第3話 似た者同士
襖を閉めて一息つく霞を見て、楓は霞の
「そんなに慎重になるならいっそ噂になった方が楽じゃないか?」
楓の美しい笑みを見て、悔しくなった霞は厳しく跳ねのけた。
「冗談はおやめください。余計な仕事を増やさないで頂けますか?可能な限り楓様との関係は
楓は霞に
「すまない……」
「では。早速聞かせて頂けますか?化け物とは何です?私の屋敷で火事が起きたのと何の関係があるんです?」
霞は火鉢の残り火から
第一王妃の世話役ということで霞は個人の部屋を与えられている。
明りに照らされながら楓は置き畳の上に
「ここ数年、宮中に不穏な空気が流れていてな……。優秀な武官や文官が不審死を遂げているんだ」
「……存じ上げております。私もそのことについて調べておりました。もしかすると両親を殺した者に辿り着くかもしれないと考えておりましたので」
霞は楓の正面に正座すると神妙な顔つきになった。
両親の死の真相を追ううちに、宮中の役人の死に直面するようになったのだ。
この平穏な世に物騒なことなど起こるはずもないという思い込みと、慢心が人々の目を曇らせた。
いや、そうした心理を利用して何者かが自分に不都合な宮中の駒を取り除いている。そんな風に霞は感じていた。
人々が役人達の死を不審がることはなかった。どれも不幸な事故や病気と言った自然死だったせいだ。
彼らの死に疑問を持った霞は着実に宮中で力を蓄え、
『宮中記録』から宮中の出来事を調べ、彼らの詳しい痕跡を辿れば何か分かるかもしれない。霞はそう考えたのだ。
(まさか、私以外に不審に思っている人間がいるとは思わなかったけど)
ゆっくりと楓に視線を向ける。
「俺はこれらの不審死を何者かによる敵対勢力の排除だと考えている。……要するに帝に反する者の行動だと判断した。帝にもお話し、裏で調査する許しを得たんだ」
「なるほど……。調査を進めていくうちに不審な動きをする
「ああ。突然、
楓がふっと笑って見せた。褒められたというのに霞は不機嫌な表情を浮かべている。自分の思惑を他人に読まれてしまうのは面白くなかった。
「貴方の
俺は化け物を狩るために信頼できる者を探していた。絶対に裏切ることのない者……それは化け物に恨みを持っている者だ。
それが貴方、霞様だった。どうか帝をお守りするため、これからも俺に協力して欲しい」
純粋に協力を仰ぐものかそれとも駒の如く利用しようとしているのか。宮中とは人を利用して上にのし上がる、そういう場所なのだ。楓の甘い笑みを見て霞は黙り込む。
(信頼か……。その言葉、私に一番遠いものだけれど……。いいわ、私は私で貴方を利用させてもらうから)
「はい。喜んで」
口元に手を当てながらできうる限りの笑みを浮かべる。同じく楓の顔にも
「さすがは楓様。宮中一の頭脳をお持ちのお方です。いち早く異変に気が付かれるとは……。感服致しました」
「いえ、それをいうなら霞様も。話してみて、改めて聡明な方なのだと思いましたよ」
「ふふふ……」
「ははは……」
お互い笑いあった後、二人は大きなため息を吐く。
そして同時に言い放った。
「……全然そんなこと思ってませんね?」
「……全然そんなこと思ってないよな?」
霞は
(どうしましょう……。この方、扱いにくいわ。全然言う通りに動かなそうな駒なんだもの)
霞の態度が気に入らなかったのか。楓が噛みついて来る。
「本当に協力してくれるんだろうな?こっちは帝のお命と宮中の安寧が懸かってんだ!いつまでも腹の内を隠してたら連携を取るにも取れないぞ?」
「楓様こそ、私を良いように使おうと思っているのではないですか?その良い顔で誰でも
「……なっ!」
楓の表情が固まったのを見逃さなかった。
(やっぱり。それが弱みだろうと思ってた)
霞はすかさず楓に畳みかけた。
「貴方が自身の容姿を生かして女官達に取り入っているのはしっかり存じ上げておりますから。女子の心を
「とんでもないのは貴方の方では?宴の席で酒を入れさせて相手に心地い言葉を並べて情報を聞きだしていただろう!それこそとんでもない。
目だたぬように動いているという割には俺に全部見通されている癖に」
不毛な言い争いが続き、二人の間に沈黙が生まれる。お互いじっとりとした目で睨みあった後、視線を外す。
やがて顔を手で覆った楓は自身を落ち着かせるように深呼吸する。
「すまない。
霞様は宮中の、俺は役人達の異変を調べその情報をお互いに共有する。それでどうだ?」
霞は腕組しながら思考する。化け物とその仲間たちがどのくらい宮中に潜んでいるか予測できない。
(役人側の情報は欲しいわね。だとしたらここは協力する方が得策。楓様のことはいけ好かないけど、ここは手を貸すしかなさそうね)
「分かりました。ここからは腹の内を隠さずにお互い協力しあいましょう」
霞の油断ならぬ笑顔を見て、何かを諦めたように楓はふっと息を零す。
「……分かりました。では」
そう言って霞の右腕を取るとそのまま自分の方に引き寄せた。
(え?)
思いも寄らない行動に霞は目を丸くする。そのまま楓の胸板に頬がぶつかった。女子に人気の香の香りが霞の鼻腔をくすぐる。
「まずは親交を深めるところから始めましょうか」
そのまま霞の右手をがっちりとつないだ楓が妖しく微笑んだ。泣きぼくろがはっきりと見える距離から見下ろされ、思わず霞の心臓が止まりそうになる。
しかし今までに様々な局面を乗り越えてきた霞はすぐに冷静になった。
(これが楓様の色仕掛けね……。これで情報が引き出せるなんて羨ましいわね。私もこれぐらい美しければこういうこともできるんでしょうけど)
霞はため息を吐くと、そのまま楓の胸元に飛び込むように彼を背後に押した。その様子は楓の誘いに応じているように見える。
……が良い雰囲気に見えたのは一瞬だった。
次の瞬間、霞は繋がれた楓の左手の親指を下にするように移動させ、思いっきり外側に捻った。
「いててててっ!」
楓の情けない声が部屋に響き渡る。霞はすぐに手を離すと口元に手を当てて、澄ました表情を浮かべた。
「もう夜も更けてまいりましたし、本日はお帰りください。また追って情報と指示は出させて頂きます」
「何勝手なことを言って……」
楓が涙目になりながら左腕をさする。
「それでは、またの機会に。情報、お待ちしております」
そう言って楓の背後の襖をすらりと開く。そこで初めて楓は自分が出入口に誘導されていたのに気が付いた。
「なんという女子だ……。まあいい。協力関係は築けたんだからな。今日の所は
楓は左腕を庇いながら負け惜しみを言う。
(面倒な駒だと思っていたけど、案外面白い駒なのかもしれないわね)
霞は心の中でにやりと笑うとそのまま立ち去っていく楓の背を見送った。
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