第十六話:誤算


 キアマート帝国が誇る本陣の騎兵団が動き出しカーム王国の西の町の城壁に殺到する。

 彼らは城門を破壊する槌を馬に括り付け、四馬を使ってそれを挟むかのように配置して城門へと突っ込んでくる。



 どガーンっ!!



「来ましたわね! 投石器、もっと岩を飛ばすのですわ!!」


「お姉さま、広場の移動始めますわ!!」


 城壁内から飛ばせるだけの炎の岩を飛ばしてからフィアーナはアザリスタにそう叫ぶ。

 アザリスタは頷いてからもう一度城門を突破しようとする騎兵団に遠方魔法攻撃と矢の雨を降らせる指示をする。

 しかし流石にそこは相手も心得ていて、大きな鉄の盾を頭上に抱え上からの攻撃を防御する。

 遠方魔法攻撃は距離を稼げはするものの、その威力は矢と同じくらいで見た目の派手さに対してそれ程効果は無い。



「行けぇ、城門を破壊さえすればここを落せる! 行けぇっ!!」



 後方からランベル将軍は大声をあげて叫ぶ。


 既に魔物たちは海の悪魔の呪いに恐れをなし、逃げ出す者も出始めている。

 一般の歩兵にも動揺が広がっていて、まっとうに動いているのは本陣の騎兵団だけだった。


「如何に悪魔の呪いと言えどあの魔女の首さえ取れれば恐れる事は無い。契約者を仕留めさえすればこの呪いも解ける!!」


 ランベル将軍はそう自分にも言い聞かせ海の悪魔たちに対する恐怖心を払拭する。

 そうでなければあれ程の魔物の軍団を苦しめている訳の分からない呪いに気負けしてしまいそうだったからだ。


 しかし実際に動いているのは騎兵団だけ。

 流石の騎兵団も前座である魔物たちがいなければ被害は増える。

 しかしそれだけの犠牲を払ってでもこの城門を破壊しなければ栄光あるキアマート帝国の軍人としての面目が立たない。


 ましてや今は皇帝ロメルが自分の戦いを見ている。



「押せヤァっ!!」



 気合を入れてランベル将軍は自らも馬にまたがり更に騎兵団を押しよさせる。

 その数一万にも及ぶ騎兵団が城壁に殺到して行った。



 どがっ!


 どガーンっ!!



 城壁を破壊しようとする槌は既に二本目を使い始めていた。

 流石の城門も連続して攻撃を受ければ徐々にその姿を変えて行き、とうとう槌の先端が城門を突き破った。



「よしっ! 城門さえ破壊できれば後は数で押せる。行け我が勇敢な兵士たちよ! あの魔女の首取るのだ!!」



 うぉおおおおおぉぉぉぉぉぅ!!!! 



 ランベル将軍のその雄叫びに周りの兵士たちも高揚をして声をあげる。

 そしてあれだけ強固な西の町の城壁の門もいよいよ破壊され騎兵隊たちが先陣を切ってなだれ込み始めるのだった。




「我こそはキアマート帝国の騎士、ソレイユなり! 魔女アザリスタは何処だ!!」



 槍を振り回し一番に飛び込んできた帝国の騎士が名乗りを上げたが、驚くことにそこは中庭のように囲まれた場所だった。

 何も無いその広場は周りを壁で囲まれたようになっていて、誰もいない。


「なんだこれは!?」


 ソレイユと言う騎士はその異常さに驚き周りを見渡す。

 そして彼に続き続々と騎兵団はやって来るも、やはり同じく敵兵が見当たらなくその場をうろうろと駆け回る。



「これはどういうことか? 敵は?」


「上から矢でも放つつもりか!?」



 そう叫んでも矢の一本も降ってこない。

 その異様な光景に騎士たちは敵の姿を探すも、いきなり馬が倒れ始める。



 どさっ!



「うおっ!? 何事か!?」


 馬から放りだされた騎士たちはすぐに立ち上がり周りを警戒するが程無く強烈な頭痛に見舞われる。

 

「な、何だこれは!?」


 更に意識がもうろうとする者も出始め、徐々に兵たちは倒れ始めて行く。

 その異常な光景を後続の騎士たちも気付くはずがなく、どんどん突っ込んでくるから倒れた兵たちは後続の馬に踏み潰される者まで出始めた。


 先に突入したほとんどの馬と兵が口から泡を吹き出し、痙攣を始めるものまで出始めていた。

 それは後続の騎士たちにも徐々に広がり、突入をした千を越える騎兵団は全てその場に倒れてしまった。


 流石にその状況に後続も気付き始め、突入を一旦止める。




「何が起こっている!? 城門は破ったのだぞ! 我がキアマート帝国の優秀なる兵たちに何が起こっていると言うのだ!!」



 城壁の目前まで迫っていたランベル将軍は城門に入った者たちの異常に大声で聞くも、その答えを出来る者はいない。


「悪魔の呪いだ…… 悪魔の呪いが我々にも降りかかってきたのだ……」


 どこの誰だろうか?

 誰かがそうつぶやくと同時に騎兵団にも動揺が走る。



『よし、今だ!』


「ええ、分かっていますわ、全ての樽を落すのですわ!!」



 城壁に潜んでいたアザリスタは立ち上がりそう言って他の者たちに指示をする。

 すると一斉に城壁に潜んでいた者たちは城壁の上から外に集まっていた騎兵団に向かって樽を投げつけた。



 ばごん!

 ばしゃっ!!



「くわっな、何だこれは?」


「この匂い、酒か、いや油も??」


 投げつけられた樽には酒と油が仕込まれていて、それが騎兵団に投げつけられ破裂するとすぐにアザリスタは呪文を唱える。



「喰らいなさいですわ! 【炎の矢】ファイアーアロー!!」



 それは数本の炎の矢を発生させアザリスタの目の前から解き放たれる。

 油がかかった騎兵団にその炎の矢が当たるが、さしたる威力ではない。

 威力ではないが、そのせいで爆発的にその油に火がつく。



 ぼふんっ!!



「うわっ、火が!!」


 その炎は一気に燃え上がり騎兵団を巻き込む。

 近くにいた魔物たちもそれを見てさらに慌てて逃げ出す。

 いや、一般の歩兵の中にもその場に武器を手放して逃げ出す者の出始めた。



「ええぇい、魔術師たち水だ、水を出せ!!」



 ランベル将軍がそう言って支援部隊である魔術師に怒鳴るも、あまりにも慌てて先行した為に魔術師の部隊が追い付いていない。

 それに今更ながら気付いたランベル将軍は城壁の上を見上げる。



「魔女めっ!!」



 そう叫ぶとそこにはビキニ姿に手足に甲冑の一部を付けたアザリスタが立っていた。


「おーっほっほっほっほっほっ、どうしたのですのキアマート帝国の方々? 我が方はまだ一兵たりとも倒れていませんわよ?」


 そう言って派手な魔法を放つ。

 それは殺傷能力などほとんど無い花火のような魔法。

 しかしそれが今の状況ではキアマート帝国の兵たちには恐ろしく映る。


 屈強な兵たちもその場にたたずみ、ただアザリスタの姿を見上げるしか出来なかった。


 と、破られた門の付近から燃え盛っていた炎が徐々に消え始め、近くにいた馬や兵たちが頭を抱えたり倒れ始めた。



「おのれおのれ、魔女めっ! ぐ、貴様この私にも呪いをかけたのか!!」



 ランベル将軍が乗っていた立派な軍馬もよろよろとその場に倒れ込み、彼自身も頭痛に顔をしかめる。

 そして呼吸が苦しくなり始め意識がもうろうとし始める。


「おの……れ…… アザリス……タ……」


 最後にそう言ってランベル将軍は倒れて動かなくなったのだった。



 それを見ていた周りの騎士団は慌てて踵を返す。

 流石に将軍が悪魔の呪いに倒れれば全体の士気も下がり戦線は崩壊を始める。



「うまく……いったのですの?」


 アザリスタは小声でそう言って眼下のランベル将軍を見る。


『ああ、あんな場所にいればやがて流れ出した二酸化炭素を大量に吸っておかしくなる。このカーム王国の岩山で炭酸塩鉱物が大量に手に入ったのは幸運だよ。あれは炭酸ナトリウムみたいなもんだから砕いてそれにお酢でもかければ大量の二酸化炭素が発生する。二酸化炭素は空気より重いからこうして城壁の上にいれば影響がない。二酸化炭素を大量に吸った生物はやがて血中の濃度が高くなり影響が出る。下手をすれば中毒死をする無味無臭の毒になるのさ』


 雷天馬はそう言って大きくため息をつく。


「しかし油がああも簡単に燃えるとはですわ……」


 通常油はすぐには火がつかない。

 それは気化しなければ発火しないからだ。

 だから蒸留酒を混ぜた油に火を付ければ爆発的に燃え上がる。

 それはナパーム弾と同じ原理で脂がどんどん気化してその炎を消すことなく豪快に燃え上がる。


 既に戦線は瓦解して敵兵は下がり始めていた。


 二万弱の兵に一切被害を及ぼさず、八万にも上るキアマート帝国の攻撃を絶えしのいだのだ。



 下がり始めたキアマート帝国の兵たちを見てカーム王国側の兵士たちが大声をあげて喜ぶ。

 それは勝鬨であった。


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