猫と【宵城】
東洋魔窟2
屋根から屋根、通路から通路へと飛び移り、大小様々な建物の屋上を風を切って翔ける
九龍の街は信じられないほど入り組んでいて、内部はさながら気の向くままに線を引いた迷路のようになっている。
十数階という高さの建造物が所狭しと立ち並んで、四方を壁に囲まれ陽の光が届かない家や道もある。
階段を上っていたかと思えばいつの間にやら下っていたり、真っ直ぐ進んだはずなのに同じ広場に出てしまったり。
慣れてしまえばそんな迷宮もどうってことないが、目的地によっては下道を行くより階上を突っ走って進んだ方が早い事が多々ある。
【東風】から【宵城】へもそうだ。スラムの側から花街の端まで普通に向かえば30分はかかるところ、建物の上を通って行けば10分足らずで到着できる。
立ち並ぶ違法建築の屋上を駆け抜けるのはもはや
花街が近付き、だんだんとネオンが見えはじめる。あちらこちらから縦横無尽に伸びる、漢字やロゴを各々思い思いに配したキラキラ光る看板。
その中でもひときわ目立つ大きなサインを掲げる店が【宵城】だ。
他の建物から完全に独立しており、半ば城のような外見をしている。輝くその姿はまさに‘不夜城’。
そして辿り着いた朱塗りの露台。
軽く足を振って靴についた水を払いながら、目の前の小窓をノックする。
「
声と共に窓が開き、着物を着崩したくわえタバコの男──
「正面玄関、入りづらいんだもん」
【宵城】の1階にある入口はこれでもかというくらいネオンで装飾されていて、女の子達のセクシーなパネルが立ち並び、ロビーは常に客で満杯だ。
「まーいいけど。菓子食う?」
「うん。あ、ちなみに
中に入れよと顎で示しつつ言う
「は?ある訳ねぇだろ」
ある訳なかった。
虎の毛並みを撫でて楽しみながら出されたお菓子をモグモグ頬張っていると、
2枚は幅のある首輪をつけた太った猫の写真。
「
お菓子でいっぱいの口のままの
「猫と、飼い主。
「
「行方不明なんだよ、
その女性は相当焦った様子だったという。なので、一緒に探してやる事にした。
「だけど、昨日から連絡つかねぇんだわ。今日出勤日なのに店にも来ねぇし」
指で写真をトントンと叩く
表情には出さないが‘心配’が先に来ているのだろう。
だがここは九龍、全てが狂っているような街。表面だけ目にした所で本質的には何もわからないのだ。
菓子を食べる手を止めて、
「家とかは?」
「他のヤツに見に行かせたけど、誰も居なかったんだってよ」
「家の場所どこなの」
「新興楼あたり。これ、住所」
そう言って
新興楼なら遠くはない。路地を通るとややこしいが、
「別に行かなくたっていいぜ
「んー…」
でも、いつもお菓子の恩がある。
「でも、いつもお菓子の恩があるから」
思ったらそのまま口に出た。
「あっそ。じゃあ頼むわ」
「うん」
外を見ると雨が上がっていた。
更けていく夜の九龍をやんわりと照らす月明かりが、屋上の水溜りに反射していた。
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