茅ヶ谷巡の堂々巡り

SHOW。

第1巡 茅ヶ谷巡の自分語り

【——総括として。どんなに自分がミステリー作品が好きで、もはや固執と言っても良いくらいの尊愛を注いだとしても、探偵にはなれっこないし、そもそもなろうとも思わない。小説や映画なら、とりわけ一見して怪奇的な殺人事件を扱う物語で、街並みが和洋問わず古風で、まだ情報化社会に至る前、電子機器を使用する描写が乏しい前時代的な世界観が自分の好みらしい。

 盗聴器や位置情報などで身元を割り出すのは現代的で、実際の事件でも採用されているくらい理に適っている方法だとは思うけど、どこかで探偵役と犯人役の関係が対等であることを望む自分がいつもいる。きっとそれは、そのミステリーが作品に過ぎないから、どこか遠い世界の話のようだから、所詮はフィクションだからこその甘い考えだ。この世の中にスポーツマンシップに則るような事件なんて有りはしない。みんなみんな、不当で不等な生き物の独りだから。

 つまりは相反するかもしれないけど、現代に於いて自分が理想とするミステリーは起こらないし、起こって欲しくもない。でも数々の素晴らしい作品には巡り逢える。こればかりは皮肉と言って他ならない。自分はいつも、事件の当事者になることなく、通報によって駆け付ける警察や私立探偵でもなく、また野次馬として加わることもなく、いつも俯瞰してミステリアスを観届ける役割。さしずめ妄想ばかりのストーリーテラーに過ぎない。だけどそれこそが最もこの世の中で平和な行いなんだと、人知れず自分を戒め結論付ける。 茅ヶ谷 巡】




 データの保存を確認して、ノートパソコンの画面から視線を外す。ついでに掛けていたメガネも外し、背凭れに身体を預け、しばらく両眼を閉ざす。

 気の早い文字列を凝視したあとだと、どうしても達成感よりも眼疲労や虚脱が勝る。ただ、いつまでもそうじゃ何にも進まない。

 やがて自分は目頭を摘みながら眼を開き、レンズを通さない乱れボヤけた視界で室内の侘しさを察する。


「んー疲れた……あれ? もう、夜……」


 開始したときには射し込んでいた日光がいつの間にか消えて、ノートパソコンの画面明かりが主張する。それは近視性乱視の頼りない視野でもはっきりと分かるくらいの変化で、より自分自身を暗澹とさせる情報にも成り得てしまう。


「はぁ……せっかくの休日が……何にもしてないのと一緒だよ、これ。大学生になってからもずっとこんなんじゃ、先が思いやられる……」


 片腕を天井に伸ばしながら意味も無く自虐に走る。結局のところ、こうするのが一番の気休めになるからだ。

 大学進学のために単身上京して3年目。履修、単位取得の呪縛から解放されつつある今日この頃。コツコツと積み上げた恩恵で生まれた講義ゼロによる休日を存分に持て余す。

 課外活動はしてないし、友人と呼べる学生も居なくて、いつも通りの黙々孤独作業日。去年までなら膨大な量のレポート作成に着手していて気が紛れていた。けど最近は講義も減少し、連鎖的にレポートも減り、部屋で何をしたら良いものかと熟考し、なにを血迷ったか大学卒業に必要不可欠とされる卒業論文擬きを制作するだけの一日になる。


「ほんと何やってたんだろ。まだ一年くらい余裕あるのに……というか仮に提出したとしても、こんなテーマじゃボツになるよね、多分。そもそも理系専攻でやることじゃないでしょ……まあ、試してみないと分かんないけどさ」


 好みのジャンルであるミステリー作品に触れてるけど、内容があまりにも私的過ぎて、理的にトリックのアリバイを紐解いてみた……などの描写すらなく、そのほとんどが文系に属する論文だ……いや、文学専攻の卒論としても通用しない気がしてならない。

 テーマが凡庸という理由で棄却されることはないと思うけど、何を提起したいのか自分でもよく分かってないし、革新的な論証でもないのは明白……読み返す気分にもなれない。


「どうしたものかな……このまま適当に……レポートの代わりにはなるか……」


 いつにも増して独り言が多い。

 誰もいないとちょっと強気で、言葉も滞りなく通りやすくなるとはいえ喋り過ぎだ。

 こんなの全然、自分らしくない。

 もう時期に自分は、就職か大学院に通うかの選択を迫られる。おそらくは将来の一大決心を宣言するとき。そんな精神的な強請りに休日の無駄遣いが拍車を掛ける。

 自分は一体どうするのが正解なのか。

 そんな問い掛けが出来る相手すらいないのに。

 キッカケを啓蒙してくれる誰かもいないのに。


「……とりあえず。パソコンをシャットダウンして、部屋の明かりを点かないと」


 自分はそう言いながらメガネを掛け直し、カーテンを閉めて部屋の点灯スイッチを押し、パソコンをシャットダウンする。

 その暗転した画面にはヘアスタイルであるローテールの一部と、大人びようとして買ったアイボリーセーターと、化粧っ気の欠片もない自分の素顔という、大体の上半身が映し出される。


 客観視してもなんというか。悪くはないんだけど、特別良くもないみたいな体裁。数少ない地元の知り合いが言うには、そこはかとなく儚げな顔立ちと細い身体がまさに文学少女そのもの……らしい。図書館とかが似合うんだそうだ。

 日向に晒されないからこその色白の地肌に、運動をろくにしないからこその非筋肉質の体躯。ネガティブに捉えるなら不健康っていったところかな。だとしたらあながち間違ってはいないね。


「今日も、お疲れ様」


 自分は自分にそう労い、シャットダウンを終えたばかりノートパソコンを閉ざす。そんなときに、不意に考えてしまう。大学生になって、成長して、変わったところは果たしてあるんだろうか。成し遂げたことなんてあるんだろうか。こういうのってどうしても、諸々のミステリーでも御法度な回路だと知っていても、自分自身の先入観が思考ロックさせて気が付けない。どこまでも唯一信頼出来る人物への、淡い贔屓による盲目だと常々思う。

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