9話 昼食と少しの昔語り

 ゲームコーナーを出てフードコートへとやってきた俺たち。

 さすがに休日のお昼時ということもあってか家族連れも多く、とても混雑していた。

 クラスメイトの姿がそこまで見えないのは遊ぶのに夢中になっていて昼食の時間になっていることに気がついていないからだろうか。


「ミスったな……俺たち以外もそれなりに遊びに来てること考えてなかったな」

「だねー。どうする?時間置いてみる?」

「そうだな……少し時間空けてましになるかもわからないし、少し歩き回って座るの無理そうなら時間をずらす感じでいいか?」

「オッケー」

「……わかった」


 そうして歩き始めれば、話題は自然と目につく食べ物へと移っていく。


「んー、何食べよっかなー」

「……色々ある」

「俺は、そうだな……」


 席を探すついでにどんなものがあるかを見てみれば、ハンバーガーやラーメン、たこ焼きにオムライスなど一般的なフードコートにあるものはだいたい揃っていた。


「さっき体力も使ったし、結構がっつり食べたい気分だな」

「なるほどねー。明莉ちゃんは決まりそう?」

「……どれもそんなに食べたことないから悩んでる」

「それじゃあ……あっ、そうだ!」


 何か妙案を思いついた、とでも言いたげな表情を浮かべる深玖流。しかし、その視線はなぜか俺へと向けられていた。


「ねえ、彩人」

「……なんだ?」

「さっき、がっつり食べたいって言ってたよね?」

「たしかに言ったな」

「彩人の分を普通くらいの量にしたら、追加でわりと食べられそう?できればいろんな種類で」


 そこまで言われ、深玖流の思いつきの正体に予想がつく。おそらく、色々な種類を買ってきて無透さんと一緒に食べるから余ったものを食べられるか確認したいのだろう。


「多少はいけるだろうけど限度はあるからな?オムライス半分にそこに更に追加で色々、みたいなこと言われたらさすがにいけるかはわからないぞ」

「そんなことはしないって。というか、言いたいことわかった?」

「なんとなくならな。まあ、その辺は席が確保できてから相談でいいだろ」

「ま、それもそっか」

「……あそこ、空きそう?」


 深玖流との会話に気を取られていると、無透さんが少し離れたところの席を指差す。

 その様子を確認すれば四人組の親子が席を立とうとしていて、運良く近くに俺たち以外に席を探している人もいない。


「うん、いけそう!それじゃ取られる前に行かないと!」

「いや、別に」


 そこまで焦らなくてもいい、そう言いきる前に深玖流は足早にその席へと向かってしまう。


 幸いにも親子が席を立った直後に深玖流がたどり着き、急かしたりするようなことにはならずに席を確保できた。

 そのまま席に座った深玖流はそこまで離れてもいないのに手を振って俺たちを呼ぶ。


「無透さん、行こうか」

「……うん」


 深玖流の確保した席に座り、三人揃って一息をつく。


「さて、改めてになるんだけど。彩人、どれくらい食べられるの?」

「それなりには。多めに食べてるときくらいはいけると思ってくれていい」

「なるほどなるほど……じゃあ、さっきのプラン通りでもいい?」

「問題ない、というか俺の分含めて選んできてくれ。全員一緒に席を立つのは無理だろ?」

「それもそっか。というわけで明莉ちゃん」

「……どうしたの?」

「私と一緒にどれにするか選びに行かない?余ったら彩人が食べてくれるから、色々試せるよ」

「……いいの?」


 無透さんが俺のことを見る。その視線にはそこまでしてくれていいのかというのと、ほんとに大丈夫なのかという二つが入り交じっていた。


「大丈夫。多めに食べたかったところだから丁度いいよ。それに、どれくらいいけるかはだいたい深玖流が把握してるはず・・だから、量ミスってたら責任取ってもらう」

「うわー、彩人最低だー!女の子にそんなことさせるの?」

「じゃあ買いすぎないように頑張るんだな」

「はいはい。じゃ、明莉ちゃん。行こっか」

「……うん」


 二人が席を立ち、一人残される。

 どれにするか迷うことや注文までの時間、それを複数店舗分することを考えたら早くても三十分くらいは戻ってこないだろう。

 そうして時間を意識し始めてしまうと急に暇だと思うようになってしまった。


 しかし、話せる相手は丁度今いなくなったところで俺一人だけという現実は変わらない。


「何か適当にやるか……」


 そうなると暇潰しの選択肢として自然とスマホへと手が伸びる。ひとまずいくつかのSNSを開き、未読メッセージや情報の確認する。


 特に目立つものはなかったものの、家族からメッセージが来ていたのでそれに目を通す。


「えっと、何々?いや……本題のついでに思いついたんだろうけどこれは直接本人に言えよ」


 その中身は出掛けているから帰り際にちょっとしたお使いを頼むものと、少しのおまけのメッセージ。

 おまけのメッセージはただの伝言役を任されたもの。俺が伝えなければ行けない理由は全くもって存在しない。


「まあ、伝えるだけは伝えるか」



 それから深玖流に以前勧められ、というか招待ボーナスのために強制的にインストールさせられたゲームで暇を潰していると誰かが近づいてくる気配がした。

 顔を上げて確認してみるとそこにはトレーを持った無透さんが一人で立っていた。


「あ、無透さん。おかえり」

「……ただいま。これ、買ってきた」

「あれ、深玖流は?」

「……最初に頼んだもの受け取りに行ってる。すぐに来ると思う」


 ひとまず無透さんが持っているトレーに乗せられているものを見てみると、焼きそばにたこ焼き、ポテトとハンバーガーと手軽に食べられるジャンクフードセットみたいなものだった。量としてはそこまでなさそうなので、気になったものを少しずつ食べるためのチョイスといった感じだろう。


「お待たせ~!」


 噂をしていれば深玖流が戻ってくる。

 ドン、と深玖流がテーブルの上に置いたものはラーメンとステーキやエビフライがセットとなっているいわゆるミックスグリル、そして有名ドーナツチェーン店の袋だった。


「いや、お前……なかなかな組み合わせ持ってきたな」


 無透さんの持ってきた分だけならそうは思わなかったが、深玖流の持ってきた分も合わせてテーブルの上に置かれた食べ物を見てみるとかなりボリュームのあるメニューが揃っている。


「えー、彩人が多めにいけるって言うからちょっと多めにしたんだよ?」

「たしかにそうは言ったけど、この組み合わせはどうなんだ……」


 俺が視線を向けるのは他に比べると明らかに目立つラーメンとミックスグリルのセットだ。


「あー、それ?とりあえずラーメンは彩人の分で確定。もう一個の方は私達が適当につまませてもらって残りを彩人、って感じで」

「軽いノリで言いやがって……」

「……大丈夫なの?」


 実際にテーブルの上に置かれたものを見たからか、俺たちの今の会話を聞いたからか無透さんが心配する言葉をかけてくれる。


「たぶん大丈夫。非常に腹立たしいことにたぶんいけるだろうっていう絶妙なラインの量の買いかたをされたから」

「ふっふーん。昔から彩人の食生活を見てきた私の目に狂いはないよ」

「……昔から?」

「えっと……あー、そうだ。深玖流に伝言もあるんだった」


 無透さんの質問に答えようとしてさっき送られてきたメッセージの存在を思い出す。

 今の話題としてもちょうどいいのでついでに伝えてしまおう。


「んー、伝言?」

「無透さんに説明してからついでに教えるから、とりあえず食べないか?」

「それもそうだね」


 そしていただきます、と三人揃って手を合わせてから各々食べ物に手を伸ばす。俺がラーメン、二人はたこ焼きから食べ始めた。


「それで、まずはさっきの質問の答えから。深玖流は俺の、というか俺の家族の食生活をそれなりに知ってるんだ」

「はむっ……んーと。簡単に言うと彩人の家族って結構忙しくなることあってね。私のところも似た感じだから私が作って一緒に食べることが昔からそれなりにあったんだよね」

「だから、そういう理由で深玖流の料理の腕はすごいよ」

「へっへーん。そういう彩人は全然だよね」

「一応最低限はできるからな?あと、上達してない原因お前にもあるからな?」


 俺も必要とあれば最低限の料理はできるものの深玖流のそれには全く及ばない。

 深玖流と一緒に食べる頻度が増えてからは自分で料理をする回数が減った、というより正確には深玖流のやりたいようにやるためにキッチンを追い出されてしまうことが増えた。

 それが積み重なる間に深玖流との料理の腕の差は圧倒的なものとなってしまった。


「そういうわけで。私は彩人が食べられる量とか好みはだいたい知ってるんだよね」

「……納得」

「で、それに関わるのがお前への伝言。優香が深玖流の料理をまた食べたいから遊びに来て、できれば早めに。だとさ」

「んっ……なるほどねー。となると、遅くともGWにはお邪魔しようかな」


 かなり早いペースでポテトを食べながら深玖流が返事をする。俺はまだそんなにラーメンも食べていないのにたこ焼きは既に残り半分なくなり、ポテトも1/3程度なくなっていた。

 深玖流は無透さんの分は残しつつ、手当たり次第に食べている感じだ。


「……優香?」

「優香ちゃんはね、彩人の妹だよー。私のこと大好きっていつも言ってくれてすっごく可愛いんだよね」

「ぶっちゃけた話をするなら、兄の俺よりも深玖流に懐いてると思う」

「同性っていうのもあるし、妹の立場的にこういうことされたら嬉しいっていうのもわかるしね」

「……お姉ちゃんがいるの?」


 深玖流の言葉を聞いた無透さんからの疑問が出てくる。

 たしかに、今の言葉を聞いたら深玖流が妹のように思うのはおかしくない。


「私は一人っ子だよー。小さい頃にお姉ちゃんみたいな人はいたけどね。だから、その人にやってもらって嬉しかったことをやってあげてる感じかな。明莉ちゃんは兄弟とかっているの?」

「……いない。でも、お姉ちゃんみたいな人はいた」

「へー!やっぱり皆そういう人がいるのかな?」


 小さい頃は自分に年代が比較的近い親戚の人だったり近所の少し年上の人だったりがそういう立場にはなりやすいだろうから、深玖流の疑問への答えはその程度はあれどイエスと返ってくる可能性が高そうだ。


「……たぶんそう?」

「それでそれで!明莉ちゃんのお姉ちゃんみたいな人ってどんな人だったの?」


 すっかりお喋りのスイッチが入ったのか、深玖流が何かを食べるよりも言葉を発する頻度が増え始める。


「…………すごく明るい人。大きな声で話しすぎてよく注意されてた」

「どこのお姉ちゃんもそんな感じなのかな?私の言ってる人もそんな人だったんだよねー」

「いや、あれは明るいって言うか……破天荒とかそういう言葉のほうが似合う人だろ」

「あはは、一番振り回されてたのは彩人だったもんね」


 その頃のことを思い出せば、色々なところへ連れて行かれたり急に無茶ぶりをされた記憶が蘇ってくる。

 それでも、その時がすごく楽しかったのは事実で今でも全然忘れられないくらいに大切な記憶だ。


「……振り回されてるのは今も?」


 無透さんの視線が深玖流へと向けられる。

 学校での自己紹介のことといい、深玖流に振り回されているのは事実ではあるがあの頃に比べれば全然優しいものだ。


「それはそうだけど、深玖流のなんてその時のと比べたら全然かな」

「なによ、彩人なんて私がいないと今頃だめになってたかもしれないのにそんな口聞いていいの?」

「わかってるって、そこはほんとに感謝してるよ」

「……食べ物って大事」


 こんな会話をしていると意外と早くテーブルの上の食べ物がなくなっていく。

 いつのまにか簡単につまんで食べられるものはほとんど残っていなかった。


「そういえば明莉ちゃん明莉ちゃん」

「……何?」

「色々食べたから感想聞きたいなーって思って」

「……美味しい。でも、体に悪そうな味?」

「そこが美味しいの!」

「……味が濃いのがいっぱいでびっくりした」

「やっぱり明莉ちゃん、こういうのは普段は食べないの?」

「……うん。今まで味が薄めなのが多かった」

「味が薄い……んー、和食とか?」

「…………たぶんそう?」


 少し考えこんだ様子を見せる無透さん。

 間が開いた理由は少し気になるが、あまり明確に和食に分類はできないからそうなのか考えたとかだろうか。

 あとはさっきアイスもあまり食べたことがないと言っていたから、全体的な感じとして無透さんのこれまでの食生活はかなり健康に気を使った制限が掛けられている気がする。


「あ、俺からも一つ質問。答えられないならそれでいいんだけど、今日だけで急に今まであまり食べてなかったもの色々食べてるけどそこは大丈夫?」

「……たぶん、大丈夫。今までは食べる機会が少なかっただけ」

「じゃあじゃあ、またどこか遊びに行ってこういうの食べるのもいいの!?」

「……うん、大丈夫。こういうのも知りたいから教えてくれると嬉しい」

「まっかせて!!じゃあ色々計画しないとね!」


 すっかりテンションの上がった深玖流はすでに頭の中で次にどこに行って何をするか計画を始めたらしい。

 そんな姿を見ていると、さっき話題に出たせいか深玖流のお姉さんだった人のことを自然と思い出す。


「……ほんと、あの人にそっくりだな。深玖流」

「……あの人?」

「えっと、さっき話題に出た深玖流の姉みたいな人。いつもあんな感じだったなって」

「そんなに似てるの?」

「…………ああいう姿とか、俺を振り回すところとか、色々そっくりだよ」

「……そうなんだ」

「深玖流はその人に色々影響受けたから、そのうち話が聞けるかもしれないけど……まあ、ここは深玖流が話すかどうかかな」

「……わかった」


 正直なところ、深玖流がその話をするかどうかは五分五分かそれくらいあれば高い方といったところだろう。

 楽しい記憶もたくさんあるが、もちろんそれだけではない。

 さっきの会話みたいに楽しかった思い出を少しだけ語る分にはいいだろうが、ちゃんと話すとなると難しいだろうとは思う。


「………………まあ、全く他人事じゃないというか俺の方が酷いわけだけどな」


 そんなことを考えていると自然と自嘲的な呟きが思わず漏れてしまう。

 どうやら運よく二人には聞かれていなかったようで、こっそりと胸をなでおろす俺だった。

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