第6話 3人の影

 茉夏まなつは自室からダークシルバーのノートパソコンを持って来るとテーブルに置いた。すでにボディは二枚貝の様に開いていて、モニタを見るとすでに起動していた。部屋で電源スイッチを押して来たのだろう。


 どこかから貰って来たのか、派手な色調の縦ストライプの、目の痛くなる様なデスクトップの下部に、アプリなどのアイコンが並んでいる。数少ないフォルダや書類は右側に行儀良く置かれていた。


 春眞はるまたちが見守る中、茉夏はスムーズな動作でブラウザを立ち上げる。ブックマークから選んだのは、闇サイトのサーチエンジンだった。それらしく黒を基調にした背景に、赤で作成されたタイトル。まるでオカルトだ。見辛いし趣味が良いとは言えない。


「あらぁ、真夏ったら、そんなサイトに出入りしてるの〜?」


「たまぁにね。それよりも、っと」


 茉夏はワイヤレスのマウスを操作し、検索窓にカーソルを合わせると、そこにリズミカルに「田渕浩志たぶちひろし」と入力、リターンキィを押す。


 一般に流布るふされている検索サイトに一般人の本名を入れたところで、SNSぐらいしか検出されないだろう。しかしこの検索サイトでは違った。検索結果の1番目にボールド文字で目立っている田渕の名前。掲示板の一部の様だった。


 茉夏が左クリックで1番目のページを表示する。するとやはりそれは掲示板のスレッドだった。茉夏はいくつかページを戻り、親記事を表示させる。タイトルは「くすのき画廊の田渕浩志」。


「うわ、本名がタイトルになってるて、相当恨み買ってんやな、こいつ」


 冬暉ふゆきが顔をしかめる。


「こんなとこに書かれるぐらいやから、褒められてるっちゅうことは無いやね。えーっと」


 茉夏がゆっくとページをスクロールして行く。春眞たちは記事を追って行った。




 タイトル:楠画廊の田渕浩志

 投稿者 :匿名とくめい

 大阪にある楠画廊の田渕浩志という男は、デート商法をしています。

 私もだまされました。絵を買わされました。

 本当に腹が立ちます。仕返ししてやりたい。


 レス1・投稿者:匿名

 騙される方が悪いって。ウケる。


 レス2・投稿者:匿名

 男に飢えてるんだろ草


 レス3・投稿者:匿名

 大草原


 レス4・投稿者:匿名

 私も絵を買わされました。

 仕返しするなら私も乗りたい。


 レス5・投稿者:匿名

 女こえー

 俺も気をつけよ


 レス6・投稿者:匿名

 オメーなんかに女寄ってこねーよ草


 レス7・投稿者:匿名

 その男知ってる。

 最近声を掛けられた。

 1回だけお茶した。

 もう会うの止める。


 レス8・投稿者:匿名

 被害にう前で良かったね。

 私も買わされた。

 それから連絡が取れなくなった。

 デート商法だったって気付いて凄い腹立った。

 私も仕返ししてやりたい!

 スレ主さん、4さん、どうですか?


 レス9:投稿者:匿名

 うは やる気だ


 レス10・投稿者:スレ主

 是非やりたいです。

 相談はチャットで。

 パスはメッセで送ります。

 4さん来られるのならレスください。


 レス11・投稿者:4

 4です。

 私も話聞きたいので、パスください。

 よろしくお願いします。


 レス12・投稿者:匿名

 うわ、田渕っての死んだって?

 こわw

 スレ主なんかした?




「……3人、女性よね〜? これってあれやんね? うちに3日連続で来てたって人数とも合うわねぇ〜」


「田渕に騙し取られた女性って、この3人だけなんかな」


「判らへん」


 春眞の独り言の様な疑問に夕子ゆうこは首を振った。名簿などがあれば判るのだろうが、今は楠画廊に近付く事はできない。


「うちって女性客が多いから、騙そうとする女性連れて来るんにちょうど良かったんかな。腹立つな! 女性騙すんにうちを使うなんて!」


 茉夏が憤慨ふんがいする。


「よし、とりあえずこの3人の女性の身元を洗おう。サイバー隊に同期がおるから、朝いちにこっそり頼んでみるわ」


 サイバーセキュリティ対策課は、冬暉と夕子が勤める警察署にも設置されている。


「ほなこのページのアドレス、夕子さんのチャットアプリに送ったらええ?」


 言いながら茉夏はアプリを立ち上げる。夕子とのトーク画面に移り、ブラウザから長ったらしいアドレスをコピーして、メッセージ欄に貼り付け、エンターキィを押した。


「うん、ありがと」


 夕子がソファに置いてあるバッグからスマートフォンを取り出すのとほぼ同時に、何かの着信を知らせるバイブレーションが働いた。恐らく送ったばかりの茉夏からの掲示板アドレスだろう。


 夕子は早速開いて、スマートフォンを慣れた様子で操作した。


「うん、オッケー」


 夕子は頷くと、スマートフォンをブラックアウトさせてバッグに放り込んだ。


「身元が判ったら、話訊きに行ってみるわ」


「何か判ったら教えてね!」


 茉夏が楽しそうな表情で言うと、夕子はにっこりと笑って「うん」と頷いた。


「あ、そろそろニュースやっとるかも」


 春眞がテーブルに置いてあったテレビのリモコンを手にし、電源を入れ、チャンネルをローカルニュースを放送しているはずの局に合わせた。


 ダークスーツをきっちりと着込んだ男性アナウンサが、地域の行事や事件を簡潔に読み上げて行き、春眞たちのお目当てのニュースは数分後に訪れた。


「……と見ています。では次のニュースです。昨日朝、大阪市東住吉区の長居公園で発見された男性の遺体の身元が判明しました。名前は田渕浩志、24歳。警察では自殺と断定しています。次のニュースです。今朝……」


 ニュースを見て、冬暉と夕子は大きな溜め息を吐いた。


「あーあ、報道までされてもたし……」


「しゃあ無いね。でも私らはやれる事をやらんと。放っておかれへん」


「っすね」


 冬暉は決意を固める様に頷いた。


「大丈夫やで、ユキちゃん夕子さん、ここまで判ったんやから、あと少しやわ!」


「うん、やとええな」


 夕子は微笑を浮かべる。茉夏の言葉は楽観的であったが、確かにその方が良い事は事実なのだった。

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