第35話

 雪丸が晴暁から聞いたポイントはあと二つ。犬神は急いで残りのポイントへと足を走らせる。


「そこの貴様!」

「っ! 見つかった!」


 次のポイントに向かっていると、目の前の木々の隙間から天狗が飛び出してきた。手に持った槍で雪丸を貫こうとするが、それよりもはやく、犬神が跳躍した。


「ちょこまかと小癪な犬めが!」

「ぐっ!」


 天狗が槍での攻撃を止め、足蹴りを放った、と思いきや振られた足は地面の土を舞い上がらせた。


「前が見えん!」


 犬神が苦しげな声を出して顔をぶんぶんと振り回している。

 犬神より高い位置にいたため、目への被害が比較的マシだった雪丸が目を見開いて先程の天狗の姿を探す。


「……っ! 犬神、上だ!」

「承知!」


 雪丸のかけ声に合わせて上空からの天狗の斬攻撃を犬神が避ける。そしてそのまま隣の木へと飛び、くるりと反転すると地面に刺さった槍を抜く天狗の横腹を蹴り飛ばした。


「ぐおっ!」


 かなりの勢いで吹き飛んだ天狗は木にぶつかると力なく倒れ込んだ。


「念のため言っておくが、殺してないぞ」

「失神させたのか」

「ああ」


 気を失った天狗をその場に放置して、雪丸たちは親分探しを続ける。

 次のポイントについたが、ここにも親分の姿はない。


「最後のポイントか」

「急ぐぞ」


 犬神は走って、最後のポイントまで向かう。しかし。


「どういうことだ?」

「いない……」


 最後のポイントにも、親分の姿はなかった。

 これで晴暁に事前に聞いたポイントはすべて回ったが、そのどこにも親分の姿はない。


「もしかして戦闘に参加してたとか? 今まですれ違ってきたやつの中で赤い数珠をつけた天狗なんていたか⁉︎」

「いや、いなかった。小僧、本当に晴暁の言っていた場所はこれで全部なのか?」

「ああ。頑張って覚えたから間違いない! けどどこにもいないってことは、晴暁も気づかないような穴場でもあるのか?」

「いや、先程も言ったが、この山は晴暁の産まれた山だ。他の山ならともかくこの山を晴暁以上に理解している者などおらん」

「そうだとしたら、この山には親分はいないことになるぞ!」


 傲慢天狗の親分を見つけらなくて焦りを見せる雪丸とは反対に、犬神はゆっくりと思案していた。


「……そうか、そういうことか!」

「えっ、ちょっ!」


 なにか閃いた様子の犬神は突然走り出す。木々の隙間を抜け、器用に岩場を飛び超えると裏山から出た。


「なっ、なにしてるんだよ! はやく親分を探さないといけないのに」

「ここだ」

「は?」

「そこにいる」


 犬神に言われ、雪丸は顔を上げた。信幸の家の屋根の上、瓦の上にあぐらをかいて座る天狗の姿があった。


「あれは……赤い数珠か」


 その首にはしっかりと大きな赤い数珠が飾られている。信幸から聞いていた特徴と照らし合わせると、あれが傲慢天狗の親分に違いない。


「まさか山ではなくそのそばの家で見ているとはな」

「しかも信幸の家の上……」

「おそらくあの家が信幸の家だとわかった上だろう。さすがの信幸もあいつがこんな敵陣の近くにくるとは思わない」


 犬神と雪丸の視線に気がついた傲慢天狗の親分はにぃっと口角を上げた。手には雪丸が天狗と言ったらと想像するなにかの葉っぱを持っている。


「ワシもなめられたものよなぁ」


 天狗が一振り、葉っぱを振りかざす。すると竜巻のように風が舞い上がり、家の瓦が舞い上がる。


「は? どういうことだよ。隠居してんじゃねーの⁉︎」


 信幸はたしかに傲慢天狗の親分を自分の手を汚さないタイプだと言った。それなのに、あいつは攻撃してきた。雪丸は困惑して大声をあげる。


「これがワシの最後の祭りじゃ。たまには混ざって踊らんとな」

「やる気かよ!」


 どうやら引退前の戦いで興奮しているらしい。普段は決して戦場で戦わない親分が自ら雪丸たちの相手をしようとしている。


「グルル」


 犬神は喉を鳴らす。爪を地面にのめり込ませて戦闘に備えているようだ。


「ガウッ」

「ッ!」


 先程の天狗が巻き上げた風が静かになったとき、犬神がなんの説明もなく跳躍した。がしゃんと音を立てて瓦の上に立つ。


「グルァッ!」

「ん!」


 唸り声を上げながら素早い動きで犬神は天狗に襲いかかる。雪丸は振り落とされないように必死になって犬神にしがみついた。


「犬如きが」


 ふわりと飛んだ天狗は信幸と祖母の家の間に生えた木の頂点に立った。なんとも余裕たっぷりな態度である。


「グルル」


 犬神は喉を鳴らしながら天狗と対面し、睨み合う。雪丸は犬神にしがみつくばかりでなにもできない。それが歯痒くてしかたがなかった。


「グルァッ」


 犬神が天狗に飛びかかると、天狗は葉っぱを振る。


「ガァ!」


 風に舞い、犬神が体制を崩した。急いで先程まで天狗のいた木の上に乗り、体制を整える。


「あっ、テメー、そこはばあちゃん家だぞ!」


 犬神の攻撃を避けた天狗は祖母の家の瓦に乗っている。

 雪丸が大声で叫ぶが天狗は気にする様子もなく葉っぱを振った。


「避けろ!」

「ああ!」


 犬神は突風を避ける。信幸邸の屋根に乗り、雪丸の祖母の家の屋根に乗った天狗と再度向き合う。

 次はどちらが先に仕掛けるのかと思案していると、メキメキといやな音が聞こえた。


「犬神! 木が倒れる!」

「クッ!」

「うわっ!」


 先程の突風は犬神たちへの被害はなかった。しかし、犬神たちのいた木に多大なダメージを食らわせた。そのため木が折れ、信幸邸の屋根に倒れてきたのだった。

 犬神は避けた。しかし木の枝が雪丸の服に引っかかり、雪丸は木と共に家の中に落ちた。


「小僧!」

「大丈夫だ!」


 天井の方から犬神の声が聞こえる。雪丸はとりあえず自身の無事を知らせた。


「いってぇ……」


 骨を折るほどの怪我はしていないが、背中を強打した。雪丸は背中をさすって痛みに耐えながら自分にできることを考える。


「あいつは俺が人間だからって油断してるはず……そこをなんとか利用してあいつを捕らえる!」


 天狗は犬神を狙うばかりで、その上に乗っている雪丸に興味を示していなかった。そこが勝機に繋がると雪丸は考えた。

 屋根の上では犬神たちが戦っている戦闘音が聞こえる。

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