骨を扱い続いてきた一族、代々の流儀でありますゆえ。一度契約をした方々に、伏せごとはいたしませぬ」

「それで拒否されて、金を返せと言われることも、あるんじゃないか。なんせ、何十年も経てば、買った方の気が変わることもあるだろう」

「その折には、代金はお戻しいたしまする。そして、他の、順番を待っている方のところを訪ねまする。先ほどお見せした、約束ごとの書状に、記してありまする」

「そうだったかい。そこまで読んでいなかった。五十両、言われりゃあ、すぐに返せるってわけか。てぇことは、うちの他にも約束待ちをしている人がいるんだな」

「いかにも。十年あまり、待っていただいておりまする」

「十年前か。そっちに回してやったら、まだ間に合うかもしれないな」

「ねえ、キラ」

 サラは縋るような口調で、兄の名を呼んだ。

「そういったお気遣いには、さして意味がありませぬ。ほかの契約者についてばかりは、詳しくお話できませぬが。納期は四十年と、予め説明しておりまする。仮にそのとき、重病を抱えた者がいても、四十年も生きて待てぬことは、了承された上での契約ごとでございますれば」

「それじゃあ、うちと似たようなところが、あんたから竜骨を買おうとするんだな。病人が生まれやすい家系の人間が、子や孫のためを思って」

「詳しいことは、お話しできませぬ」

 キラはあぐらの膝を、ポン、と叩いた。

「いいよ。とりあえず、信用する。どこから来たのか、おれには判然としないが、さぞ遠かったろう。わざわざ、どうもありがとう」

「それではもし、こちらをお使いになられるのであれば、飲めるように砕きまするが」

「薬研で砕けるのか」

「いえ。通常の鉄や石では、道具のほうが負けまする。この、こちらの」

 コウエンは傍らの木箱から、小柄な臼を取り出した。

「ノミである程度削りまして、それからこちらの臼で挽きまする。玄武岩と、金剛石で造られた、特製でござる」

「おいおい、金剛石って言ったか。それ、竜骨よりよほど高価だろうが。野盗なんかに襲われなくて、よかったよ」

「ええ、まあ。しかし、見かけばかりは、みすぼらしい格好の、旅人でございますので。それに、一応はこれで、護身の術も心得てござる。なお、この骨をすべて粉にするには、半月ほどかかりましょうが」

「そりゃあ、掛かるだろうな。今晩はうちに泊まっていくらしいけど、ねえ、サラ」

「半月でも、ひと月でも。お部屋ならありますので」

 サラは兄の言わんとしていることを、その口で継いだ。現状寝たきりで、家のことも仕事も放って、その上に妹やらの世話になって生活しているキラが、館の主人らしくあれこれと決めて言えないのも、サラはわかっていたので。

「かたじけのうござる」

「却って、近くでようすをみていてくれたら、安心だよ。なんてったって、まるで未知のものを体に入れようってんだから。なにが起こるか、わからん」

「それがし、この竜骨に関してはともかく、医学の心得はさほど。そういった方面で、お役にたてるかどうか」

「それでもいいさ。要は、気分の問題だ」

 愛想よく振る舞う兄の姿を、サラは見つめた。

(だいぶ、疲れてきたみたいね)

 と、廊下からソッとカヲリが姿をのぞかせた。

「そろそろ、お食事の用意が整いますけれど、並べてしまってよろしいでしょうか」

(よかった、ちょうどいい)

 サラは静かに立ち上がる。そうして、男二人を見下ろした。

「詳しいことは、必要ならばまた、改めてお話ししましょう。コウエンさん、こちらにどうぞ。キラ、お粥とお薬、持ってくるから。横になって休んでいなさいな」

「はいよ」

「キラ殿、明日の朝の分から、飲めるように、準備をしますゆえ。今晩はお待ちくだされ」

「悪いね、疲れてるだろうに。寝る前に力仕事だろう」

「お気に召されるな」

 コウエンは細い目を更に細くして、痩せた青年に笑みを向け、包み直した竜骨やら道具やらを木箱に戻し、抱えあげて女たちの後を追った。

 再びひとりとなった部屋の中。行灯の明かりに纏わる羽虫を、じっとりと眺めて、キラは水を口に含んでから、横たわった。


 翌朝、いつもの粥と着替えを運んできたサラとともに、小鉢を片手にしたコウエンが、キラのもとにやってきた。

 小鉢の中には、粉末状になった竜骨が、小さじで二、三杯分ばかり入っていた。

「お食事のあと、この鉢に入っている分を、お飲みくだされ」

「他の薬はどうしたらいいだろうか」

「お任せいたしまする。とくに、飲み合わせに問題があるということはないようでござるが。いささか、他の薬の効き目が強くなることは、あるようですな」

「フゥン。まァ、最初だし、いつも通りでいいや」

「白湯のみですと、喉に絡まりやすいようでござる。粥で練って、飲み込むのがよろしいかと」

「そうさな。随分と細かくしてくれたみたいだけれど、砂みたいだもんな」

「しばらくは、この分量で、朝と晩に飲んでくだされ。様子を見て、増やしまする」

「やめるときも、徐々に、って感じか」

「いかにも」

「分かった。どうもありがとう」

「では、それがしはこれにて。夕の分は、また後ほど」

 コウエンは出ていった。キラはさっさと粥を飲み、いつもの薬を流し込み、小鉢のなかの顆粒を、残した粥の中に入れて練る。

 その間に、サラはせっせと敷布団の布を交換している。

「んん。別に味も匂いもしねえな。よかった。生臭かったりしたら、流石に気分が滅入る。あの人の話を聞く限り、なんだか人骨をって飲むのと変わらんだろ。これなら、竜人とやらの存在は、おれのなかじゃあ空想の域を出ない」

牡蛎ボレイみたいな感じかしら」

「いいや、もっとザラつきが強い。砂というか、砂利だな、こりゃあ。吸収できるのかね、こんなもん」

「とりあえず、言われたとおりに試してみなさいな」

「もちろん、そのつもりだけれど。ともかく、思ったより、ずっと飲みやすかった。ごちそうさま」

 空になった椀の中に小鉢を重ね入れて、キラは両手を合わせた。


 常のように、キラはまめな食事のために二度ほど目を覚ましつつ、午後を迎えた。

 よく晴れた夏日。眩しいといえば、サラは庭側の障子を閉め切って、廊下側の襖を開けて風通しを確保しておく。

 日々削られていく体力で、夏の暑さに耐えるのは容易ではなかった。彼はいつもグッタリとして、布団に臥せり、汗で浴衣を湿らせて。そうして、なんの気力も湧かないままに、一日を終える生活が、もうひと月以上。だが。

(なんだか、落ち着かねえ)

 キラは上体を起こし、障子越しの陽光を見つめていた。随分と、しばらくの間。ややして、やはり疲れてきて、再び横たわるが、またしばらくするとソワソワとして、起き上がる。

 そんなことを、夕まで続けていた。

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