第二章 シャルロットお嬢様のお世話係

第4話 シャルロットお嬢様

 さてと。


 私は目の前の豪華な装飾のついたドアを見つめた。


 シャルロット様のお部屋は恐らくここよね。


 深呼吸をしてドアをノックする。


 コンコンコン。


「シャルロット様。お部屋の掃除に参りました」


 声をかけると、少しして幼い声が返事をした。


「入ってちょうだい」


「はい、失礼します」


 だけど私がドアノブに触った瞬間、びりりと手に電流のようなものが走るのを感じた。


 ――これは!


 考えるよりも早く、私の体は後ろに飛び退いた。


 と、同時に、先ほどまで私が立っていた位置にクリームパイが落ちてきた。


 ……べしゃっ。


 足元に、無惨にも潰れた白いクリームパイが散らばる。


 さっと血の気が引いた。


 危なかったわ。


 せっかく綺麗なメイド服なのに、もう少しでぐちゃぐちゃになるところだった。


 罠回避の自動魔法スキルがあってよかった……。


「あれぇ、当たらなかったの? ざんねーん」


 クスクス笑いながら出てきたのは、長い金髪に、ピンク色のリボンとピンク色のドレスを着た、十歳くらいの女の子。


 この子がシャルロット様?


 私は一目でシャルロット様に目を奪われた。


 バラ色の肌に金色の巻き毛。水色の瞳、さくらんぼみたいな小さな唇。


 少々いたずら好きみたいだけど、まるでお人形さんみたいに可愛らしい。


「お部屋の掃除をさせてもらいますね」


 そう言って、私がパイを片付けていると、シャルロット様は興味津々といった表情でこちらを見つめてきた。


「ねぇねぇ、あなた、新しいメイドさん? いつからここで働いてるの?」


「はい。今日からここで働かせてもらっています。クロエと申します。よろしくお願いします」


 私が頭を下げ、掃除にとりかかろうとすると、シャルロット様はチョロチョロと私の周りをうろつき始めた。


「ねぇねぇ、何歳?」


「十七歳です」


「へぇ、お兄ちゃんと近いね」


「シャルロット様はお幾つになられるんですか?」


「私は十歳!」


 ニコニコと私を見つめるシャルロット様。

 その姿はとても可愛らしいけど――なぜだろう、嫌な予感がするのは。


「ねぇねぇ、クロエの髪、綺麗な銀髪ね。触ってもいい?」


「はい、どうぞ」


 返事をすると、目の端で、一瞬ニヤリとするシャルロット様の姿が見えた。


「あれー? クロエ、髪に何か付いてるよー?」


 わざとらしく言うクロエ様。


 さては、また何か仕掛けたな。


 髪に手をやると、カサリと音がして、髪に付いていた黒い虫のようなものが取れた。


「ああ、クモのおもちゃですね」


 私は髪に付けられたクモのおもちゃをシャルロット様に返した。


 シャルロット様はぷうっと頬を膨らませた。


「つまんなーい。ビックリしないの!?」


「田舎育ちで虫には慣れておりますので」


 私は笑みを作って答えた。


 本当は、シャルロットの動きが見え見えだったからなんだけどね。


 生命反応もなくて、おもちゃだってすぐに分かったし。


「ふーん、田舎者なんだぁ」


「それでは、掃除させてもらいますね」


「うん、どうぞ」


 素直に部屋に入れてくれるシャルロット様。


 だけど、その後もシャルロット様は、イタズラが止まらない。


 ピーピー鳴るクッションに座らせようとしたり、指を挟むガムを薦めてきたり、足に紐をひっかけて転ばそうとしてきたり……。


 まあ、全部見抜いてかわしてやったんだけどね。


「つまんなーい!」


 仕掛けられたトラップを次々とスルーしていく私に、シャルロット様は口を尖らせる。


 つまらないって言われてもな。


 素人、それも子供の考えるトラップなんて簡単すぎてすぐに見抜けちゃう。


 こちらは、魔物のはびこるダンジョンや命がけのトラップに何度も挑んだんだもの。


「シャルロット様は、イタズラがお好きなんですね」


 私が言うと、シャルロット様はぷいっと横を向いた。


「好きっていうか、つまんないから」


「つまらない? 何がですか?」


「何もかもが」


 頬杖をつき、不機嫌な顔で外を見つめるシャルロット様。


「あーあ、何か面白いこと無いかなぁ」


 どうやら、お嬢様は今の生活に不満らしい。


「面白いこと、見つかるといいですね」


 返事をすると、シャルロットお嬢様は私のほうをチラリと見た。


「つまらないから、しばらくは新入りのメイドで遊ぶしかないかしら?」


 何ですかそれ。

 嫌な予感しかしないんですが。


 私は苦笑いをして部屋を出た。

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