0時のコンビニ、眼鏡すっぴんで片思いの人と鉢合わせた真夏の熱帯夜
待鳥園子
01 コンビニにて
どっ……どどどど、どうしよう!
私は雑誌のコーナーで、メンズファッション誌を読んでいる男性を何気なく見てから、慌てて陳列棚の後ろに隠れた。
それは、どこからどう見ても、今年のうちの大学の学祭のミスターコンで優勝した芹沢くんだった。
前に聞いた情報では芹沢くんが住んでいると噂されている駅は、私の家から遠いはずだからおかしいと思ったものの。そんなことは、もう今はどうでも良かった。彼がここに居ることは、まぎれもなく確かなのだ。
彼が持つ素晴らしい遺伝子を分け合った一卵性双生児の片割れでない限りは、何の変哲もない黒いTシャツとなんでもないジーンズを履いてでも、深夜のコンビニで絵になってしまう男性の名前は芹沢司くんのはずだ。
そして、私はというと、彼を取り巻く『芹沢ガール』の一人。きっと名前も覚えていないだろう、ただの名も無きファン。
大学でも大人気の芹沢くんは、いちいち彼の周囲に居る女性の名前なんて覚えていない。勇気を出して話し掛けても素っ気ないし、例え可愛いと評判の女の子に誘われたとしても、仲の良い男友達の約束を優先。
口数少なく性格も真面目なことで知られ、女性関係の噂なども確たる証拠のない根も葉もないものばかり。硬派な彼はミスターコンだって、半ば友人に騙されたかたちで出場したらしい。
私と彼の通う大学は都内でも知られている大学で、彼は首席入学で、私は補欠合格。なんなら、高校まではずっと勉強ばかりしていて、外見なんて気にしていない。美容なんて気を付けたことなんてなかったから、卒業から大学入学までに、友人に頼み込んで指導して貰った付け焼刃の化粧とお洒落を身に付けた恋愛弱者だ。
そう。彼と私はスクールカースト制度であるなら、王子と奴隷ほどの天と地ほども格差があるのだ。
望みなんて、何もないのに。
私が何故彼の周りに居て芹沢ガールなんて言われているかと言うと、推しのアイドルの追っかけをしているのに等しい。
だって、芹沢くんは私の顔や名前なんて絶対覚えてないし。彼にとっては良く居る存在、自分のことが好きな女の子たちの中の一人。
煌々と明るいコンビニの明かりの下。長めの前髪がかかる横顔すらも、俳優のように整っている芹沢くんを見て、私ははあっと大きく溜め息をついた。
折しも今夜は、熱帯夜。私には悪いことが、続いていた。
真夏日が続く、うだるようないつもより暑い夏だというのに。三日前にエアコンが壊れて大家さんに泣きつけば出入りの修理業者は、多忙過ぎて来てくれるのは来週。
窓を開けても、慌てて買った扇風機のぬるい風では眠れる気がしなくて。こうして、少しでも涼めればと深夜のコンビニにアイスを買いに来ただけだというのに。
憧れの人の前では絶対有り得ない、洗いっぱなしのぼさぼさ髪に、部屋着は弟の古着で全く可愛さの欠片もない。そして、眼鏡ですっぴん、足には履き古したサンダル。
私の現在の恋愛戦闘能力は、0を通り越して完全にマイナス数値だ。悪いことが重なり過ぎて、完全なる泣きっ面に蜂。
学部の違う芹沢くんと会えそうな曜日は、いつも朝時間をかけてブローしたさらさら髪に、バッチリメイク。度付きのナチュラルめのカラコンに、デートにも行けそうな服。
そこまで考えて、ハッと気が付いた。私って、なんか自意識過剰だし。本当に、バカじゃないの。
まさか。こんなだるっとした恰好をした女が、大学で自分の周りをうろちょろしている、いつも必要以上のお洒落をした女と同一人物だなんて、なんとなくコンビニに居る芹沢くんは思わないはずだ。
私が芹沢くんに気が付いてしまったようには、彼は私のことを気が付かないだろう。
そのことにようやく気が付いて、自分の間抜け具合が情けなくなった。
ふうっともう一度息をついた私はコンビニの小さなオレンジの籠を持って、レジへと進んだ。深夜近くのシフトのせいか、カウンターの中の店員さんは男性ばかりだった。
感じの良いありがとうございましたーを背に自動ドアを抜ければ、外のぬるい空気に全身が包まれる。暑い。なんで今年は、こんなに暑いの。誰にクレームを入れれば良いか、わからないけど。ラニーニャ現象、絶対に許せない。
私の住むマンションは、ここから歩いて五分くらい。そんなに、大した距離がある訳じゃない。けど、後ろから早い足音が近付いて来るのを感じて、ふるっと身を震わせた。
住宅地の街灯はそんなに数が、ある訳じゃないし道は薄暗い。もしかしたら、ただ急いで家に帰っている人なのかもしれないと思って、わざと歩みを遅くして後ろから来た人が脇を通り過ぎてくれることを祈った。
「……水無瀬さん?」
「せっ……芹沢くん?」
顔を覗き込むように私の名前を呼んだのは彼だと理解し、思わず片手ですっぴん顔を覆ってしまった。私を後ろから追って来たのは、なんと、さっき見かけたコンビ二で雑誌を読んでいたはずの芹沢くんだった。
「あー……やっぱり。良かった。声を掛けて人違いだったら、どうしようと思った。こんなに夜遅くに……一人で、コンビニまで買い物?」
「どっ……どうして?」
疑問に疑問で返してしまった訳だけど、芹沢くんは気にしない様子で肩を竦めた。
「いや、コンビニに来たら、水無瀬さんぽい人が居るなーとは思っていたんだけど。俺の事に気が付いたのに、買い物終わらせて、声掛けずに帰っちゃうから」
にこにこしている芹沢くんの顔には、悪気は見えない。けど、私は公然として彼のファンだし、こんな恰好を自分に見られたくないって、絶対わかっているよね?
「うっ……うん。もう、遅いから。帰るね。また……」
「ちょっと待って。そんな……短パンで、良く外出る気になったね。信じられないんだけど。危ないから、俺が家まで送ってく」
「えっ……いいよっ……」
とにかく私は芹沢くんの攻撃力の高い視線から、自分の身を防御出来ない。なんとも頼りない恰好で、出て来てしまった。丸腰とは、このことだった。
「……いつも、俺と話したそうだったのに。なんで、逃げるの」
これって、詳しく説明しなきゃいけないことなのかなと、彼の言いように少しイラっとしつつ私は答えた。
「今、すっぴん……だから。見ないで」
それだけ言って、私は歩き出した。家に入ってしまったら、もう芹沢くんは帰ってしまうしかない。推しの彼と一緒に居れれば、それは嬉しい。けど、こんなぼろぼろの恰好の時を見られたい訳でもない。どうか、TPOを考えて欲しい。
「なんで、顔隠すの」
私は走る一歩手前の早足で歩いているというのに、長身の芹沢くんは、なんなく付いて来て、ぴったりと隣を歩く。
とても信じられないんだけど、その理由を詳細に説明しないといけないのかな。私はどうしても苛立ちを隠せずに、強めに言った。
「すっぴんだから」
「見せてよ」
私は一瞬だけ、言葉に詰まってしまった。付き合ってもいない好きな人に、すっぴんを見られたい女子が居るとしたら、その理由を聞いてみたいもの。
「いや……もう、なんで付いてくるの?」
「心配だから。女の子が、深夜のコンビニは危ないでしょ。親御さんから、そう聞かなかった?」
「そんなの、聞いてない」
私は出来るだけ、早足で歩いた。心配して家に送ってくれようとするのは、百歩譲って許すとして、なんですっぴんを見たがるのか全然理解出来ない。
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