魔王の力

 次の日、水汲みが終わり、家の手伝いをする私は、ずーっと考えていた。

 私が魔王を目指すと言っても、いったい何から手を付けたら良いのだろう?


 魔王っぽいことと言えば……生贄、悪魔の召喚とか?


 しかし、うちで飼ってるニワトリを生贄にしたところで、世界を滅ぼす力を持つ悪魔が呼び出せるとはとても思えない。今晩のおかずが増えるだけだ。


 うーん……。


 私は本を再び開いて、それとにらめっこをする。

 これによると、魔王ゴルモアは「始まりの言葉」を使い、世界に生きるすべての命を支配しようとしたとある。


 ――「始まりの言葉」。

 これを私が手に入れる事ができれば、私も魔王になれるのだろうか?


 私は本に描かれている、小さな挿絵をみる。

 魔王ゴルモアは石版を前に「始まりの言葉」とやらを手に入れている。

 この石版にその秘密があるらしい。


 しかしこれ、どこかで見たような――。


 ……あっ!!


 これはきっと、各地にある古代の神様をまつった石碑だ。

 魔王は石碑の文字から「始まりの言葉」を得た?


 うん、とってもありそうな話だ。

 古代の神様はこの世界を作ったと言われている。

 だから、石碑になんらかの秘密が隠されていてもおかしくない。


 そういえば街の教会の神官様もおっしゃっていた。

 「各地に眠る石碑には、この世界の秘密が隠されている」って。

 その秘密とは……「始まりの言葉」の事を指しているのでは?


 石碑の文字を解読できれば、きっと私にもその力が使えるかもしれない。

 稀人さんたちの言葉を解読した経験も、きっと役に立つ。


「よし、やるぞー!」

「なにをやるのー!」


 やる気が溢れて、つい口をついて出てしまった言葉を、妹に聞かれてしまった。


 私の足にすがりついた妹のマリーは、今年7歳になる。

 何にでも興味を示す年頃で、暴れたい盛りだ。

 この子の手によって、我が家から陶器のお皿は姿を消した。


「ねーねー! なにするのー?」

「そうだねぇ、なにをしようか?」

「あー、独りでしようとしてる―! お姉ちゃんズルイ!」

「じゃあマリーもやる?」

「やる!」

「じゃあお掃除する?」

「やだ!」


 まあいつもの具合だ。


 石碑の文字を書き写すにしても、マリーをひとり家に置いていったら、大変なことになる。きっと家の中を嵐が通り過ぎたみたいになるだろう。


 今日は両親と兄が遠出していて、この家には私とマリーしかいないのだ。

 うーん。彼女も連れて行くしかないかな?


「じゃあ、お外いこっか? おやつも持っていこうね」

「やったー!」


 私は戸棚をあさると、怪獣を手懐けるための干した果物を手に入れる。

 その内容は……イチゴやベリー、シナモンがまぶされたスモモなんかだ。


 まずは怪獣に、手付金としてベリーを渡す。


「しゅっぱい!」

「あら、外れだったかー?」


 酸っぱさで顔をしわくちゃにさせたマリーの手を引いて、私は村の近くにある、石碑が並んでいるところまで、散歩に行くことにした。


 目的とする場所はそう遠くない。


 流れる雲を見上げたり、姿の見えな鳥たちを、その鳴き声で見分ける遊びをしていれば、すぐにたどり着ける。


「ケケケは?」

「えーっと、カササギ!」

「あたり!」


 そんなことをマリーとやってたどり着いたのは、人の背丈ほどある石版が輪っかをつくって並んでいる場所だ。


 ここは古代の神々を祀る祭祀場、その跡地と伝えられている。

 昔は稀人がここに訪れ、何かをして帰っていくのがよく見られていた。

 しかし最近はそれも見ない。


 私は薄い石の板、石碑の前に立って、文字を見る。


「お姉ちゃんなにしてるの?」

「この文字を読んでみようかと思って」

「なんて書いてあるの?」

「もう!……それを今から調べるのよ」


 さて、私はそこに書かれている文字を見る。

 石碑の表記法は独特だ。まず一番上にある文字列を見る。

 斜線の記号が並んで、その間に文字が挟まれている。


/////Exemplum sententias pro convocandis creaturis./////


 ――こういった具合だ。


 きっとこれは、文章のタイトルを示している。

 この表記は一番最初に始まって、それ以降使われていないからだ。


 まず言語的に考えてから、文法的に考える。

 言葉というものは、「よく使うものほど短くなる」。


 この「pro」というのは、おそらく前置詞か接続詞だろう。

 真ん中にあるということ、そしてタイトルならば……「~の~」。

 「森の木々」といった性質を示す言葉の可能性が高い。

 そしてここから文自体の変化が予測できる。


 稀人の言葉は私達の使う言葉と同じく、柔軟性があり語順もよく変化して、言葉自体も「屈折」する。食べろ、食べる、食え、そういった具合に。


 問題はどちらが体言で修飾なのかだ。稀人の言葉は主語が来て、その次に動詞、目的格が来て、最後に修飾がつくのが基本だ。文章は通常、短い語に主語を割り当てるのが普通だが、今回はどちらも同じ長さなのでその判別方法は使えない。


 ではどうするか?

 こういう場合、解読を進め、文章を解釈したほうが速い。

 点と点を繋げて線にするように、意味と意味をつなげて文にする。


 まずは、食べるの「食」の部分を探すのだ。


 「Exem」-plum は「試す」。「senten」-tias は「文」。


 つまり前半は……試す文、転じて「例文の」という意味だ。


 「convo」「candis」は熟語だろうか?それか概念を表す表意文字な気がする。

 「convo」は二つ以上集めるという意味だ。一旦これはおいておく。


 「creaturis」は頻出ひんしゅつしているのでこれの意味は知っている。

 「creat」は創るという意味だ。その後ろは「turis」は属格「創られた物」。

 これは古代の神の被造物を指している。つまりこの世界の「生き物」のことだ。


 ……それから少しして、訳文が完成した。

 それを見た私は戦慄を覚えていた。手に持った尖筆が震えているのがわかる。


/////Exemplum sententias pro convocandis creaturis./////

/////生物召喚のための例文。/////


 ――間違いない。きっと、魔王ゴルモアは、を見つけたんだ。

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