スキルを活かして飛べ!

「えいっ……! たあっ……!」


 かれこれ3時間ほどラプスは石を投げ続けていたが、一向にネクロバットに石が当たることはなかった。パワーは足りてるんだけどな。コントロールがなさすぎる。


「……うう、お腹すいた……」

「レベルアップしても、こればっかりはな……」


 ラプスの空腹は、俺の空腹でもある。そしてこれは、レベルアップでも解消できないものであった。ちなみに、ちゃんと状態異常としてあることがわかった。


「TIPS 『飢餓』

 状態異常の一つ。最大HPの最大値が下がる。レベルアップでは解除されない。食べ物を食べた時のみ解除される」


 だ、そうだ。天使の恩恵は御丁寧に、余計なことまで教えてくれる。

 ここは廃棄孔の中。周りにあるのは四方八方廃棄物ばかりで、とても食べられるものなどない。……というか、食うのは俺ではなく、ラプスなのだが。


「……うう、暑い……服、ベタベタ……」


 当のラプスはぜえぜえ言いながら、手で仰いでいる。さすがに、何時間も石投げ続けてたら疲れて汗もかく――――――。


「……ん、暑い?」


 そういえば……なんか俺も、暑いような気がしてきたぞ? ラプスの体温が上がっているかと思っていたが、これは――――――!


(……周りの温度が、上がって来てるのか!?)


 そう言えば全体的に、なんだか蒸れるというか、じりじりと肌が痛いというか、そんな感覚がある……!


「……ま、マズいぞ! そろそろ、焼却が近いのかも……!」

「ええ!? じゃあ、何とか早く出ないと!」

「あのコウモリを何とか落としてくれ! じゃないと、間に合わなくなる!」


 こんなところをのんきに飛んでいるあたり、まだ最深部の温度上昇に気付いていないのだろう。だが、もし危険が迫れば逃げてしまう可能性もある。


 時間がない、だが、普通にやっていれば、成功する見込みもない――――――!!


(どうする……どうする!?)


 転生したばっかりなのに、こんな気味悪くて汚いところで死ぬなんて、まっぴらごめんだ! 何とかしないと――――――。


 そう思った時、俺の目に留まったのは、とある廃棄物の山だ。


「……なあ、ラプス」

「何?」

「あれ、投げられるか?」


 そう言って俺が指さしたのは……ひときわ大きな、生き物の死骸である。先ほどのドラゴンゾンビに匹敵するほどの大きさであった。


「ええ!? あんな大きいの、無理だよ!」

「いいから! ちっちゃい石じゃ当てられないなら、適当に上に放っても当たるものを投げりゃいいだろ!」


 とにかくやるだけやるぞ、と言って、ラプスにその怪物の死骸を持ち上げさせるものの――――――。


「ふんーーーーーーーーっ!! ……ほら、やっぱり無理だよ!」

「そんなこと言ったって、諦めたら死ぬんだぞ!」


 そう言いはするが、俺も正直、どうしたらよいか……。俺だけの力では、どうにもならなかった。俺、ただの腕だし……。


「ん。……腕?」


 ――――――そうだ。


「ラプス。……お前、さっき魔法、練習したって言ったよな」

「え? まあ、うん」

「じゃあ、『身体強化』の魔法の練習も、したことあるよな?」


 ラプスの練習の痕跡は経験値となって、俺の中にも流れてきている。どんな魔法の練習をしていたのか、それはぼんやりとだが分かった。


「やったことあるけど……成功したことないんだよ?」

「さっきのマナバーストだってできただろ! やってみないとわからないじゃないか」


 死骸を持ち上げようとするラプスの顔を、俺はじっと見る。


「大丈夫だ! ……自分を、信じろ!」

「……ダメ元だからね!」


 ラプスは決心すると、目を閉じて魔法の呪文を唱える。聞いたことのない単語の羅列だったが、どうやら魔法の詠唱という奴らしい。


「――――――『エンチャント・パワー』!」


 魔法を発動すると同時、俺の右腕に、凄まじいほどの力がみなぎった。


「う、うおおおおおおおおおおお!」

「……わあああああっ!?」


 ラプスも折れも驚くのは無理もない。何せ、右腕が、左腕の5倍ほどの大きさになっているのだから。


「な、何コレ!?」

(……スキル『強化+++++』の影響か!)


 ラプスの魔法『エンチャント・パワー』は、対象の攻撃力を1段階上げる強化魔法である。そして、その対象となった場合、俺だけ強化は5倍になる!


「これなら、ぶん投げるの、行けるんじゃないか!?」

「う、うん!」


 ラプスは右腕で死骸を掴むと、先ほどとは比べ物にならない軽さに驚く。


「あ、これならいけそう!」

「よっし、行くぞおおおおおおおっ!」

「……てりゃあああああああああああああ!」


 ラプスは力いっぱい、俺も全身に力を込めて、死骸を真上に放り投げる。

 正確な狙いも何もない、ただ上に投げるだけの投擲――――――そこに器用さは、一切必要ない。


 かなりの勢いで上に飛んでいった死骸は、上空を旋回するネクロバットにぶち当たった。


「グアアアアアっ!」


 小さい悲鳴と共に、ネクロバットが1体、落ちてくる。五体満足ではなく、ばらばらになっていた。


「落ちてきた! でも……」

「いや、これで十分だ! ラプス、翼を!」


 俺の目的は、コウモリの翼。ラプスに頼んで、その翼を掴む。


「……『ラーニング』!」


 掴んだコウモリの羽の情報が、俺の中に流れ込んでくる。


「――――――『ラーニング』終了。新たな『構造変化』を取得しました」


 そんなアナウンスが流れて、俺の脳裏にTIPSが表示される。


「TIPS 『構造変化:デビルウィング』

 使用中、スキル『飛行』を獲得可能 」


 よし! 俺はすぐさま、『構造変化:デビルウィング』を発動する!


「わあああああ、わ、私の腕がああああ!?」


 ラプスはビビるが、俺の腕はめきめきと形を変えていった。かなり身体構造も変わっているのだが、痛みが一切ないのが、逆に恐ろしい。


 ……やがて俺の腕は、手首から巨大な蝙蝠の翼が生えた形態へと変化を遂げた。『エンチャント・パワー』の影響か、腕も翼もかなり大きい。


「……これなら、行けるんじゃないか!?」

「そ、そうね! これだけ大きい翼なら……」


 そう言ったところで。


 ――――――地面が大きく揺れ出した。さらに、赤く変色し、廃棄物の山からは煙が上がり始めている。熱ですでに燃え始めているのだ。


「マズい! 練習している暇はないな、捕まれ!」

「捕まるって、自分の腕なのに!?」


 叫びながらもラプスは左手で俺にしがみついた。俺は背中の翼を、力の限りはばたかせる。


(うおおおおおおお! ――――――『飛行』、発動――――――!)


 念じながら懸命に羽ばたき続けた結果――――――俺たちの身体は、宙に浮いた。


「やっ……!」


 なんて、喜んだのもつかの間。

 周りにあった廃棄物の山が、一斉に炎に包まれる。大焼却が、とうとう始まってしまったのだ。


「「うわ――――――――っ!!!」」


 もう、その後は振り返る余裕などなかった。とにかくがむしゃらに羽ばたいて、上へ上へともがきまくる。時折下を見たラプスが「きゃああああああああああ!」と叫んでいたが、正直気遣う余裕もなかったし、なんならうるさいし。不安になるから、そういうのやめてほしかった。


 そうして、必死に、死に物狂いで羽ばたき続けて、とうとう――――――。


「行けええええええええええええっ!」


 廃棄孔の外に飛び出すと同時、前のめりに進行方向を変える。


 同時、下から勢いよく吹き上がった炎の熱波に煽られ、俺たち二人は前方に大きく吹っ飛ばされた。


「わああああああああああああ―――――――っ!」


 初めての飛行で着地も満足にできず、俺たちは地面に思い切り激突する。あちこち

ぶつけ、ごろごろと転がり、廃棄孔からある程度離れたところで、ようやっと止まった。


「……い、痛い……」

「……俺も……」


 ただ、廃棄孔から脱出しただけ。当然、レベルアップなんぞするはずもなく。


 あちこちぶつけまくって動けない俺たちは、激痛に苛まれながら燃え上がる火柱を見つめていた――――――。

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