第3話

☆☆☆


どうしてサッカーをやめてしまったんだろう。



本当は好きだったはずなのに。



あんなにかっこよかったのに。



頭の中でグルグルと考えているとあっという間に放課後になっていた。



1人で家に戻ってきたとき、玄関前に宅配便の車が止まっているのが見えた。



ちょうどセイコの家のチャイムを鳴らそうとしていたので、駆け寄る。



「ちょうどよかった」



宅配業者のお兄さんは名字を確認してから小さな段ボール箱をセイコに手渡した。



そこにはセイコの名前が書かれていてまばたきをする。



なにを買ったんだっけ?



そう思いながら伝票にサインをして玄関へ入った。



リビングにいる母親にただいまと声をかけ、荷物を持って2階へ上がる。



部屋の真ん中に置かれている丸いテーブルの上にダンボールを置いて開封してみたとき、ようやく自分が人間接着剤を購入したことを思い出した。



写真で見たのと同じで黄色い容器に人間接着剤と書かれている。



手の平サイズでほとんど重さも感じない。



「こんなので本当に心と心がくっつくの?」



そう呟いた時、箱の中に説明書が入っていることに気がついた。



《人間接着剤


この商品は人の心と心をくっつけることのできる商品です。



まず自分の手に接着剤をつけます。



その手で、仲良くなりたい相手と握手をします。



そうすればあなたの心と相手の心はしっかりとくっつくことになるでしょう》



「たったこれだけ?」



あまりにも簡単な説明にキョトンとしてしまう。



説明書と人間接着剤を交互に見つめた後、セイコはそれをペンケースの中に入れた。



どうせ嘘だと思うけど試してみるくらい、いいよね?


☆☆☆


翌日、学校に人間接着剤を持ってきたセイコは机の影にかくれるようにして、手のひらにそれを乗せた。



そのままくっついてしまったらどうしようと思っていたけれど、接着剤はサラサラとしていて手に馴染んで行った。



匂いは爽やかで嫌なシンナーの匂いはしてこない。



見た目は透明で一見手になにも乗せていないように見えた。



さて、これを誰に使ってみようかな。



机の影から顔を出して教室内を見回してみる。



セイコが一番繋がりたいのはもちろんユウキだ。



でもその前に他の誰かで効果を確認しておきたい。



そう思った時ハルナが目の前を通った。



ハルナはどうだろう?



すごく仲良くなりたいというわけじゃないけれど、A組の中では重要グループの1人だ。



仲良くしておけば自分の周りにも友達が集まってくるかもしれない。



ハルナが教室を出ていってしまいそうだったので、セイコは慌ててその後をおいかけた。



「ハルナ」



「え、なに?」



セイコに声をかけられたハルナは驚いた顔をしている。



グループが違うから、あまり会話をしたことがないからだ。



「えっと、その」



勢いで声をかけたものの、次にどうすればいいかわからない。



いきなり握手してというのはおかしい気がするし、でも握手してみないとわからないし。



「どうしたの?」



ハルナが怪訝そうな顔になったのでセイコは思い切って接着剤を塗った方の手を差し出した。



「握手、してくれない?」



「握手?」



ハルナはまばたきをする。



「別にいいけど」



不思議そうな顔をしたままハルナはセイコの手を握りしめた。



その瞬間手の平にあった接着剤がすーっと体の内側へ吸い込まれていくような不思議な感触がした。



すぐに自分の手のひらを確認してみたら、そこにはもう接着剤は残っていなかった。



「ハルナ、なにしてるの?」



廊下からトオコの声が聞こえてきてハルナは「今いく!」と返事をするとすぐに教室を出ていってしまったのだった。


☆☆☆


やっぱり、人間の心と心をくっつけるなんて嘘だったんだ。



机に座り、自分の手のひらを見つめてそう思う。



てのひらに触れてみると接着剤のサラサラとした感触ももう残っていない。



サッパリ系のハンドクリームとかだったのかもしれない。



200円で安かったしまぁいいか。



そう思い直してセイコは文庫本を取り出したのだった。

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