第24話 ファントム・ペイン

 秩序、革命、秩序、革命、秩序、革命。

 規律、自由、規律、自由、規律、自由。

 創造、破壊、創造、破壊、創造、破壊。

 恭順、反逆、恭順、反逆、恭順……反逆。


 相反する二つの言葉が次々とせめぎ合う。

 忘れようと逃避による快楽を生み出し眠りに落ちようとしても呪いのように脳内に紡がれる言葉は思考を束縛していく。


「クソッ! 何なのよッ!」


 一睡もすることは出来ず、太陽が昇り始めた朝日にコスモは苛つきを爆発させ毛布を豪快に剥いだ。

 目の隈と跳ねた髪が輾転反側の苦悩を物語っている。


(……これで三日目)


 またも眠ることが出来なかった事実に憂鬱を抱きながらコスモは窓を開き心地よい風を全身に浴びる。


 あの日以来、彼女の刻は止まっていた。

 バタフライとの亀裂後、どうも顔を出す気にはなれずコスモが選んだ未来は乖離。

 

 ニートにも近い学園は愚か外にすら出ない自堕落で不健康な生活。

 十分な調査報告が集まりバタフライに魂胆が見抜かれた今、対象人物と距離を取る選択肢は間違いではない。


 このまま、報告会までやり過ごす。

 何もアクションを起こさないバタフライにコスモは勝利を確信していた。


 だが安堵の空気に満たされる事はなく彼女に襲い掛かったのは眠気を超えるストレス。

 理性と本能がせめぎ合う言葉の羅列が常に脳内に流れる状況は彼女を苦悩させる。


「何なの……ずっと……この痛みは」


 望んでいた最高最善の結果。

 また王国騎士に戻れる喜び。

 この瞬間に死んでもいいと思えるほどの絶頂に自分はいるはず。


 僅かにある手放しには喜べない感覚がコスモを不快感へと誘う。

 幼少期に右目を失った幻痛を超える苦しみは彼女の透き通った青い瞳を曇らせていた。


「……出るか」


 洗面台で顔を洗うと朝食も取らず気晴らしに目的のない旅路をするべく扉を開く。

 久々の日光を全身に浴び清々しい雰囲気が一時的にコスモの心に安らぎを与える。


 久々の私服での出歩きは仮初の自由を与えられている状況を自覚させる。

 毎日の大半を王国騎士として身を削っでいたコスモにとって完全なる休日というのは慣れないものだった。

 国民を守る治安維持の部隊でありながら世俗の実態を肌身で余り認知していない彼女にとっては新鮮な光景が次々と視界に入る。


 賑わいを見せる繁華街。

 食料だの生活用品だの娯楽用具だのあらゆる店が左右にズラリと敷かれている。

 奥には産業革命の賜物である高層のビル群が立ち並んでいた。


「やー! あの玩具欲しいのー!」


「いけません、今日は夕飯を買いに来ただけなんだから駄々こねないの!」


「欲しい欲しい! 欲しいー!」


「ちょ……止めなさいって」


 コスモの鼓膜に響いたのは平穏を象徴したような親子の会話。

 健康優良な男児は電車の模型品に欲望を爆発させ母親は駄々をこねる状況に困惑の表情を示している。


 周囲は母親に憐れみの視線を向けその場を何事なかったように過ぎ去っていく。

 無視することも出来る分岐点、だがコスモはその場へと歩を進めていた。


「そこの電車の模型を一つ」


 黒革財布から取り出された金の通貨一枚を代償に上質な鉄道模型を手にする。

 値段以上の価値がある代物をコスモは迷いなくしゃがみ込み少年へと差し出した。


 母親は愚か、少年でさえも彼女の行動に驚きの表情を見せる。


「ほらっ上げる。この電車で良かった? あまりお母さんを困らせちゃいけないよ」


「えっあっ……や、やったっ!」


 思いがけない幸福に少年は鉄道模型を両手で抱きしめると喜びを全身で表す。  

 母親は対照的に申し訳無さそうな表情で冷凍な雰囲気あるコスモの顔を伺った。


「い、いいんですか……?」

 

「気にしないでください。子供はどの宝石より尊い宝物な存在です。少し甘やかしたくなるのが私の性分で」


「あ、ありがとうごさいます……! ほらお姉さんにお礼して」


「ありがとうお姉ちゃん!」


 満足気な飛び切りの笑顔を浮かべながら少年は母親に連れられその場を去る。

 手を大きく振りバイバイを行う少年にコスモは慈愛のある笑顔と動きで応えた。

  

 だが姿が見えなくなった途端、彼女の顔からはスッと笑顔が塵のように消え去る。


(……何やってんだろ私。人を笑顔にする資格なんてないってのに。なのにまだ善人なんだと思いたくて)

    

 全てを終えてコスモは自身の行いが現実逃避という結論に至る。

 自分勝手に生きていた事を再認識した彼女は偉そうに人の力になろうとした自らの偽善行為へ嫌気を増幅させた。


 常に他人主義で人助けを行っていた存在と日々を過ごしていからこそ尚更。 

 善行をしたという優越感に満たされる事はなくより深い鬱にも似たモノがコスモを支配してしまう。 


 迷いしかない心情を繁華街の風景は気晴らしさせることは出来ず、無意識にコスモは付近のベンチへと腰掛けた。


 何を考えるでもなくただ視線の中で行き交う人々をジッと見つめる。


(王国騎士に戻って……また人を助けて……でも自分の為に生きていて……プライドの為に人助けをして……それをして何になる?)


 幸福に満たされている顔が視界に入る度に自身の存在意義に迷いが生じる。

 絶対的と考えていた理念が歪み、答えを見出だせない苦悩にコスモは頭を抱えた。


 全てはバタフライが原因、あいつのせい。

 誰よりも他人思いで人助けを行う彼女の存在が自身にあるプライドを揺るがす。


 このまま王国騎士に戻ってもこの心に眠る靄を払拭することは出来るのだろうか。

 世界の未来の為に躍動するバタフライを裏切る形で潰してもいいのだろうか。

 

 バタフライの「後悔するな」という呪いにも等しい言葉がコスモの決断を鈍らせる、その時だった。


「おい、あっちで宝石店を狙った強盗事件があったらしいぞ!」


「またそういうのか……? 何だよ今度は何処の盗賊団連中なんだ?」


「さぁな、まっ王国騎士が既に鎮圧したって話だ。流石エリート集団と言ったところか」

 

 目の前で繰り広げられる男達の会話。

 王国騎士というワードにコスモは直ぐ様反応し反射的に顔を上げる。


「確か四番街の老舗の店だったか。あそこの店主お年寄りだから狙われたんだろうな」


「また狡猾な犯行だな。いや犯罪に狡猾じゃないものなんて存在しないか」


 考えるよりも先にコスモの身体は事件現場へと動き始めていた。

 特に深い意味はない、ただ気になったという動機が彼女を支配する。


 幸い、日が経ったお陰かコスモを指差す人間はおらずなんの弊害もなく四番街の宝石店へと辿り着く。


 目の前に広がるのは会話通りの惨状。

 ガラスは粉々に割られ数多の宝石が乱暴に奪われた跡が至る所に見て取れる。

 店主と思わしき老婆は憔悴しているも外傷は見当たらない。


(……いくら倒しても、いくら鎮圧しても、どうして理不尽は減らない)


 心配そうに見つめる群衆に紛れ込みながらコスモは老婆の悲しき表情に胸を痛めた。

 自分自身が最優先の生き方をしていたとはいえ王国騎士として他人のため、世の平和のために活動していた五年間の過去。


 だがどれだけ窃盗団や闇組織を鎮圧しようとも蛆虫のように悪意は湧き、罪のない人間は涙を流す。

 王国騎士団の効力を持ってしても終わらない負の連鎖にコスモは薄々と違和感を抱いていたが向き合おうとはしなかった。


 学生の身になった今、改めて自身の内に存在する王国騎士への淡い不信感を持つ。

 

「ったく、また小悪党の討伐かよ」


「ホントに馬鹿みたいに湧くわね。今月でこういう出動何度目かしら?」


 刹那、聞き覚えのある声達に「ッ!?」と警戒心を抱き咄嗟にコスモは人混みへと身を潜め、背後を向く。

 その正体はかつて自身と同僚であった王国騎士の男女二人だった。


(危な……顔を見られるとこだった)


 互いに顔見知りであった為、認知された場合面倒な事になる可能性が極めて高い。

 罵倒、皮肉、負の感情を掻き立てる言葉をぶつけられるのは目に見えていた。


 同僚であれど嫌悪的な感情を向けられていると察知していたコスモは友好的な会話にならないことは誰よりも分かっている。


 短気な性格を自覚しているコスモは余計な衝突を避けようと場を足早に離れる動作を取り始める。

 そんな彼女の鼓膜に王国騎士である二人の新たな会話が響き渡った。


「しかしよ、そういえばあいつはどうなってんだよ。クビにされた隻眼の」


「あぁあのクソ生意気な隻眼の女? さぁね学生の身分で調査だのしてるらしいけど今はどんな生活してんだか」


「ハッ、全く哀れだな。騎士団長の言葉を鵜呑みにしちまってさ。もうってのに」

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