召喚します!~世界最強の召喚士♀と異世界最弱の下僕♂の物語~

風雅ありす

第1話 召喚します!

 森の中を1人の少女が走っていた。

 見事な黄金色の波打つ長い髪を後ろにたなびかせ、その乳白色の肌には、冷や汗が光っている。

 少女は、時折後ろを振り返りながら樹木の間を駆け抜けていく。どうやら何者かに追われているようだ。木の根っこに躓かないよう避けて走ってはいるが、頬は紅潮し、その動作は見るからに辛そうだ。


(しまったわ……私としたことが、こんな時にになるなんて……)


 少女の名前は、【リベル=ミラージュ】という。見た目は、十五、六歳ほどの少女だが、そのエメラルドグリーンの瞳には、深い叡智の光が宿っている。

 リベルは、忙しなく辺りに視線を巡らせると、隠れるのにちょうど良さそうな太い立木を見つけて、その木影に小柄で華奢な身体を滑り込ませた。周囲には下草が茂っているため、真正面から見られなければ、見つからないだろう。

 リベルは、肩で息を吐きながら、ぴたりと背を幹に押し付け、後ろの様子を伺った。追手の姿はまだ見えないが、遠くから仲間同士で声を掛け合いながら自分を探している声が聞こえてくる。どうやらまだ諦めてはくれそうにない。


(全く、何だってこのタイミングで……

 ほんっとしつこいんだから)


 整った可愛らしい顔で、舌打ちをする。リベルには追い掛けられる身に覚えはないが、先程リーダー格らしき男が『ここで会ったが百年目ーっ!!』とか何とか叫んでいたので、過去に自分がやっつけた輩の内の一派だろう。

 一応間違っていてはいけないので、念のために『自分はそんな年増じゃないので、人違いです』と笑顔で返したところ、余計に逆上して追い掛けてきたのだ。


(こんなか弱い美少女を大の男たちが大勢で寄ってたかって追い掛けるなんて、最低だわっ)


 いつもなら、目を瞑っててもやっつけられる程度の輩だ。ただ今は、ちょうどタイミングが悪い。

 リベルは、大きく息を吸うと、呼吸を整えようと試みた。心臓は激しく脈打ち、肺が新鮮な空気を欲して喘ぐ。ただでさえ体調の悪い時に無理をして走ったので、眩暈までしてきている。これ以上走って逃げきるのは無理そうだ。

 追手の数が多いので、ここに隠れていても、見つかるのは時間の問題だろう。

 もしも、向こうに探索サーチ系のスキルを持つ者がいれば、すぐにでも見つかってしまう。


(仕方ない。ここは、何か飛翔系の幻獣を呼び出して……)


 目を瞑り、頭に簡単な術式を思い浮かべる。それは、魔法陣の中に蛇のような文字と記号が複雑に絡み合ってできた図式だ。

 通常は、地面にそれを描いて使うものだが、リベルのような高等な術者になれば、ただ自分の頭の中で術式を思い描くだけで、術を発動させることが出来る。


 人々は、それを《召喚士》と呼ぶ。


 リベルの頭に浮かべた術式が光を放ち始めた。上手くいった、と思った時、突然、その絵がぐらりと歪んだ。先程無理をして走った所為だろうか、どうやら熱も出てきたようだ。一度発動しかけた術式を解いて、やり直している暇はなかった。

 追手の声がすぐ近くまで聞こえてきている。

 リベルは、朦朧とした頭の中で、歪んだ術式を無理やり発動させた。


 辺りが一瞬、強い光に包まれた。

 それは、リベルを探して近くまで来ていた追手の目にも届く程の光だった。見つかってしまうことにはなるが、逃げる隙をつくるくらいの目くらましにはなるだろう。

 光が収まり、辺りが元の色彩を取り戻すと、リベルは急いで目を開けた。

 目の前には、自分が召喚した飛翔系の幻獣が居る……筈だった。


「………………は?」


 思わず地声が出てしまったことにも気が付かず、リベルは、ソレを凝視した。

 鳥の巣のような黒いぼさぼさの髪、でっぷりと飛び出た腹部、だらしなく気崩した服装、鼻につんとくる不快な臭い。

 リベルの目の前に召喚されたモノは、人の姿をしていた。

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