騎士男爵2代目が帝都に行こうとしたら変な爺さんと孫娘と冒険することになった件~この宝剣の輝きが目に入らぬか!~

ユーリアル

第1話 始まりはガーゴイル便


 普段人の気配のない、自然あふれる山。

 今日は鳥も小動物も静かで、誰かが立ち去るのを待っているかのようだった。


 緑と茶色の空間、その一角が赤く染まっていた。

 乗り込んできた住人によって、炎が舞い踊っているからだ。

 炎の主は、俺が五日間山を探索してようやく出会った相手。


 強さならぎりぎりドラゴン未満といわれるワイバーン。


「わざわざ南方から飛んできたんだってなあ? 確かに脅威だった」


 人より恵まれた体格の俺ですら、さすがにこの相手には見た目では負ける。

 少し伸びてきた青銀の髪をうっとおしく思いながらも、睨み返す。

 気合を入れて向き合う相手は、戦意にあふれた咆哮をあげた。


 村の倉庫より大きな体、強靭な表皮に鋭い牙や爪。

 南方の山から、運悪くこちらへと飛んできたらしいその翼。


 先ほどまで、その体躯はブレスを放つ予兆で赤く光っていた。

 対する俺は、胸元ぐらいまである長さの両手剣を構えている。

 素材は良く知らないが、ここで構える意味がある武器だ。


「そうだよなあ、ここで使うならそうだよな!」


 一人だとつい崩れる口調。

 親に知られたら、お小言の1つでも来そうである。


 そんなことを知る由もない相手は、戦意たっぷり。

 骨まで焼き尽くすとされる炎のブレスが、轟音とともに噴出した。


 その放たれた赤い暴力へ、魔力をまとわせた剣閃をぶつける。

 必殺のつもりだったのだろうブレスが破られたことに驚く相手へ、一気に接近。

 伸びきった首を見るように横合いへ滑り込み、相手の首を切り落とした。


 切断個所からはブレスの余波であろう炎が漏れ、切断面が焼けていくのが滑稽だった。

 その炎も周囲を警戒してる間に収まっていく。


「これで一安心、か」


 討伐の証として、2対の牙と、大きな爪を切り取る。

 残りを運ぶのは部下に任せるとして、まずは呼ばねば。


 そう思ったところで、相手がこちらにやってくるのが見えた。


「若ー! 若! 大変ですぜ!」


「いい加減、若はやめろ」


 汗だくで走り寄ってきたのは、部下であり、親戚のような関係でもあるボルクスだ。

 昔、戦いの中で手足を痛め、狩りに付き合うぐらいはともかく、長時間の戦闘は厳しいという。

 それでもたゆまぬ鍛錬により、引退したとは思えないほどの力を誇る戦士だ。


 茶髪を短く切りそろえ、歴史を感じる皮鎧をいつも着こんでいる。


「おっと、すまねえ。ヴィル様。領主館よりガーゴイル便ですぜ。」


「何?……すぐ館に向かう。ワイバーンの輸送と処置は任せていいか?」


「もちろんでさあ。ふもとに用意がしてあります。お早く」


 後の処理をボルクスに任せ、山を駆け降りる。

 途中、ボルクスの部下たちとすれ違いながら、小一時間でふもとに到着。


 領主、父親のいる館まではさらに走らねばならない。

 ボルクスが用意していたであろう馬に飛び乗り、走らせる。


(皇帝陛下が崩御された……代替わり予定の報告も兼ねて、俺が行けと)


 石や金属で彫った像を魔法生物とし、ハトのように手紙をやり取り。

 魔物に襲われることが少ないと、ガーゴイル便はこういう時に重宝されている。


 結構な費用がかかるそれで送られるのに、ふさわしい内容ではあった。

 もっとも、この短距離ならばという条件が付くが。


 何台もの馬車とすれ違い、館のある町へ。

 通常なら、山を下りるのに半日、そこから馬でさらに2日といったところか。

 こんな距離にワイバーンがやってきたのは、幸運なのか不幸なのか。


 はやる気持ちを抑えつつ、夜の移動はせず野営する。

 急がせた結果、思ったより早く館と町が見えてきた。

 飛び込むようにして敷地に入り、馬を預ける。


「坊ちゃま、お早いお付きで。泥は落としましょう」


「お前もか……まあ、いい」


 俺の両親は健在、かつかなりの健康体だ。

 だからか、そろそろ代替わりするというのに誰もが俺を若や坊ちゃん扱いだ。

 侮られているというより、家族ぐるみの付き合いというのが強いのが救いだな。


(実際の政務は親父たちがまだやってるから仕方ないか)


 この土地の開拓と引き換えに、領主に封じられたという父。

 誰よりも率先して、領内の討伐などをこなしていたというから……今の俺と同じか。

 動けるうちはまず体を使え、という家訓を思い出しつつ、父がいる部屋へと向かう。


「親父、戻ったぞ」


 父は、部屋で報告書であろう書面を読んでいるところだった。

 窮屈そうに着込んでいる衣服は、文官を感じさせるものだ。

 昔は長くして縛っていたという青髪は、今は短くなっている。


「うむ。早かったな。首尾は……問題ないようだ」


 魔力の宿った牙と爪を布袋から出して見せれば、満足そうな顔だ。

 親父も、俺のように剣1本で土地を切り開き、魔物を退治し、国の領土を広げた猛者だ。

 その込められた魔力を感じ取ったのだろう。


「それで? 俺一人で何もなしなら比較的早くつけるが、そういうわけにもいかないのだろう?」


「そうだな。陛下の葬儀ともなれば、簡単にはいくまい。何より金が、な」


 頷き、帝都までの道のりを考える。

 この国、アルフレド帝国は広い。

 それだけ戦いの歴史があるということでもあるが。


 そうなると、各地に貴族、領主がいるわけで。

 皆こぞって、献上品や費用負担で忠義を示すことだろう。

 自分たちもそれに倣ってといいたいところだが、ちょうど先日大きく消費したばかりだ。


「馬車は用意する。遅れぬよう、慌てぬよう向かえ。献上品は……それも加えればちょうどよかろう」


「そういえば、天への旅立ち、その途中の障害を打ち払うという言い伝えだったか」


 これも何かの運命なのだろうか?

 しかし、あの陛下が……亡くなるとは。

 俺自身はまともに見たことはないが、若い頃は国最強の戦士だったと聞く。


(老いたはずが、今の騎士団長を模擬戦で倒したという噂は果たして?)


 自身も戦士であり、騎士であるからか、そんなことを考えてしまう。

 しかし、すぐに現実が思考を戻す。


 そう、金だ。


 我らの領地は、比較的田舎……いや、明らかに田舎だ。

 まだ未開拓の土地も多く、探せば古代の遺跡も見つかるだろう。


 逆に、人が住むには障害の多い土地でもある。

 不定期に魔物が暴れる土地ともいえる。

 奴らの素材が、収入になることは間違いないのだが……。


 発展のために倒し、その儲けで守りを固め、さらに倒し……なんて生活を続けている。

 幸いにも、一度人間が住み始めた土地に攻め込んでくる魔物はそう多くない。

 時折、強い個体がやってくるのでそれが問題だ。


「幸い、お前の倒したワイバーンを売れば多少は持つだろうが……道中、可能ならば稼いでほしい」


「了解した。この宝剣は親父が持った方がいいか?」


 今回のワイバーン討伐に借り受けた宝剣は、親父が陛下にいただいたものだという。

 爵位を得た家には、王家から一振りをその証としてもらうのだろうだ。


 多くは短剣ほどのものだという中、我が家は長剣。

 そこは細かく聞いていないが……。

 魔法を帯びさせても朽ちぬ、特殊な素材の剣だと聞いている。


「いや、それはお前が持っていけ。その宝剣には特殊な魔法文字が彫られていてな。陛下直々の下賜品である証明もでき、身分証明となる。新たな領主候補としてな」


「なるほど……。父上、お役目確かに。準備が出来次第、男爵騎士アレクシアの名を継ぐものとして、陛下の葬儀に参列するため出立いたします」


 代替わりし、新たな領主として立つとなれば、普段のようにとはいかない。

 俺の失敗は、父の失敗でもあり、領地に住む人々の問題にもなるのだ。


 宝剣を床に置いて膝をつき、宣言代わりにそう告げる。


「うむ。もう立ってよい。こそばゆいわ。そうだ、向かう前にあれらに会っておけよ」


「もちろん。さっそくそうさせてもらう」


 親父も、生粋の貴族ではないためか、こういう場は得意ではない。

 だからこそか、切り替えは大事だと口酸っぱく言われている。


 宝剣を背負いなおし、部屋を出る。

 向かう先は……練兵場だ。


 館のすぐそばにある、木々に囲まれた広場に向かえば、兵士たちが訓練しているのが見える。


「遅い! そんな走りでは領民を救えないわよ! ヴィルについていけなかったことが悔しいならば、走れ!」


「ふふ……相変わらずだな、母上は」


 聞こえてきた声に、自然と笑みが浮かぶ。

 20人ほどの兵士の前に立つ長髪の女性、それが母だ。


 銀髪が砂に汚れるのもかまわず、日々兵士を鍛える姿は、辺境の女帝などとあだ名されるほどだ。


 幼い頃、父に一目ぼれして猛烈に迫ったという。

 そのころから傭兵のようにあちこちで戦っていた父。

 その報酬代わりに、嫁ぐことが許されたというから浪漫のある話だ。


 父についていこうと、どんどん戦えるようになったというのはあちらの父親は頭が痛かっただろうなと思う。


「そこまで! ヴィル、戻りましたか。話は聞きましたね?」


「はい、母上。名代として向かいます」


「よろしい……気を付けるのですよ。陛下は偉大なお方です。その重しがなくなるとなれば……」


 父もそうだが、母も戦いばかりに能があるわけではない。

 むしろ、その戦いで磨かれたセンスにより、いわゆる機を読むのが得意だ。


「俺の剣は国の、陛下のためにささげています。それを汚すような真似は決して」


「ええ、期待しています。もう少し稼げていれば、お供を何人もつけれるのでしょうけれど……ボルクスと馬車だけになりそうです。あの子たちが戻っていれば……」


「十分ですよ。人が少ない方が足は速い。それに、路銀も少なくて済みます」


 これは本音だ。

 それに、気の知れたボルクスのほうが道中、動きやすい。


 母の言うあの子たち、というのは弟たちのことだ。

 領地は俺が継ぐということに異論がないらしい弟たちは、自由に生きている。

 時折便りが届くのは、無事な証拠だろう。


 本当ならば、俺に何かあったときの候補として、1人は土地にいるほうがいいのだが……。

 親父自身、成り上がりなのでそういうところを気にしないようだ。

 そのことがわかっているのか、母も俺が死ななければ問題ない、という感じだった。


 例えば……。


「それでは、餞別代りに対魔法の鍛錬をしましょう。切り札の1つぐらい、授けねば」


「お手柔らかに……」


 こんな感じである。


 父からは剣と知識を、母からは魔法対策と魔力の剣への応用を学ぶことになっている。

 父の鍛錬や勉学はある意味シンプルだが、母のそれはなかなか苛烈だ。


 なんだかんだと、俺は攻撃魔法を放てない。

 そのことを気にしているのか、母は結構……鍛錬に少しばかり力を入れる傾向にある。


 悪いことではないのだ、悪いことでは、うん。


「魔法はしょせん、力の1つでしかありません。貴方なら斬れます。さあ、全て斬るまで終わりませんよ!」


──結局、数日は母との鍛錬でつぶれるのだった


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