第4話

「アイツが誘拐犯かな」

「たぶん、そうでしょうね」


 エリテアとセレナの二人は、物陰に隠れながら男の様子をうかがった。

 子どもたちを見ながら、紙に何かを書いている。


 子どもたちと男、それ以外の気配は感じない。


「とりあえず、倒してからしてみようか」

「そうね」


 とび出る二人。

 男は二人に気づいたが、抵抗する間もなく取り押さえられる。


 あっけない。

 エリテアは拍子抜けする。


「な、なんだ、お前たちは!?」

「質問はこっちがするの。キミは子どもたちの誘拐犯ってことでいいよね?」


 エリテアが男を取り押さえながら質問した。

 セレナが男の首に剣を突きつける。

 言わなければ――という脅しだ。


 しかし、男はそれを小馬鹿にしたように笑う。


「は、はは。こんなもので怯むかよ! やれ!」

「危ない!」


 エリテアはセレナを押し倒すように跳んだ。

 セレナの頭があった場所を、鋭い爪が突き刺した。


 爪の持ち主は人のような姿だった。

 巨漢のようなガタイの良さだ。

 異常なほどに大きい腕と、そこから伸びる長く鋭い爪が目立つ。


 気配はなかったはず。

 どうして、とエリテアが困惑する

 すると男は自慢げに話し始めた。


「こいつは博士ドクトルから預かった混沌獣キメラだ! 認識を阻害する能力を持ってるから気づかなかったろう?」


 認識阻害。

 厄介だが姿を現したのなら問題ない。

 速攻で倒す。


「くらえ!」


 エリテアが銃を撃つ。

 魔力の弾丸はキメラの眉間へ正確に飛んだ。だが、


「うっそ、効いてない!?」


 キメラの眉間には、わずかな傷を付けたのみ。

 魔力への耐性があるのだろうか。

 エリテアは悔しくて歯噛みする。


「それなら私が!」 


 物理的に剣で斬れば効くかもしれない。

 そう思ったのだろう。

 セレナが走り出す。

 キメラの胸をめがけて剣を突き刺す。


「こっちも効かない!?」

 

 キメラは微動だにしない。

 二人の攻撃がまったく通じない。


「クハハハ!! 流石は博士ドクトルの作品だ! 素晴らしい! さぁ、反撃を開始しろ!」


 キメラがセレナに向かって爪を振るう。

 なんとか剣で守るが、セレナは吹き飛ばされる。


「セレナちゃん!」


 倒れたセレナを守るようにエリテアが立ちふさがる。

 しかし攻撃が効かないのであれば、どうしようもない。


 だが、エリテアには奥の手があった。


「……仕方ないか」


 エリテアは諦めたように呟くと、いつも被っている赤いフードをとった。

 そこには、ふわふわとした犬耳が付いている。


「な、なんだそれは、お前は何者だ」


 男はそれを見て動揺していた。

 獣の耳がついた種族なんて、娯楽小説の中にしか存在しない。


「私の本気、見せてあげるよ」


 エリテアがニヤリと笑うと、その目が淡く金色に光りだした。

 体から魔力が流れ出し、それは威圧のように男を怯ませる。


「し、始末しろ!」


 男の命令に従い、キメラが動く。

 その大腕がエリテアに向かって振るわれる。


 ズバン!!

 エリテアが銃を撃つと、振るわれた腕のヒジのあたりが吹き飛んだ。


「遅いよ」


 続けて爆裂音が響いた。

 もう一本の腕も同じように吹き飛ばす。

 そして、キメラの胸に銃を突きつける。


「さよなら」


 重苦しい爆発音が響く。

 キメラの背中に大穴が空いた。

 そこから鮮血をまき散らしながら、キメラは倒れた。


「ふぅ」


 少し疲れた。

 エリテアが息を吐くと、目の光もおさまった。

 そして赤いフードを被りなおす。


「エリテア、大丈夫? それにその耳は……」

「乙女の秘密だよ」


 エリテアは人差し指を鼻に当てて、いたずらに笑う。


「おっと、逃げないでよ」


 エリテアが銃を撃つ。

 その横には、逃げ出そうとしていた男がいた。


「ひぃ!?」

「今度こそ質問に答えてもらうよ。キミは誘拐犯だね」


 エリテアが銃を向けると、男は抵抗する気をなくしたようだ。


「お、俺がさらってるわけじゃない! 俺は連れてこられたガキを管理してるだけだ!」

「ふーん。実行犯は別にいるわけか」


 檻に閉じ込められている子供は十数人。

 一人でさらえるわけがない。

 思っていたよりも組織的な犯行のようだ。


「なんで誘拐なんてしてるの?」

「実験だ。博士ドクトルの被検体だ」

「その、さっきから言ってる博士ドクトルってだれ?


 男が目を見開いた。

 信じられないと言いたげだ。


「あんたら、何も知らないで来てるのか? なら、さっさと逃げたほうが良い。あの人は頭のネジが外れてる。捕まったらどうなるか分からないぞ」


 男は怯えたようにそう言った。

 よほど博士ドクトルとやらが怖いのだろう。


 そのとき、セレナが気づいた。


「ねぇエリテア、串焼き屋さんの娘さんがいないわ」

「え……本当だ」


 エリテアは男を見る。

 なにか知らないかとにらむ。


「一人だけ博士ドクトルの元に連れて行った」

「丁寧にどうも」


 エリテアは男を撃つ。

 強い衝撃で男は吹き飛び、壁に激突して気絶した。


「……先に進んでみよう」


 エリテアたちが奥に進むと、扉があった。

 その中に入ると、


「いらっしゃい。お嬢さんがた」


 中年の男がいた。

 どこにでも居そうな平凡な顔だ。

 少しくせっ毛の髪が波うっている。

 その髪に混じった白髪と、顔に刻まれたシワが、男がそこそこの年齢であることをしめしている。


 彼は親戚のおじさんのように、気さくに話しかけてきた。


「客人が来ていたことには気づいていたんだが、忙しくてね」


 男の隣には大きなイスがあった。

 そこには女の子が縛り付けられている。

 目には大粒の涙を浮かばせて、叫び声をあげられないよう口枷くちかせがつけられていた。


 さらに女の子の体からは何本ものチューブが伸びている。

 それらは椅子の背後につけられた大きな水槽へと繋がれている。

 水槽の中にはドロリとした緑色の液体が詰め込まれていた。


「すまないが、お茶も出せないんだ。欲しかったら自分でとってくれるかい。そっちの方にお菓子とコーヒーが――」


 バン!

 エリテアが男を撃った。

 しかしその銃弾は、男の背中から現れた触手に止められてしまう。


「おや、コーヒーはお嫌いかい? すまないが、紅茶は――」

「そんなこと聞いてない」


 エリテアは男を睨みつける。


「キミが博士ドクトル?」

「いかにも、私が博士ドクトルだ。『Dr.ドクトルヴァーンズ』、皆は博士ドクトルと呼ぶがね」


 博士はひょうひょうと自己紹介をした。


「実験だかなんだか知らないけど、その娘を開放して」


 博士は困ったように眉を寄せた。


「すまないが、この子を開放することはできない。この子はやっと見つけた『適合者』なんだ」

「その、適合者とはなんですか?」


 セレナは剣を抜く。

 最悪の場合は力ずくで行くつもりだろう。


「私が開発した『新しいキメラ』へのだよ」

「あなたは……その子をキメラにするつもりなんですか?」 

「そうだとも」


 キメラは、簡単に言えば改造生物だ。

 既存の生物を魔法によって改造して、違う生き物に変える。


 そんなことをされたら、女の子がどうなるか分からない。

 少なくとも普通の日常は送れなくなるだろう。


「ふざけないでください!」

「そんなことさせないよ!」


 エリテアとセレナは同時に走り出す。

 だが、一瞬でその動きは止まった。


「なにこれ、いつの間に」


 エリテアたちの足元や真上の天井から触手が伸びていた。

 それは二人を拘束するように絡みつく。


「すまないが、おとなしく見ていてくれ。実験の邪魔はされたくない」

「だったら!」


 エリテアは先程と同じ力を発揮しようとした。

 だが、それに待ったをかけられる。


「止めておいた方が良い。君のそれは呪いの力だろう?」


 なんでそのことを。

 エリテアの目が見開く。


「すまないが、見ればわかるのさ。しかも力の代償は大きいようだ。今の君では私を止める前に死んでしまうよ」


 博士は悲しそうに首をふった。


「若い子供が無意味に死ぬのは悲しいことだ。止めておきなさい」


 それでも、諦めるわけにはいかない。

 エリテアは呪いの力を使おうとする。


「仕方がない」


 チクリと、エリテアの首に何かが刺さる。

 それと同時に体に力が入らなくなった。


「なん、で……」

「麻痺毒だよ。触手に仕込んでいた」


 女の子のが拘束されたイス。

 その横についたレバーに博士が手をかける。

 それが女の子をキメラに変える引き金なのだと直感する。


「やめ――!」


 言葉を出すことさえできなかった。

 博士の腕が下げられ――

 

「ぶべぇぁ!?」 


 その前に、博士が吹っとんだ。

 理由は簡単。

 殴られたから。


 ガシャンと、金属がこすれる音が響いた。

 博士を殴ったのは顔まで隠した全身鎧。

 鎧の上からコートを羽織ったような見た目をしている。


 鎧は倒れた博士を見つめていた。





 鎧の中身は、


(あっっぶねぇぇー!? 間に合ってよかったー!)


 シリルだった。

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