第35話


「今年から新しい壱になるんだ」

少しおちゃらけて僕が言うと、


「まだ、何をしたいか模索中だけどな、俺が岐阜に行っていいか?」


「えっ、一緒に住みたいって言われても困る」


「なぁ、成、俺の事嫌いになったのか、まあそうだから離れたんだよな、積み重ねが…原因の結果なんだろう。

 俺はずっと成だけなんだ、どの口で言うっていうなよ、…色々不誠実で悪かった。

 この9か月間、反省してた」

 壱は、静かに淡々と僕の目を見ながら言った。

 2人の間に沈黙が流れた。嫌な空気ではなく清々しい空気だった。天候も壱に味方していた。もし今日が雨や雪だったら、どうだったんだろうと頭をよぎった。


 入院するくらい弱ったのはわかるけど、同じ事を繰り返しそうだ。

 今日は、復縁日ではなく、銀座散策終了が目的だ。

 流されるなと、僕は僕に言い聞かせた。


 壱は今日に合わせて言う事を考えて来ていた。僕は自分の仕事の事で一杯一杯だった。

 あまり余計な事を言って後で困るのは自分だ。心を引き締めて、


「僕自身、いつまで岐阜にいるかわからない。はっきり言うけど岐阜の僕の所に来られては困る、壱が岐阜を気に入って勝手に住むのは良いと思う」


「俺は、成といたい。邪魔にならないようにする」


「無理だ」


「お願いだ一緒に暮らそうって言ってくれ、今日くらいしか成は俺と会ってくれないだろう。

 お見舞いに来てくれて嬉しかった、元旦の約束を取り付けた俺を何度褒めたことだか。

 次の日から今日会えるのを楽しみに、何を言おうか毎日考えた」

 壱は淡々と空を眺めながら言った。


「今日、小春日和のような穏やかな天気で良かったな」って僕が言うと、


「ああ、良かった」

と、笑顔で僕の瞳を見て言った。


「僕達は、これからも友達だ、時間さえ合えばいつでも会えるよ」


「俺は友達じゃ嫌だ、そのうち成のとなりに誰か居ると思うと、…嫉妬で俺は生きて行く自信がない」


「なんか、面倒だ」

と、心の声が僕の口から小さく出てしまった。


「俺は面倒な、男だ」

 壱に聞こえたらしく小さな声でつぶやいていた。

 

「まず8丁目まで行って新橋から渋谷に出るか?明治神宮のあたりは混んでいるんだろうな、行って見るか?」


「ああ」

と壱も言って、2人で立ち上がった。


 途中、お腹が空いてコンビニでサンドイッチを買い途中のベンチで座って食べた。


「今年初めて食べたのがサンドイッチか」と、僕が言うと、壱も「俺も」って食べながら言った。


「ダウンジャケット、俺がプレゼントしたかった」


「もう充分だ、何もいらない。壱、どれくらいのんびりするんだ」


「未定だ、岐阜に遊びに行っていいか?

実家はそろそろ限界だ、とりあえず1月一杯置いてくれ、邪魔にならないようにする」

 

 さっきまでは一緒に住みたいって言っていたのに、だんだんハードルを下げて来た。


「えっ、ひと月も居るの?ダメだ」

と、僕ははっきり言った。


「俺、成の仕事認めたんだ、全て俺が折れた。いいだろ、半年前は、成の仕事認めたら今まで通りだって成、言ってたよな」


「今さら、だな」


「気づくのに時間がかかった。成が折れてくれると自惚れていた、…歩きながら話すか」

と、壱が言って立ち上がった。


 続けて僕も立ち上がった。ふと横の壱を見て

今日は今までと何かが違う、なんだろうと考えていたら、


 「俺、誠実になる」って一言壱が言った。


 わかった、素直なんだ。僕は一人で笑ってしまったら、


「さっきから俺一人で喋っているだろう、なんか変な事言ったか」


「いやぁ、壱が変わったなあと思ったらつい笑ってしまった。悪気は無いよ、なんか嬉しくなった」


「そうか」


「僕、壱のお見舞いに言った時に嘘ついたんだ。

 和井さんは壱とは付き合っていない、壱の心は僕だけと言っていた。

 ごめん、和井さんと壱が幸せなって欲しかった。

 和井さんが付き合っているって言っても壱が受け止めていた事には感心したよ、壱は優しいなって」


「不誠実な俺が悪いから、いいんだ」


「早先生の指摘でゆチューブみたって言うの覚えているかな、正確には早先生のパートナーの圭さんの指摘だよ」


「圭さん?」


「めちゃくちゃに美形のドクター男の人だよ、早先生のピアノ聴きに言った時に紹介されたんだ、みんなには内緒だよって」


「なんかホッとした」


「なんで」


「ライバルがいなくなって」

ぼそっと壱が言った。


「早先生は尊敬する人だって言ってるだろう」


「ああ」


「このダウンも2人で選んだらしいよ」


「弁当のお礼ってどんな弁当買ったんだ」


「3段重ねの豪華な弁当だよ、僕が食べたかったんだ」


「へぇ、正月に似合いそうでな弁当だな」


「そんな感じ」


「俺にもご馳走してくれよ」


「機会があれば」


「ある」

壱が、少し大きな声で言った。


歩きながら喋っていたら新橋駅に着いた。




 




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