彼の者に救いの「手」を

「ふう――――――っ……」


 川に着いた途端に、ラプスは服をすべて脱ぎ捨てて飛び込んでしまった。川の水は冷たかったが、さすがはデーモン。多少冷たい程度ならへっちゃららしい。


(う、うわあああああ……!)


 一方俺はまじまじと、ラプスの裸体を見ていた。いや、見ていたというか見ざるを得なかったというか。だが女性の裸というものを見て、やっぱり俺は「男」なんだ、とちょっと自信を持つ。腕になったことで、色々男として大事なものを失っているから……。

 

 水浴びでの匂い消しなので、ラプスは身体をくまなく擦っていた。利き手――――――つまり、右手で。


(おおおおお! お、おっぱい! おっぱいがああああああ!)


 眼前にあるとか、そんなレベルではない。当たり前に、俺は少女の胸を触っていた。一応言っておくが、水浴び中、俺は自分の意志では動いていない。俺はなるべく無心を保とうとしていた。

 ラプスの胸は小ぶりだが、形が整っている。身体の線も、細くはあるが整っていた。日本の感覚で美人、年齢的に「可愛らしい」と言ったところか。ロリータ・コンプレックスの男性の4割くらいは「いける!」と言いそうな肢体である。


 そしてさらに、右腕となった俺はそれどころではないところも触ることになる。ラプスの右手は、自然と太ももと太ももの間にも伸びていった。


(うわ―――――――――っ!!)


 なんだかなまめかしく感じてしまうが、彼女にとってはただ身体を洗っているだけの事。突然自我を持った右腕が勝手に(心の中)で騒いでいるだけなので、はたから見たら何の音もない。ただ、水が波打つ音が聞こえてくるだけだ。


 身体をある程度清めた後、ラプスは川に潜った。このままついでに、食料も撮ってしまおうという魂胆だ。

 川底を泳いでいた魚に目をつけると、右腕に強化魔法をかける。


「えいやぁっ!」


 強化された腕を水底で振り上げ、川を薙ぐ。水しぶきと共に大量に巻き上がる土砂と魚が、川べりに勢いよく落ちていった。


「おお、やるなあ……!」

「ふふん」


 一糸まとわぬ姿でどや顔を決めるラプスをよそに、俺は思っていた。


 まるで、クマみたいだ、と。


******


「う~~~~~~ん、魔法使えるって幸せ!」


 河原で焚火を囲みながら、ラプスは焼いた魚を頬張っていた。味付けも何もない、本当にシンプルに焼いただけであるが、先ほどの木の実よりは格別に美味しそうに食べていた。

 焚火も、彼女が炎魔法を使って起こしたものである。人生初の炎魔法の成功は、サバイバルだった。


「ホント、なんで今まで使えなかったんだろ?」

「だから、さっきも言ったろ? この腕に今までの練習の経験値が蓄積されててだな……」

「そんなこと言っても、難しい話わかんないよ。……ああ、ホントに美味しい」


 焚火を囲む彼女は先ほどと変わらず裸であったが、そのそばには服が干されていた。服も川で洗っているので、着るものがないのである。


「……ちょっとは元気出たか?」

「……うん。お腹も膨れたしね」

「じゃあ、服が乾いたら出発しよう。この先って、何があるか知ってるか?」

「えっとね……森を抜けたら、隣村があって、その先に町があったかな」


 ラプスに聞いた話だと、このあたりはド田舎らしく、町、と言ったところがこの辺の集落では一番大きいらしい。


「……じゃあ、そこにいこう。旅するにも、色々必要だろうしな」

「そうだね。私達、一文無しだもんね」


 服が乾いたことを確認すると、ラプスはそれを纏い、水をかけて火を消す。


「よっし、じゃあ、行くか!」

「……うん」


 俺は元気よく言ってみたが、あんまりラプスには伝わらなかったようだ。


******


「きゃああああああああ―――――――っ!」


 森を抜けようとしていたところで、突然甲高い悲鳴が聞こえてきた。その方向は、俺たちの向かう方向とは、ちょっと異なっている。


「……何だ!?」

「あの方向……まさか……!」

「知ってるのか!?」

「向こうの草原は、はぐれ魔族デーモンがいるから近づくなって、お母さんが(弟に)言ってた……!」


 はぐれデーモンってなんだ? と思ったが、要するに浮浪者というか盗賊というか。つまりは、デーモンの社会にもドロップアウトする奴はいるらしい。そんな奴らがいる場所という事か。


「……声から、ここからそんなに遠くないぞ。どうする……?」


 俺の問いかけに、ラプスは少し考えこむ。


 魔族の倫理観など俺は知らない。親に棄てられて、見せかけでも澄ましていた彼女の素振りから、死生観に強いこだわりなどはないのかもしれない。ラプスが「知らない」と言ってしまえば、それがこの世界の倫理観なのだろうと、俺は納得するしかない。


「――――――助けに行く理由も、道理もないかもしれない。でも、助けに行かない理由もないだろ?」


 考え込むラプスに、俺は追い打ちをかける。それにより、彼女の肚も決まったようだ。彼女は俺を見て、小さく頷いた。


「……そうだね。どうせ、寄り道どころか、道すら決まってない旅だもんね」

「ああ! 方向転換上等だ!」


 俺たちは笑うと、声のした方へと駆け出した。


******


「いやああああ!」

「おとなしくしろ、コラっ!」


 はぐれ魔族の男が、女の頬を殴った。泣きじゃくる女性は、鼻血を垂らして黙り込むしかなくなってしまう。


「へへへ、結構上玉じゃねえの」

「終わったら代われよ! 後つかえてんだからよ」

「わかってる、わかってる」


 男たちはニヤリと笑いながら、きつい体臭の身体を擦り付けてくる。たまらなく不快な匂いが、女性の顔をしかめさせる。

 セミロングの茶髪の女性は、腕を頭上で押さえつけられて動けないまま、男2人に組み敷かれていた。


(――――――なんで、こんなことに……!?)


 彼女は不幸なことに、近辺の出身ではなかった。この草原にはぐれ魔族が住み着いていることなど知らなかったのだ。そのため、一人で草原を抜けようとしていたところを、まんまと5人のはぐれ魔族たちに捕まってしまったのである。


「ここんところ、とんとご無沙汰だったからよう。たっぷり楽しませてもらうぜ?」

「だからとっとと代われって言ってんだろうが! 俺らだって久しぶりなんだからよ!」


 女性よりも小柄ながら、力は強い。はぐれ魔族は皆、中下級魔族であった。


「いや……むぐっ」

「うるせえな、この辺にはどうせ誰も来ねえよ!」


 女性の口を手で押さえ、いよいよはぐれ魔族たちは彼女を犯そうとして――――――。


(……誰か……!!)



 一筋の涙を流す女性の視界に、何かが映った。視界の端から、自分を組み敷く男の背後――――――つまりは上空に、小さい影がある。

 翼のような形の影はすぐに形を変えると、ぐんぐんと近づいてきた。


「――――――とりゃあああああっ!」

「いぎぃやっ!?」


 まさか上空から何かが来ると思ってなかったはぐれ魔族の後頭部に――――――上空から落下してきた、謎の少女の跳び蹴りが突き刺さった。

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