第2話

 アーカディア魔法学園。

 それが『かりころ』のメイン舞台であり、シリルたちが通っている学校だ。

 創設者は13人の魔法使い。

 異常なほど広い面積を有しており、さながら小さな街のようになっている。


 そんな広大な学園の、校舎の一つ。

 その廊下をシリルは歩いていた。


(昨日の決闘イベントは無事に終わったが、まだ問題は残っている。そっちもある程度の解決策は考えているけど――)


 考え事をしながら歩いていると、向こう側から人が歩いてきた。

 長い銀髪の少女。『セレナ・ルナーズベルグ』だ


 セレナは特殊な立場にある。

 そもそも彼女は普通の人間じゃない。『吸血鬼』だ。

 だが、生まれたときから吸血鬼だったわけじゃない。


 彼女は幼いころに災害にあった。

 そのときに両親を亡くした。

 セレナも死にかけていたところで、吸血鬼の真祖――すごく強い吸血鬼と血の契約を交わして、自身も吸血鬼になり生き残った。


 セレナは吸血鬼ということで、身体能力も魔力も高い。

 しかし、その力を使いこなせていない。


 セレナは両親を亡くしたあと、叔父の貴族の家に引き取られた。

 しかし吸血鬼なんて、そこらへんに居る存在じゃない。

 当然のように気味悪がられて、ろくな教育も受けられなかった。


 しかし転機が訪れた。

 国がセレナの力に注目した。

 吸血鬼としての力を国のために振るわせれば、大きな利益になると。


 そのためには、まず力の使い方を学ばなければならない。

 セレナに魔力や戦闘能力を学ばせるために、国は彼女を魔法学園へと通わせた。


 だが、魔法学園でも吸血鬼は異質だ。

 現在、彼女は嫌がらせや陰口をたたかれている。

 このままエスカレートすれば、いじめに発展するだろう。


 だが原作ではいじめが始まったころに、セレナが生徒たちを助けるイベントが起こるため、いちおう問題ない。

 しかし、それまではセレナは強いストレスを受けることになる。


(なんとか阻止したいが、あの作戦をいつ実行するか)


 その瞬間はすぐに訪れた。

 シリルがセレナとすれ違う。


 シリルの後ろからも二人組の生徒が来ていた。

 その生徒たちとセレナがすれ違う時に、


「化け物が」


 生徒の一人が言った。

 道端にガムでも吐き捨てるように。


 シリルはその言葉を聞くと、くるりと向き直る。

 そして暴言を吐いた生徒にずんずんと近づいた。


「な、なんですか。シリルさん」

「お前、なんでアイツの悪口が言えるんだ?」

「え?」


 生徒は何を言ってるのか分からないと言った様子でおびえている。


「俺は昨日の決闘のせいで、アイツに悪口の一つも言えない」


 別に決闘の結果に強制力なんてない。

 破ろうと思えば破れる。

 ただ約束も守れない奴。と言ったレッテルが貼られるだけだ。


 だが、シリルと言う男は自分のプライドが傷つくことが嫌いな奴だ。

 表向きは。


 そのため決闘の結果も守っている。


「なのに、なんでお前は言えるんだ。なんで俺ができないことを、お前ができるんだ?」


 これがシリルの考えた作戦。

 『俺ができないことを、お前らがやるな作戦』。

 セレナに嫌がらせや暴言を吐けば、シリルにいちゃもんをつけられる。

 そう広まれば、わざわざセレナに突っかかるやつも減るだろう。


 ちなみに原作のシリルは、『自分がやらなきゃ良いだろ』と言って、手下に嫌がらせをさせていた。


「いや、それは……」

「それは、なんだよ。言ってみろ」

「……す、すいませんでした!!」


 生徒たちはシリルに深々と頭を下げると、走り去った。


(今ので、うまいこと噂が広がってくれるといいけど)


 やることやったので、さっさと行くか。

 シリルが歩き出そうとすると、


「あ、あの」

「あ?(わ、セレナちゃんに声かけれちゃった。うひょー!!)」


 セレナに声をかけられた。

 シリルは内心で大喜びしつつも、不機嫌そうな声を出す。


 セレナはうつむいている。その表情はよく見えない。


「あ、ありがとう」


 絞り出すように言うと、走り去って行った。


「……なんで?」


 シリルは首をかしげる。

 今のどこにお礼を言われる要素があったのだろうか。

 つい前日まで率先して嫌がらせしてたやつ相手に。


(まぁ、推しにお礼を言われるとなんか嬉しいからヨシ!)


 シリルはスキップを我慢しながら、歩き出した。





 しばらく後。

 再び廊下を歩いていると、今度はエリテアを見つけた。

 廊下の窓から、ぼんやりと外を眺めている。


(推し二人とすれ違えるなんて、今日は運が良いな!!)


 シリルは不機嫌そうな顔でエリテアに近づく。

 内心は大喜びだが。


「相変わらずのバカ面だな。バカはのんびりできていいな」 


 セレナに突っかかることは禁止されているが、エリテアにウザ絡みするのは禁じられていない。

 推しになら罵倒されてもうれしい。なんでもいいから構って欲しかった。


 エリテアはシリルの顔をちらりと見ると、ため息をついた。


「キミ、私のこと好きなの?」

「あ?(大好きですがなにか?)」


 今のどこに、好きだと解釈される要素があったのだろうか。

 シリルが頭にはてなを浮かべる。 

 エリテアはあきれたように言った。


「私を見かけると、すぐに突っかかってくるじゃん。好きな子にかまって欲しい子供みたいに」


 実際、推しにかまって欲しいだけなので何も違わない。

 だがシリルとしては肯定するわけにはいかない。

 今後に支障が出る。


「お前みたいな、あほ面のブスなんざ好きなわけないだろうが」


 こう言っておけば、好きだなんて思われないだろう。

 そうシリルは思ったのだが。


 エリテアはうつむくと、その顔を手でおおった。


「ひどい、そんな言い方しなくたって……」


 すすり泣く声が聞こえてくる。

 え、嘘、泣いちゃったの?

 シリルは内心であせる。まさか泣くまでいくとは思わなかった。

 推しに罵倒されたり、虫を見るような目で見られるのは嬉しいが、泣かせるのは嫌だ。


「あ、いや、別に、本気で言ったわけじゃ」

「ウソ泣きに決まってんじゃん。ばーか」


 エリテアは顔をあげると、ニヤッと笑った。

 このクソガキ!!

 シリルは推しにバカにされて嬉しい感情と、普通にムカつく感情が入り乱れる。


「キミ、本当に昔から騙されるよね。私のウソ泣きに引っかかりすぎじゃない?」


 実は、二人は幼馴染だ。


 エリテアの両親は、さまざまなモンスターを討伐してきた英雄だ。

 その功績を認められて、貴族の地位を与えられた。

 

 シリルとエリテアは子供のころから、パーティーなどで会っている。

 推しの子供時代なんてそうそう楽しめるものじゃないため、シリルは全力でエリテアに絡んでいった。

 ただし仲良くなるのはストーリーに影響があるため、喧嘩を売りに行く感じで。


(そういえば、エリテアって『パーティーとか出たがらない』って設定だった気がする。でも俺が行ったときはいつも居たような?)


 シリルと言う不純物が居るため、必ずしも原作通りにはいかないのだろうと納得する。


「わざと騙されてやってるんだ。バカ面の嘘なんかに騙されるか」


 シリルは捨て台詞を言いながら、立ち去ろうとした。

 その手をグッと引かれる。

 振り向くと、エリテアがシリルの事を見上げていた。

 上目遣いの瞳にドキッとする。


「あの、決闘のことだけど、ありがとう。あれのおかげでセレナちゃんへの嫌がらせも減ったし、私も仲良くなれた」


 嫌味だろうか?

 お前のおかげで上手くいってるぜ。ざまぁ!! みたいな。

 シリルはそう考えた。


「馬鹿でもくだらない嫌味を言えるんだな(え、推しと握手しちゃった! 金はどこに振り込めばいいんですか!?)」


 シリルはエリテアの手を振り払うと、ガツガツと不機嫌そうに歩き出した。

 そのとき、エリテアが何かを呟いた気がしたが、シリルには聞こえなかった。


「狙ってやったくせに」

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