拾壱

「双子のご兄妹で、よく似ていらっしゃると聞いてはいましたが、正直、話半分だったんです。男女の双子で、そんな、騒ぐほど似るものかね、と。しかし、これまた驚いた。本当に似ている。これは騒ぎたくもなります」

「男女の双子はそこまで似ない、って。よく知ってるな。そう、同性なら、見分けがつかんほど似るってのは、よくあるけれど。なんの仕事をしているんだい」

「教師です。まだまだ新米です」

「学校の先生。そりゃすげえや」

 ミノリの叔父は、照れくさそうに苦笑した。

「そのお年で、お医者をやっている方が、よほど凄いと思いますけれども」

「どうりで、博識だと思いましたの、納得しました。学校の先生ということは、外国の言葉も分かるのですか」

「読むことなら、多少は。話すとなると、自信はありませんが」

 カヲリがミノリの背を、ポンと叩いて、楽しげに言葉を挟む。

「この子は、外では遊べませんし、あまり学校にも通えないのですけれど。彼が文字を教えてくれたので、本を読んで暇をつぶせるんです」

「そりゃあ、良かったじゃない。で、どうしようかな。ちょっと、分かれて話したいんだけれど。ミノリと母さんは、おれでいいかな」

「それじゃあ、お祖母様たちは、わたしと。隣の部屋に、よろしいですか」

「ええ、ええ。分かりましたとも。さあ、イツキも、行くわよ」

「はい。では、甥たちを、よろしくお願いします」

 ミノリの叔父は、キラに一礼して、サラと、年老いた母とともに、その部屋を後にした。


「ここでお話ししたことは、あとで兄と共有しますね。お祖母様も、子供の頃から病弱でしたの」

「そうねぇ、ミノリほど小さいころは、そうでもなかったかしら。十二、三のころからね。あちこちの薬師さんに通ったのよ。でも、良くはならなかったわねぇ。でも、今になって思えば、なんだかんだ、一所懸命に診ていただいたし、お薬も飲んでいたわけだから。そうじゃなかったら、もっと悪くなっていたのかもしれないわよねぇ」

「そんなお具合で、出産されるのは、大変だったでしょうに」

「そう、大変だったわよぉ。でも、女の跡取りで、きょうだいはみんな、子供の頃に死んでしまって、一人だけだったから。仕方ないのよねぇ。大層な家柄でもないけれど、簡単に絶えさせられるものでもないし。ただでさえ、出産なんて、命がけじゃないの。それをねぇ、体の弱い娘にやらせるんだから、なんて酷い親たちだろうって、思ったのよ。母に言われたの、忘れもしないわ。死んでも産みなさい、って。そのくらいの覚悟でいなさい、ってことだったんでしょうけれど、本当に死んじゃうわよ。二十二のときに、長男を産んで、二十五のときに次男を産んだの。よく生きていられたと思うわ。夫も、家のことなんかしてくれないし。その分、外での仕事はキッチリとやってくれたけれど、病弱な妻を、もう少しいたわってほしかったわ。一人で子供の面倒をみて、家事をして。みんな、普通にやってるだろう、って言われてもね、よそはよそでしょう。わたしにとっては普通じゃないのよぉって、わめきたかったわぁ。もうね、今だから笑って話せるけれど、気が狂いそうだったわよ」

 コロコロと笑い声をあげて、老いた女は言う。命をつなぐ過酷さを乗り越えた女の強さだろうか。

(ミノリくんの叔父様、イツキさんが、今二十代の半ばを、過ぎたくらいかしら。なら、お祖母様はせいぜい五十歳くらいということなのね。もっと、十五歳くらい、年嵩かと思ってしまっていたわ。七十代と言われても、信じてしまいそう)

「なんだか、他人事ではありませんわ。うちも、代々、女が家督を継いできましたし。わたしたちの母は、兄とわたしを産んで、亡くなったので」

(家を、血筋をつなぐとは、そういうことなのでしょうね。わたしに託された役目。でも、もし。彼の子を、授かれなかったら。ああ、イヤだわ)

 気を抜けば、自分の宿命に向いてしまう視線を、サラは目の前の、今向き合うべき他人の方へと、引き戻した。

「お祖母様から見て、息子さんやお孫さんの状態は、ご自分の若い頃の症状と、似ておられますか」

「まるで一緒よ。だから、つらいだろうって思うわ」

 ミノリの祖母は、そこで少しばかり言い淀むように、口をもごつかせた。

「あのね。長男がわたしと同じような具合になって、お酒に浸ってしまったでしょう。しばらく、分かれて暮らしていたから、わたしも知らなかったのだけれど、カヲリさんに暴力を振るうなんてね。決してね、そのことを庇おうってわけじゃあないのよ。でもね、わたし、あの子が荒んでしまった気持ち、分かるのよ。どうにもならないの。気がせかせかして、苛立って。誰が悪いわけじゃないのも、分かっているのよ。でも、わめきたくて、しようがなくなってしまう。心が、おかしくなってしまったようでね」

 ミノリの祖母は、不安げな様子で、そう吐露した。

「心身は、切り離せるものではありませんから、身体を病んでしまえば、少なからず心も荒んでしまうものです。けれど、この病は、とくに心に影響しやすいようです。うちにある資料に、はっきりと書いてあります」

 ミノリの祖母は、キョトンとして、それから、こわばっていた肩から力が抜け、下がった。

「本当に。それじゃあ、わたしは。あの子があんなふうになってしまったのは、病気のせいで、あの子がひねくれてしまったからじゃあ、なくて」

「きっと、そうです。息子さんも、ご自分の心と闘っていたはずです」

「ああ」

 ミノリの祖母は、浮腫み細くなったまなじりから、涙をこぼした。

「けれど、カヲリさんや、ミノリが負った傷だって、そう易々と癒えるものではないでしょう。現に、ミノリが病を発症してしまったのは、兄貴にも原因があるんだから。それを思ったら、僕はとても、兄貴をかばう気にはなれないよ。家系的なものなら、僕だって、いつこの病気になるか分からないし、それを思ったら、正直こわいとは思うけれど。でも、カヲリさんに、暴力を振るうなんて。兄貴には、もったいなさすぎる人なのに」

 イツキが毅然とした口調で言った。彼の、実兄よりも、義理の姉につこうとする姿の奥には、果たして。

(彼、カヲリさんを愛しているのかしら。そうかもしれない。なんだか、ミノリくんに対しても、叔父というよりも、父親のように接している雰囲気を感じたし)

 サラは、そのように想像した。

「分かっていますとも、わたしだって。カヲリさんには、本当に申し訳なくて、どうしたらいいのか。聞いてくださいな、サラさん。あの人ね、元々、良家の娘さんなのよ。縁談だって、決まっていたのに。うちの子と一緒になるために、実家と縁を切ってまで。そうまで、あの子を愛してくれた。どれだけの幸せ者だったか。それなのに、それなのに。わたしは、カヲリさんにどうしたら詫びられるのか。うちの子のことは忘れて、幸せになって、なんて、言えません。だって、どれだけの覚悟で、あの子を愛すると決めたのかって、それを思ったら、忘れてなんて言えませんよ。でもね、幸せになって欲しいのよ。本当に、本当にいい人なんだから」

 ミノリの祖母は、ボロボロと溢れ出る涙を、手ぬぐいで拭きながら、思いを打ち明ける。その様子を、イツキは横目にして、痛みをこらえるような、苦しそうな表情で、黙って聞いている。たしかな同意を抱きながらも、なにか飲み込み難いものを口に含ませられているような、そんな雰囲気があった。

(わたしも、愛しい人を、堂々と愛せるのが、羨ましいわ)

 無言のイツキに、サラは同情した。そして彼女の意識は、また自分の境遇と、感情へと向いた。

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