第六話:海


 この世界では海は悪魔の住処とされ、沿岸部での細々とした漁はされていたが沖まで船で漕ぎ出す事はタブー視されていた。

 それはキアマート帝国でさえ同じであった。



「本気で言っているのですの?」


『だって危険な化け物ってのは縄張りにでも入らない限りそうそう襲ってはこないのだろう?』


 アザリスタはこいつ頭大丈夫か? などと感じながらもふと気になって来た。

 確かに闇の森の住人たちを含めキアマート帝国の軍勢は強力である。


 一般的に戦の場合、騎士団と一般兵が合戦をするのがこの世界では普通だ。

 キアマート帝国が強い理由は闇の森の魔獣や幻獣がその合戦に加わる事により従来の戦とは勝手が違うからだ。

 だからこちらも正攻法で戦ってはいくら魔法騎士を保有するレベリオ王国でも負ける。


「タブーを破れと言うのですの?」


『この世界の常識は俺には分からんが、俺だってせっかくこっちの世界に蘇ったんだ、そうそう簡単にあんたに死なれちゃかなわんからな。奇襲は戦の基本なんだろう?』


 雷天馬のその言葉にアザリスタはニヤリと笑う。


「ふふふふ、タブーを破ってでも勝たなければなりませんわね。良いですわ、あなたとはもっと話がしたくなってきましたわ!」


『そうだな、お互い死なないためにな』


 そう言ってアザリスタと雷天馬は静かに笑いだすのであった。



 * * * * *



「う、海に出ろとおっしゃるのですか!?」



 魔法騎士団の団長であるリシェットは目を丸くしてアザリスタのその話を聞く。

 そして彼女はアザリスタの顔をまじまじと見る。


 海に出ると言う事はこの国の者にしてみれば死に値する話であった。

 アザリスタの話でなければ聞く耳もたぬ話だろう。


「そうですわ。今、急ぎ大型の船を造らせていますわ。帆船とか言うものらしいですが、従来の手漕ぎの船に比べずっと早く移動が出来るらしいのですわ。そして……」


 アザリスタは城の中庭で作らせているそれを見て眉をひそめる。

 それは四つ輪の土台に大きなスプーンのような物が括り付けられていた。

 アザリスタに命じられ言われた通りに作っている者でさえこれが何だか分からない。

 しかし、これがカーム王国に対して大きな増援となると雷天馬は言う。


『投石器って言うんだが、あのスプーン見たいのを引っ張ってその上に石を載せ、縛り付けておいた縄を一気に切れば岩が飛んで行く。さっき教えた通りに油を染み込ませてから火をつけて敵陣にそれを放り投げれば大賢者様が使うとか言う隕石落としの大魔法に見えなくもないだろう?』


 雷天馬はそう言ってニヤリと笑う。

 いや、アザリスタにはその笑い顔は見えないのだが……

 

 そんな会話を一瞬思い出しているとリシェットがおずおずとアザリスタに発言をしてくる。



「アザリスタ様、アザリスタ様が聡明な方であると言うのは知っておりますが、海は悪魔の住処。そのような所へ出ればすぐにでも海に引きずり込まれてしまいます……」


「ええ、分かっていますわ。ですのでこれを身に着けるのですわ、船の上にいる間はこれを身に着けていれば神の御加護が受けられ、海に引きずり込まれる事はありませんわ」



 そう言ってアザリスタは紐に布がついているものをぶら下げる。

 リシェットはそれを見て首をかしげる。



「これは、聖教会のエンブレムですが…… 何なのですか? この下着のような物は?」


「これこそ神の御加護を得る為のモノですわ。鎧を脱ぎ、この衣装を身に着け海に出れば神の目を引き御加護を得られると言うマジックアイテムですわ!」



 そう言って今度は三角の布切れも出す。

 どう見ても水着、しかもビキニタイプだ。


 しかし雷天馬は言う。


 神は女性を見捨てない。

 特に若く美しい女性はなおさらだ。

 しかし海は悪魔の領域、神の目を引き付けるには神聖なる衣服を身に着ける必要があると!


 それこそが雷天馬が提唱するこのビキニなのだ、決してうら若き乙女たちの肌が見たいと言う訳では無いのだ!!



「あ、あのアザリスタ様その、そのような下着のような物を身に着けるだけであの恐ろしい海に出ても大丈夫なのでしょうか?」


「ええ、きっと神は我らにその御加護を与えてくださいますわ。ささ、リシェットも早速試していただきますわ、さぁさぁっ!!」


「ひうっ!? あ、アザリスタ様!?」



 本来はアザリスタはそんな事には興奮などしないのだが、多分きっと雷天馬の影響だろう、はぁはぁと何やら楽しそうにアザリスタは自らこの騎士団団長リシェットの鎧に手をかけるのだった。



 * * * * *



「私はどうしたのでしょうかしら、リシェットにあんな事をしてしまうなんてですわ」


『いやぁ、眼福眼福。姫様ぐっじょぶだぜ! まさか着替えでモロ見れるとは思わなかった、しかもあの触り心地! しっかりと目に焼き付けたぜ!!』


 結局騎士団団長リシェット十九歳はアザリスタにひん剥かれ、こぼれ落ちそうなその胸を面積の足りないビキニに覆う羽目にさらされた。

 騎士団長と言う立場上贅肉の一切ない引き締まったその体つきは健康体そのもの。

 しかしきめ細かい肌は白く美しく、彼女のその藍色の髪の毛が白い肌に非常に似合っている。

 着込んだビキニにその美しい顔を赤く染め、何時もは凛々しい騎士団長であるにもかかわらず、涙目でうるうるとしているのはアザリスタでさえ何処か「ぐっ!」とくるものがある。


 出来ればその辺の描写をもっと詳しく知りたいのだが、もろもろの事情で残念ながら割愛させていただく。



「あ、アザリスタ様ぁ~、これ本当に神の御加護があるのですかッ!?」  

  

 恥ずかしさに両の手で胸元を隠して涙目のリシェットが目の前にいる。

 しかしその神々しさはまさに天下一品。

 

「え、えっとぉ、大丈夫、もの凄く似合ってますわ! 殿方がいればこれでいちころですわ!!」



「アザリスタ様ぁ~っ!!」




 リシェットのその情けない声が響くのだった。 


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