第21話

「雪丸くん!」


 馴れ馴れしく名前を呼びながら雪丸に近づいてくる女性に、雪丸は信幸の手をとって小走りで駅へと向かった。


「雪丸くん! どうして逃げるの?」


 突然走り出した雪丸に驚きながらも、女性は雪丸たちのあとを追う。


「よかったな。こんなに猛烈に雪丸のことを思ってくれている女性がいるなんて、これが運命の相手というやつじゃないか?」

「ふざけるな! こんな運命の相手はいやだー!」


 雪丸はスピードを上げて走る。その隣を信幸は愉快そうに笑いながら並走していた。


「雪丸くん、待ってぇ!」

「待てと言われて待つやつがいるか!」

「ははは」

「信幸も笑ってないでなんとかしてくれよ!」

「はは、いいとも」


 駅まではまだ少し遠い。雪丸が信幸に助けを求めると、ひとしきり楽しそうに笑った信幸は頷いてざっと足を止め、振り返る。

 決して足の遅くない雪丸たちを同じ速度で追いかけてきていた女性が、突如向き合った信幸を警戒するように足を止めた、そのとき。


「どーん」

「きゃあ!」

「あっ」


 まず、最初に聞こえたのは晴暁の声。そして甲高い女性の悲鳴に、信幸の残念そうな声。

 雪丸が振り返ると、どこからか現れた晴暁が追いかけてきた女性と信幸との間に立っていた。


「晴暁、せっかくの俺の出番を取らないでくれよ」

「おそいのがわるい」

「えー」


 普通に会話を始めた二人の前で、女性は白いもじゃもじゃに襲われている。しつこいわね、と必死に払おうとしているが、もじゃもじゃは一向に女性から離れない。


「え……えっと、助けてくれたみたいだし、とりあえず晴暁にはありがとうって言っておくけど……これ、なに?」


 雪丸は女性に群がるもじゃもじゃを指さしてそう問いかけた。


「? けさらん」


 首を傾げた晴暁が一言、それだけ言った。


「え? けさらん……って、あのケサランパサランか? こんなもじゃもじゃしてたっけ⁉︎」

「いっぱいつれてきた」

「数が多いとこうなんの⁉︎」


 妖怪について詳しくない雪丸にはよくわからないが、どうやら女性にまとわりついて雪丸を助けてくれたのは、あのふわふわとしてかわいらしいケサランパサランらしい。

 普段雪丸の周りを飛んだりしているケサランパサランはふわふわかわいらしい見た目だが、数が集まると大きな白い毛玉のようだ。女性は大きな毛玉に飲み込まれそうになっている。


「もうっ! しつこいっ! これじゃあ雪丸くんに近づけない!」

「くるな」

「きゃ、きゃあ!」


 大勢のケサランパサランに囲まれながらも、なんとか雪丸に近づこうと歩み寄る女性に晴暁が辛辣な口調で一言断ると、女性の体がふわふわと浮き出した。


「な、なに⁉︎ 雪丸くん、助けて!」


 こちらに助けを求める女性は、そのままふわふわと大量のケサランパサランに連れられて衣様町の、山の方へと飛ばされて行った。晴暁もその後を追うように歩いて行ってしまった。


「え……何が起きたのか理解できない」

「あとは晴暁がなんとかしてくれるってことだよ。さ、俺たちは家に帰ろうか」


 女性と晴暁たちがいなくなった通学路で、信幸はなにごともなかったかのように歩き出す。


「えっ、晴暁が? 大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫。晴暁はこれでも結構強いんだよ?」


 雪丸は一歩遅れて信幸のあとを追う。

 いくら動きを抑えてくれていたケサランパサランが一緒とはいえ、ストーカー気質の女性をまだ小さな晴暁に任せていいのか心配になる。しかし何度尋ねても信幸は大丈夫と言葉を返すだけだ。随分と晴暁の力を信じているらしい。


「女の方はどうなんの?」

「えっ、自分をストーカーしてた女の心配をしてるの?」

「いや、たしかにストーカーは困るけどさ。普通に気になるじゃん。あの人は急に妖怪に連れ去られたことになるし、パニックになってるんじゃないかなって」


 雪丸は誰かに付き纏い行為をする気はない。けれどあの女性のように、もし妖怪の存在を知らない状態で急にケサランパサランなる謎の生き物に誘拐されたとなればパニックを起こす自信がある。


「パニック……にはなってるかもしれないけど、問題ないんじゃない? だって雪丸に付き纏ってた彼女、妖怪だから」

「へっ?」

「だから、あの女も妖怪だよ。ケサランパサランといい、一つ目小僧といい、雪丸くんはよく妖怪に好かれる子だね」

「は? えぇ?」


 信幸がさらっと言ったのは、雪丸に付き纏い行為を行なっていた女性の正体は妖怪だということ。雪丸は驚きと困惑で開いた口が閉じなくなってしまった。


「なら、なおさら晴暁が危ないんじゃ」

「それはない。絶対、大丈夫」


 心配そうな声をあげる雪丸に信幸は断言する。


「ん、信幸がそこまで言うなら俺も晴暁を信じるけどさ。もしあの女が晴暁に危害を加えようとしたり、俺への付き纏いを繰り返したらどうしよう」

「そうだな、今はまず晴暁にお説教されているだろうから、彼女が反省して態度を改めてくれるのが一番だけど。もしだめだったら……まぁ、うん。俺は陰陽師だからね。まかせて」


 信幸は雪丸の目を見て薄く笑った。普段の愛想のいい笑顔と違って、目が笑っていないので少し怖い笑顔だ。

 それだけ本気で、もしものときはなんとかしてくれようとしているんだなと思いながら、雪丸は女性が連れ去られていった方向に視線を向けた。もうその姿はどこにもない。


「晴暁の怒ってる姿とか想像つかないんだけど」

「結構怖いよ。俺が知ってる中では二番目くらいに」

「マジで?」


 再び前を向いて駅へと歩く雪丸は信幸と会話する。

 いつもほのぼのとしている晴暁の怒った姿を想像してみるが、まったく思いつかない。独特な雰囲気を持った子だとは思うが、人を叱っているところは見たことがないし、なにより人を怒るタイプの子には見えなかった。

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