取り決め

 その日、マリーと一緒に家に帰った私は、父にいきなり「座りなさい」と言われ、有無を言わさずテーブルの前に座らされた。長机には既に母と兄もいた。


 座らされた私と違い、マリーはプリンセスを頭に載せたまま、母の手で別の部屋に行かされる。私はこれに、何かとても嫌な予感がした。


 部屋の扉が閉じられると、まるでそれが合図だったみたいにして、私の目の前に「あるもの」がゴトリと置かれた。

 それはごくだった。


 この剣には見覚えがある。私が街で草木紙を買うために売り払ったものだ。

 なんでここに? 私の疑問をよそに、父は黙って剣を抜く。


 はがねが鞘をこする音に、私は肩をすくめ身構えた。しかし、父が剣を抜いたのは、私をバッサリ切り捨てるためではなく、剣身を確かめるためだ。


 何の変哲もない軍用剣の剣身が、簡素な鞘の中から現れる。

 剣身の中央に剣先まで伸びる血溝ちみぞが彫られた、ごく一般的な剣。


 「これは?」兄の言葉に答える代わりに、父は剣の柄を回し、剣を兄に渡した。

 兄はランプのオレンジ色の灯りに剣身をさらすと、しげしげと見つめた。


「鋼の軍用剣ですね。良く出来ていますが、ウチのではないですね」

「これはアリアが街で売ったものだそうだ」

「えっ!」


 驚いたのはこっちだ。なんでがここにあるの?


「アリアが?」

「そうだ、突き返されたときは目を疑ったぞ」

「……父さん、これの品質には、何も問題がなさそうに見えますが?」


「その剣の│こしらえについてじゃない。店主は銘をうっかり刻み忘れたのかと思って、ウチにその剣を返してきたんだ」


「店主は『跡継ぎのハンスくんはしっかり腕前をあげましたね』だとさ」

「……僕にはまだこれほどのものは作れません」

「知っている。俺が毎日見ているからな」


 グッ……迂闊うかつすぎた。

 まさか、街のお店とのつながりがそんなに強いだなんて……思いもしなかった。


 私が何も言わずにいると、父は剣を兄から取り上げ、私に柄を差し出した。


「しばらく家を開けていたのは……お前も修行をしていたのか?」

「アリアも鍛冶の修行を?」


 ――うん? 不味い、なんか妙な流れになってきてない?


「お前が家をあけるのも無理もない。不甲斐ない兄の前で、鉄は打てんか?」

「貴方! ハンスの目の前でそんなこと……!」


 兄さんがその手を強く握りしめるのが、私の目に入った。

 このクソオヤジ! そんな当てつけみたいに言わなくていいでしょ!!


「何よ! そんな言い方って無いでしょ!」


つい父に口が出た。だが、私の言葉は、別の言葉でさえぎられた。


「いや、良いんだアリア」


 ――兄だった。


「僕が不甲斐ないのは事実だ。……少ない時間を工面して、頑張ったんだね」


 その声はちょっと震えている。

 この言葉を言うのに、兄はどれだけの勇気を出したんだろう。


 たとえ見習いでも、職人が「負け」を面と向かって認めるのは辛いことだ。

 それも自分に努力を見せていないような相手に。


 ……私だったらきっと怒るかもしれない。

 ハンス兄さんはその怒りを手懐けるのではなく、噛み殺している。


 ――いやまって! 私はこんなことになるのは望んでいない。


 私が……私が「始まりの言葉」を安易に使ってしまったがために、こんな事になってしまった。なんてバカな事をしたんだろう。


 父の意図は……なんだろう。


 表向きはハンス兄さんが跡継ぎで、本当は私が鉄を打つ、父はそういった不誠実な商売をする人間ではない。だとすると、私を跡継ぎにする気か?


 そんなのは無理だ。私は鉄の打ち方なんて知らない。

 剣を創った「始まりの言葉」のことを説明しないと……でもどうやって?

 頭の中がグルグル回りだした。


 家の中に緊張が張り詰めている。ピンと張った糸のような雰囲気。

 まさに一触即発だ。何か言おうとしたが、言葉が形にならない。

 

 誰か助けて。願ったその時だった。家の戸がトントンと叩かれる。

 この場を離れられるなら何でも良い。私は誰よりも早く立ち上がると、まっすぐ扉まで歩いていって木戸を開いた。


 すると――そこには上品なファーコートを着た、銀髪の青年が居た。

 家の中から漏れ出ている、オレンジ色の光を受けている彼の顔を見ると、私はふっと自分の頬が緩むのがわかった。


 彼は『賢狼』さんだ。

 ぴんと通った鼻筋に彼の面影がある。人と狼の顔はぜんぜん違うのだけれど。

 彼は私の横を通り過ぎると、私の家族に向かって、深く腰を曲げた。


「失礼とは存じ上げましたが、外で様子を伺わせていただきました。その剣は……私が打ったもので、彼女に売却を依頼したものです」


「あなたが?」


 あまりの急展開に、兄さんは驚いて聞き返した。


「ええ。私は鍛冶の修行をしている者ですが、ゆえあって渡り歩いております。流れ者ゆえ、店に売るのもままならず、彼女に手伝っていただいたのです」


「娘は渡さんぞ!!工房もな!!」

「よしなさいアンタ!! そもそも欲しがられるような仕事場かい!」

「むぅ……」


 母の一喝で父は押し黙った。これを好機と見た私は、たたみ掛けるように言葉の洪水を浴びせかけて、父や母を煙に巻く。


「そうよ、彼は遠い街の職人さんなんだけど、仕事場を兄弟子の陰謀で追い出されたの。だから実力で舞い戻るために……鍛冶の修行中なのよ!」


 これはまるっと全部、私の口からでまかせだ。

 しかしその効果はあったようで、父は腕を組んで考え込む。


「ひどいもんだが、よく聞く話だ。……面を見ればわかる、悪党には見えん」


 本当ぉ? 彼、魔王のしもべなんだけど?


「あんた名前は?」


「パトリックと申します」


「パトリック、あんたの腕は確かだ、それは認めよう。うちの仕事を手伝ってくれるなら、ここの道具を使ってもいいし、泊まっても構わん」


 これは、うーん……父がハンスの修行に集中するため、仕事を減らす。

 その分を埋めるために、賢狼さんに働いてほしい。そういう意味だろう。


「無論、アリアと部屋は別にするがな」

「アンタ!! まだ言うかい!」

「ええい、そう簡単にくれてやれるか!」


「軒先でも構いません。野宿には慣れておりますので」


 最近になって絨毯が追加されたけど、賢狼さんは毎日洞窟で野宿してるものね。


「そういう訳にはいかん、そんな粗末には扱えるか」


(ちょっといい男じゃない、アンタ何で黙ってたの)

(それは……色々あってぇ)


「けれども、私には彼女の手伝いが必要な事も確かなのです。私には野外に秘密の工房がございまして、これまで通り手を貸していただけると助かるのですが……」

「無論、お手伝いは致します」


「むぅ……仕方がない、認めよう」


 私は「ふぅ」と安堵の息を吐いた。賢狼さんのお陰で取り決めが出来た。


 彼がウチを手伝い、鋼のインゴットやら鉄の板やらを収める。

 代わりに私が彼の工房(マリーの洞窟)に行く。

 つまり、これからは大手を振って、魔王活動にいそしめるというわけだ。


 ふぅ……もう少しでうちの家がメチャメチャになるところだった。

 私のうかつな行動が原因だけど、本当に危ないところだった。


 魔王になって世界を救っても、家族がバラバラじゃ何の意味もないもの。


 賢狼さんをじっと見ると、彼は片目をウインクしてみせる。私はその言葉を│かいさない会話に答えるため、こっそり両手の親指を上げた。


 さすがは魔王のしもべ。

 頼りになるわ!


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