この素晴らしい世界に(櫻木柳水 読切集)

櫻木 柳水

読切【この素晴らしい世界に】

ドォン…ドォン、と次々にビルが倒壊、逃げ惑う人々を眼下に、僕は1人展望台に向かっていた。

「横山……!横山、待ってろ!待っててくれ!」


『なぁ、小林?』

『何?』

『人間はさ、ファンタジーの世界に入れると思うんだよ』

『またなんか言ってる…あのな、ウルトラマンや仮面ライダーや戦隊だとか、見すぎなんだよ!』

『いや、俺は絶対……』


僕は小林ユキノリ

今、世界は未曾有の恐怖に見舞われている。

突然の怪獣襲来、おぞましい怪物の発生、地下から押し寄せる侵略者軍団。そんなものが、今日全て押し寄せてきた。

小林にあれだけ『ファンタジーはない!』とマジレスしてきただけに、今絶賛パニック中だ。


「横山ぃ!いるかぁ!!」

いつも横山が夜な夜な『特訓』を行っている展望台に着いた。しぃんと静まりかえって、真っ暗。

電気の供給もストップしてしまっているのか、恐怖に怖気付いてしまう程の闇が広がっている。

スマホのライトを手がかりに、あたりを探索すると、展望台のベンチから街の惨劇を眺めている横山を見つけた。

「横山!やっぱりいた…横山?」

横山は目をキラキラさせて街を眺めている。その顔を狂気に満ちていた。

横山はすっと立ち上がると、手を前に出し…


『変身!』と叫んだ。


「横山!何やってん……だ?」

またバカみたいに、変身なんでできもしないのに変身ポーズをやってる、頭がおかしくなったのか?

と声をかけたが、まさか、横山の体から紫色のオーラが立ち上った。


「小林!俺できたんだよ!変身!きっとこの日のためだったんだ!!」

そう横山がいうと、みるみる体が大きくなり、街を破壊する怪獣に向かって飛び出してしまった。

「おいおい、嘘だろ……」

横山を見送りながら、僕は街を見下ろした。

横山が変身した巨人は、怪獣を殴り、蹴り、少しタメたと思ったら、腕をクロスしてビームを放った。

すると、怪獣は叫び声をあげながら爆散したのだ。

「やった!」僕は思わず叫んでいた。

おー!という声に我に返り、展望台に数名の避難者がいることに気がついた。

怪獣を倒した横山は、また展望台に飛んで戻ってきた。スルスルと変身が解けていつもの横山に戻った。

「小林、ファンタジーは願えば叶うんだな!できたよ、変身!」

横山のキラキラした目に僕は気圧されていると、次は展望台の奥からバッタに似た二足歩行の怪物がヌルりと現れた。避難者は恐怖にパニックになった。

「さすがにヤバいって、横山!逃げるぞ!」

横山を見ると、笑っていた。背筋に冷たい汗が流れる。

先程とは違い、ジーンズのバックルの部分に手を当てると、先程も現れた紫色のオーラがまとわりついていった。

すると、オーラが変身ベルトを形作り、横山はポーズを取った。


「変身っ!」

と、叫ぶと、今度は横山に鎧の様なものが装着された。

「お前、なんなんだよ!!」僕は思わず叫ぶと横山は

「鍛えてきた甲斐があったぜ!いくぞ!」

と怪物に向かっていった。

僕は夢でも見てるのか?

おかしいだろ、こんなこと…怪獣に怪物、それに…嫌な予感がプンプンだ。

「ウオリャー!」という声と共に、空中からキックを怪物に食らわせる横山。

怪獣と同じく叫び声をあげ、怪物は爆散した。

変身が解けると、ガッツポーズを僕に見せてきた。周りの避難者も「やったぁ!」「ありがとう!」と声を発している。

しかし、爆散した怪物の炎に照らし出された横山は


血だらけだった。

その姿に、先程までの声はなりを潜めてしまった。



しかし、あと残るは地下から押し寄せてきた侵略者軍団だ。

もうこうなったら、横山が倒すような気がしてきた。

「皆さん!大丈夫ですか!」警察が僕らの無事を確認しにきた。すると、横山が

「大丈夫です!全て僕が倒しました!」と警察官に近寄った。血だらけの姿に、警察官は思わず銃を構えた。

「止まれ!止まらないと撃つぞ!」

警察官は無線で連絡を取りながら、横山に銃を向けている。

僕は「違うんです!」と今まで見たことを警察官に伝えたが、皆恐怖に僕に続いて証言する者はいなかった。

「貴様!ここで何をした!」僕の話を聞きても本当のこととは信じない警察官は横山に銃を向けたままだ。今の横山なら撃たれてしまう…と思っていたら

「あの、本当です…」と避難者の中から声が聞こえた。しかし


「彼があの人を殺してたんです!」

怪物が爆散したところを見ると、作業着姿の男が血を流して倒れていた。

そんなまさか、と僕は驚いていると横山は

「大丈夫です、彼は」と言いながら動いてしまった。

警察官は叫び声をあげながら、数発横山に撃った。

額に命中し、横山は倒れた。

今の横山なら、起き上がってくる……と思っていた。

銃声の余韻が消え、避難者の声も消え…



横山は起き上がらなかった。



「おい、横山…横山!?」

と体を揺する。額からドクドクと黒い液体が流れ出ている。体も冷たい。

「貴様もこいつの仲間か!」と震える手で僕に銃を向ける警察官。

「違う!そうじゃない!お前らはなんてことをしてくれたんだ!」と叫ぶも無常にも警察官は構えを解かない。


すると上空から光が降りてきた。

赤、青、黄色、黒、桃色……まさかと思っていると、光は動物を形作った。

【人間よ、力を貸せ。】と横山、警察官、避難者3

人に入っていった。


光が収まると、手には大きい銃を持っていた。

【人間よ、ヤツラを倒す為に、5人力を合わせろ。】と聞こえた。

すると、先程まで死んでいたハズの横山が立ち上がり

「よし、皆いくぞ!」と叫んだ。

「おう!」と4人が吼える。

皆、同じく銃を構えると、それぞれ色違いのスーツに変身した。

「待ってろ、ネガランド!」と赤のスーツの横山は走りだした。


「そこは僕じゃないの!?」


ーーーーー

ピッ…


ピッ…


ピッ…


「ん?なんだ、何の音だ…」ゆっくりと目を開ける。

白い天井、白い壁

辺りを見渡して、ようやく僕は病院にいることがわかった。


「え?病院…」


真っ暗な中で目を覚まし、体を軋ませながら起こした。

しぃんと静まりかえった電気の消えた病室。

外から入る月明かりで照らされ、薄らと見えるくらい。しかしさっきまで展望台に居たはずなのに、と思いながらも頭痛とだるさにまた体を横たえ、眠ってしまった。



翌日、目を覚ましたことがわかると医師がいろいろな検査をはじめ、体に異常がないことがわかると、自身の病室に戻ってきた。

僕はどうやら、数年前から意識不明で入院していたらしいことを親から聞いた。どういうことか考えていると、窓の外から、聞いた事のあるドォン…ドォン…という音が聞こえた。

近くのマンション建設現場から聞こえるボーリングの音のようだ。

「あ、母さん、そういえば横山は?」

母は怪訝な顔をしている。

「だから、俺の高校の同級生の横山だよ」

母は、少し暗い表情で


「誰?その人…そもそもあんた、まだ中1じゃない」



横山という同級生はいない?

そもそも高校に行ける歳ではない?

じゃあ今まで見ていたのは夢だったのか…と落胆した。



退院も近くなってきた、ある日

大部屋に移動し、順調に回復してきていたとき、自分がいた個室に患者が入ったようだった。

僕はトイレに行く時、名前を見た。


【横山 テルアキ】


「横山!?」

こんな偶然があるのだろうか、僕は思わず叫びそうになった。


病室に戻ると、母が来ていた。

「そういえば僕のいた個室に患者が入ったみたいだね」

そうね、と母がいうと必要な手続きをして明日退院になることを聞いた。

そうかぁ、と僕は安堵して一日を過ごした。


その日の夜、僕はまたあの展望台にいた。


そこには誰もいない。

ただ、そこには横山が倒れたままだった。


しかし、違うことがあった。

よく見ると、そこには横山ではなく、僕が倒れていた。



「小林、ありがとう」

突然の声を驚いていると、後ろに横山がいた。

「何がありがとうなんだよ…」

横山は笑っていた。



「君のお陰で、俺は君に変身出来るんだ、ありがとう」

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