第10話
自然と雄二と健吾、そして笙子の四人でいることが多くなっていた。
講義によっては笙子と二人きりだったり、健吾と二人だったりとしたが、大体の授業では誰かが隣に座っていた。
余裕ができはじめた頃、講義が終わった後に四人でゲームセンターへ行く事になった。雄二のUFOキャッチャーが得意だと言い出したのが発端だった。
前に雄二と笙子。後ろに真奈美と健吾が並んで歩いた。
気温が上がり薄着の笙子の服からは、惜しげもなく胸の谷間が見え隠れしている。
雄二の視線が時折、そこに落ちるのが後ろみていて真奈美は可笑しかった。対照的に健吾と真奈美にほとんど会話はない。でも気まずいとは思わなかった。
颯太と二人で歩いた時は、体の力が入っていたような気がしていたが、健吾は縁側で日向ぼっこをしているような、柔らかくてゆっくりした時間が流れているような感覚で、力を入れずに自然体でいることができる。
健吾はもともと長い髪がさらに伸びて、顔をほとんど隠していた。無意識に顔を隠そうとしているのが癖になっているのか、健吾の姿勢は猫背になっていた。
「健吾」
「な、何?」
「髪、長いね」
「あ、うん」
「切らないの?」
「……うん。長いほうが顔、隠れるから」
「凄く綺麗な顔してるのに、もったいないよ」
歩きながら健吾の顔を下から覗き込んだ。でも直ぐに顔を反対に向けてしまう。真奈美も何か理由があるのかもしれないと思い、それ以上の追及はしないことにした。
ゲームセンターに着いて直ぐ、笙子が目を付けたぬいぐるみのUFOキャッチャーへと雄二を引っ張って行く。真奈美と健吾は、二人の保護者のように遅れてついて行った。
笙子が隣ではしゃぎながら、雄二がクレーンと格闘していた。
「ぼ、僕、女みたいだってずっと虐められてて」
「え?」
広いフロアに響くゲームの音は、密室の中に閉じ込められながら、大音量で音を聞かされているようだった。
その音の合間をぬって聞こえてきた健吾の声は、針穴を通ってきたように細く頼りないものだ。
急な告白だったが、真奈美はさっき歩きながらした質問に対する答えだとすぐにわかった。
「そうなんだ。でも笙子ちゃんも雄二も私も、健吾を虐めないし傷つけないよ? だからもっと自信を持っていいと思うの。ね?」
薄いブラウンで、夏の透き通った空のよう澄んだ瞳が、真奈美の目を奪った。日差しを浴びた水面のように輝いて、吸い込まれそうになる。
「やったー! 真奈美、見て! 自慢してた割には、五回目で取れたけどね」
「一回なんて滅多にねえよ。五回はかなり優秀だぞ」
「真奈美は何か欲しい物はない? 雄二が雄二のお金で取ってくれるって」
「勝手に決めるなよ。健吾、お前もしてみないか?」
「ぼ、僕は」
「いいから健吾もやってみなよ」
健吾が真奈美に助けを求めるような視線を向けてきた。
「頑張って」
その言葉で諦めたのか、健吾は台にお金を入れた。
「健吾、雄二より優秀じゃない!」
「違う! これは俺の後で、落ちやすくなってたから一回で取れたんだよ」
「あ、ご、ごめん」
「健吾は謝る必要ないよ。雄二が負け惜しみを言ってるだけなんだから」
「はいはい。俺の負けですよー。ってことで健吾、ジュースおごれ」
三人のやり取りを、微笑ましい思いで見ていた。
一段落したところで、雄二は健吾の肩に手をかけながら、自動販売機の方へと歩いていった。
「真奈美、あっちで座って待っておこうか」
「うん」
二人は休憩スペースで腰をおろした。
「真奈美、成海さんと連絡取れないの?」
「え?」
「家、近いんでしょ? 会わないの?」
実はあれから毎朝、同じ時間の電車に乗るために顔を合わせている。別に颯太とどうこうなりたいという訳ではなかった。
連絡先の事を黙っていたのも、笙子の押しの強さで人の連絡先を勝手に教えていいものか計りかねていたからだ。
「たまに朝、会うけど」
「そうなの?! じゃあ今度会ったら、一緒に遊びに行こうって誘ってよ」
「え? ええっ!」
「真奈美が言えないなら、電話して。直接私が言うから。ね? 友達でしょ?」
友達。大学に入って一番仲良くしている笙子が側からいなくなると、引っ込み思案な自分は一人になってしまう。
急に現れた落とし穴に、足下をすくわれそうな気分だった。落ちたくない。怖い。孤独という言葉が頭を過ぎった。
「わかった。会ったら聞いてみるね」
「ありがとう! 持つべきは友だね。もし彼女がいても、絶対に振り向かせてみせるから、見てて。そして玉の輿に乗るわ」
「う、うん。頑張ってね」
頑張ってと言ったものの、どこか気持ちが釈然としない。何か喉の奥に詰まっているような息苦しさがあった。
その気持ちが真奈美の口を閉ざしてしまったが、ちょうど雄二と健吾が四人分の飲み物を持って戻って来たので、胸をなで下ろした。
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