第3話 前途多難

 ミッドウェー島の攻略なのかあるいは米機動部隊の撃滅なのか。

 最優先目標が軍令部と連合艦隊司令部でその見解が分かれている複雑怪奇なMI作戦に対して伊澤大佐は強烈な不安を覚えている。

 目標が一本化されていない、あるいは実は一本化されているのにもかかわらず各人でそれぞれ解釈が異なっている。

 そのような状況で戦えば、思わぬところで足元をすくわれてしまう。

 だからこそ、転ばぬ先の杖。

 機動部隊同士の戦いで言えばそれは敵の先制発見だ。

 先に敵を見つけておけば、それに対処するためのリアクションタイムが確保出来る。


 現在までのところ、米機動部隊が跳梁しているという兆候は無いものの、すでにここは敵のホームグラウンドだ。

 用心に超したことはない。

 そう考えている伊澤艦長の元へ索敵機がすべて発進したとの報告が飛行長からもたらされる。


 「全機発進完了しました。現在のところ、すべて予定通りです」


 第一次索敵隊は「祥鳳」から九七艦攻六機と「翔鶴」から一三試艦爆一機の合わせて七機で、それら機体は北東から南東に向けて扇状に進出、敵機動部隊を捜索する。

 さらに、この後には「祥鳳」から九七艦攻三機、重巡「利根」と「筑摩」からそれぞれ零式水偵二機の合わせて七機が索敵第二陣として飛び立つ手はずとなっていた。

 一般的な二段索敵ではあるが、しかし水上偵察機込みでようやく一四機というのは、六隻もの空母を抱える機動部隊にしてはいささか渋ちんではないかと伊澤艦長は思う。


 「祥鳳」が索敵機を発進させている頃には他の五隻の空母も零戦や九九艦爆、それに九七艦攻を出撃させている。

 一航戦の「赤城」と「加賀」からそれぞれ零戦六機と九九艦爆一八機。

 二航戦の「飛龍」と「蒼龍」からそれぞれ零戦六機と九七艦攻一八機。

 それに「翔鶴」から零戦六機と九七艦攻一八機の合わせて一二〇機が第一次攻撃隊としてミッドウェー基地を攻撃、それらは主に敵航空戦力撃滅の任を担っていると伊澤艦長は聞かされている。


 「飛行長は敵の戦力をどう考えている」


 心配していたトラブルも無く、索敵第一陣を予定通りに発進させたことで少しばかり肩の荷を下ろした伊澤艦長が世間話でもするかのように飛行長に問いかける。


 「一航戦や二航戦の知り合いから聞いた話では三隻の『ヨークタウン』級と『レキシントン』は出現確実、最悪の場合はこれに現在所在不明の『ワスプ』が加わるとのことでしたが、私もそう考えます。米空母が四隻であれば大小六隻を持つこちらが有利。ですが、米空母が五隻だと互角かあるいはこちらが若干不利と考えます。なにせ、連中には浮沈空母とも呼ぶべきミッドウェーの飛行場が有りますし、それに米空母の搭載機の数はこちらのそれよりも多いはずですから。

 それと、米機動部隊の搭乗員の練度は分かりませんが、ニューギニア沖海戦で九七艦攻よりも抗堪性の高い一式陸攻の部隊が米空母に一矢も報えず、逆に敵艦上戦闘機の攻撃を受けて壊滅的打撃を被っています。このことから、SBDやTBDといった急降下爆撃機や雷撃機はともかくとして、少なくともF4Fはかなりの脅威だと考えます」


 開戦以降の連戦連勝から、米軍を侮る風潮が蔓延している帝国海軍の中において、飛行長が慎重な態度でいてくれることに伊澤艦長は安堵する。


 「飛行長の懸念はもっともだな。だからこそ、一航艦司令部はミッドウェー基地攻撃にあたる五隻の正規空母について、第一次攻撃隊の零戦をそれぞれ九機から六機に減らした。逆に直掩隊の零戦を各空母三機から六機に増やしている。各空母ともにわずか一個小隊の零戦しかない中で敵の優秀な護衛戦闘機を排除しつつSBDやTBDを迎え撃つなどどう考えても不可能だからな。まあ、それでも四隻以上の空母を持つと予想される敵機動部隊に対する備えとしては心もとないが」


 「艦長のおっしゃる通り、艦隊防空にあたる直掩機はそれでも少ないと思います。直掩機を増やしたとは言っても五隻の正規空母にはそれぞれ六機の零戦しか残されていませんし、これに『祥鳳』の一八機を加えてもわずかに四八機です。

 もし、第一次攻撃隊と第二次攻撃隊が出払っている間に米機動部隊からの攻撃を受けたとしたら、とてもではありませんが支え切れません」


 第一航空艦隊は第一次攻撃隊と第二次攻撃隊の護衛にそれぞれ三〇機、それに艦隊防空のために四八機の零戦を用意しているが明らかに数が足りていない。

 そう訴える飛行長に伊澤艦長も首肯せざるを得ない。

 もし米機動部隊がこちらに攻撃を仕掛けてくるとして、四隻であれば一五〇機から二〇〇機程度は出せるはずだ。

 もし、「ワスプ」までが参陣するようなことがあれば、最悪二五〇機は覚悟しなければならない。

 いくら零戦が強いとはいっても三倍乃至四倍、あるいは五倍の敵を同時に捌くなどまず無理だ。

 そして、空母は飛行甲板に一発でも爆弾を食らえばよほど当たり所が良くない限り戦力を喪失してしまう。


 「前途多難だが、それでも部下たちを信じてやり切るしかないな」


 そう言って、伊澤艦長は憂鬱な会話を切り上げる。

 飛行長も、そして艦長である自分も世間話を長々と続ける余裕は無い。

 作戦が開始された以上、成すべきことは山積していた。



 <メモ>


 第一航空艦隊

 「赤城」(零戦一八、九九艦爆一八、九七艦攻一八)

 「加賀」(零戦一八、九九艦爆一八、九七艦攻二七)

 「飛龍」(零戦一八、九九艦爆一八、九七艦攻一八)

 「蒼龍」(零戦一八、九九艦爆一八、九七艦攻一八)

 「翔鶴」(零戦一八、九九艦爆二七、九七艦攻一八、一三試艦爆二)

 「祥鳳」(零戦一八、九七艦攻九)

  ※他に補用機若干と正規空母に第六航空隊の零戦二一機が分散収容。

 戦艦「霧島」「榛名」

 重巡「利根」「筑摩」

 軽巡「長良」

 駆逐艦「磯風」「浦風」「浜風」「谷風」「萩風」「舞風」「嵐」「野分」「秋雲」「夕雲」「巻雲」「風雲」

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