第12話

 昼休み、笙子から話を振られる前に真奈美は、颯太の連絡先の話をきりだした。


「やった! ありがとう。で? どうだった」

「遊びにいくのもいいよって。それと連絡先」


 真奈美は携帯で笙子に連絡先を送信した。


「そんなにいいか? あの成海って男」


 一緒に昼食を摂っていた雄二が、不機嫌そうにしなが食事をしている。健吾はいつものように、静かに箸を動かしていた。


「雄二よりいいのは確かよ。まあ顔は健吾が一番だとは思うけどね」

「え? ぼ、僕は……」

「はいはい。どうせ俺は三枚目ですよ」


 拗ねた子供みたいだった。笙子は真奈美からのメールを確認すると「じゃあちょっと成海さんに電話してくるから」と、学食から出ていった。

 その足取りは浮足立っているようだった。


「ああ。アホくさ。俺、先に行ってるから」

「あ、うん」


 いつもおどけている雄二があまりにも不機嫌なので、真奈美は戸惑ってしまった。

 健吾とちょうど斜め向かいに座っていた真奈美は、彼の正面に座りなおした。


「た、たぶんだけど雄二、笙子の事が好きなんだと思う」

「え?」


 食器や学生達が作り出す多重奏の音のなか、健吾がぼそりと呟いた。


「雄二、笙子ちゃんの事好きなの?」

「え? わからないけど……何となく」


 振り返ると、いつも仲良く夫婦漫才のようにじゃれあっていても、笙子が颯太の話題を出せば、口をつくでんでしまうことが多い気がした。


「いつから?」

「う、うーん……わからないけど、雄二は初めから気に入ってたような感じがするかな」

「そうなんだ」


 仲のいい四人グループだと思っていたのに、そんな感情が芽生えているとは思いもしなかった。


「き、気にすることはないと思うよ。笙子は成海さんに気持ちが向いてるし、雄二の気持ちに気付いていないだろうし」

「うん」


 何となく俯けていた顔を上げると、真っ直ぐに見つめてくる瞳と目があった。整った顔に、澄んだ水面のように反射している瞳はやはり美しい。


「真奈美、健吾。何見つめ合ってるの?」


 二人は慌てて顔を反らした。


「雄二は?」

「先に行ってるって」

「ふうん。ねえ真奈美、健吾。今度の日曜日って暇?」


 慌てて反らした顔をお互い戻して、示し合わせたように二人は「無いけど」と答えた。


「じゃあ十時にS駅に集合ね。あと健吾。その髪を切ってくることと、服もそのオタクみたいじゃなくて、今風でお願いね」

「え? 僕、分らないんだけど……」

「じゃあ真奈美、健吾に付いて行ってあげてよ。お願いね。それと雄二にはこのことは言わなくていいから」

「どうして?」

「いいから。じゃあ真奈美、健吾をお願いね」


 笙子はそのまま食堂を出て行ったあと、講義にも顔を出さなかった。雄二もだった。


 二人で代理出席が可能なものはしておいたが、一教科だけはそれができないので二人にはメールをしておいた。


 講義が全て終わり、健吾と真奈美はキャンパスのベンチに座っていた。夕方の日差しはどこか寂しげな感じがするのに、柔らかいものだった。


「健吾、どうする?」

「あ、うん。僕、いつも髪は自分で切ってるんだ。だからわからないし……服も親が買ってきた物だから」

「そうなの?」

「は、恥ずかしいんだけど。外で買い物とか好きじゃないから、親が仕方なく買ってきてくれて」

「そうなんだ」


 俯く顔にかかった髪に、茜色の日差しが当たって透き通って見える。真奈美は思わず触りたくなって、耳に髪を掛けた。健吾の曇りのない目が大きく見開かれた。


「あ、ごめん。髪が」

「あ、うん」


 調子に乗り過ぎたかもしれないと、少し反省をした。


「ま、真奈美がよければだけど、カットと服選び、付いてきてもらっていいかな?」

「え? うん。もちろん。私でよければ」

「あ、ありがとう」

「じゃあ明日、大学が終わってからはどう?」

「う、うん。いいよ」


 健吾がはにかむようにほほ笑んだ。

 彼は普段そういう表情を見せない。たまに見せる健吾の笑顔は、真奈美を幸せな気持ちさせてくれる。


 そして感じたことがないほど胸の鼓動が高鳴なり、呼吸が付いていかずに苦しくなる。でもそれがどういった感情なのか、真奈美には分らなかった。





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