第2話 男たちに襲われて

 いつも通り、雪姫ゆきは下校していた。

 高校生活も残りわずかな、まだ肌寒い季節。


 雪姫はいきなり現れた男に抱えられ、ワンボックスカーに押し込まれた。

 スライドドアの向こうはシートが全て倒され、雪姫はその上に投げ出された。

 雪姫を抱えていたのは大柄で太った男、運転席には顔色の悪い痩せた男。

 ドアが閉められ、すぐに発車する。

「なんなの、あなたたち」

「お前、親に切られたんだよ」

 太った男がニヤニヤ笑って言った。

 母親に邪険にされているとは思ったが、まさかここまでされるとは思っていなかった。しかも、直接手を下すのではなく、見ず知らずの男に。

「わたしを、殺す…の…?」

「そう言われてるんだがな、まずは楽しんでからだ」

 太った男が制服のブレザーを脱がしにかかるが、それよりも早く雪姫は男に抱き着いた。

「お願い、助けて。なんでもいうこと聞くから」

 上目遣いで、その目を潤ませて。

 しっかりと、体を密着させて。

 決して豊満ではないが、女らしさを感じさせる体を、感触を意識して適度に体を離して押し付けてを繰り返し、相手のカラダを入念に意識して。

 長い睫毛まつげを揺らす二重の大きな目。少し首を傾げた、鼻筋の通った整った顔。紅を引いたわけでもないのに赤い唇。背中の半ばまであるさらさらの長い髪。控えめに言っても、その美貌は十年に一度の逸材と言われるようなアイドルと同じかそれ以上。

 雪姫は必死に男に迫り、自身の体で興奮させ、殺意を薄くさせ、そのベクトルを逸らせようと努めた。

 腕力では勝てない。運よく警察の検問にでもかからなければ助かる見込みなどないし、今この車がどこに向かっているのかもわからないので計画すら立てられない。

 だから、今できることは「殺すのは惜しい」と思わせることだけだ。少なくとも、雪姫にはそれしか思い浮かばなかった。

 男のシャツの中に手を入れて、白魚のような指を胸元に這わせる。どうすることが正解かはわからない。頼りの綱は馬鹿な同級生の男子が話していた猥談と、記憶も曖昧な両親の夜の営みだけだ。

「おいおい、とんだ好きモンじゃねぇか」

 男がにやける。

 雪姫は畳みかけねばと必死になり、男のベルトに手をかけ、だぶついているズボンを下ろす。不快なにおいが鼻につく。一瞬手が止まるが、やめるわけにはいかない。

 張り詰めた下着を下ろす。

「おぉ~~~、いいぞぉ~」

 快楽の声が発せられた。

 男の声が更に不快さを上乗せしてくるが、ただ「生きるため」に耐える。

「おい、あとでちゃんと代われよな」

 運転席に座る男はバックミラーをちらちら見ながら後部シートで行われている情事に気を取られている。

 次の行為のため、体勢が変わる。

「こっちの具合はどうかな~」

 服をはだけた雪姫が仰向けにされ、男が覆いかぶさる。

 ぎしぎしと、シートが揺れる。停車時には周りに不審に思われないように動きを調整していたが、雪姫はただ痛みに耐えながら、男を喜ばせるための嬌声を上げる。

 どれだけ時間が経ったか、雪姫にはわからない。

 五分なのか、十分か、それとも一時間経ったのか。

 まだ、男の欲望は止まらない。

「おい、いい加減代われよ」

 運転席の男はイライラし始めていた。後ろで繰り広げられている色事が、バックミラー越しに中途半端に視界に入り、エンジン音に混じる少女の声ばかりが耳に入り生殺し状態だ。

 この位置だとよく見えない。

 ミラーをいじって角度を変え、信号停車時に振り向いては後続車にクラクションを鳴らされ、自身の怒張ばかりに意識が集中する。

 そんな状態がしばらく続き、もはや運転に気を使うことなどできなくなっていた。

「あ、もう、このままっ」

「おい、俺が使う前にあんまり汚すんじゃ—――」

 我慢ならずに振り向いたとき、ドン、と衝撃が走った。

 カーブを描くガードレールに衝突し、車体がスピンしたのだ。

 雪姫に跨っていた男は左のスライドドアに勢いよくぶつかり、雪姫はその男の分厚い腹に背中から突っ込んだ。

 雪姫は男がクッションになったおかげで大きな怪我はなかったが、不運なことに、男は後頭部を強打し、そのまま動かなくなった。

 雪姫はその様子を見て、運転席に目をやる。もう一人の男は頭を押さえながら呻いていた。

 スライドドアに手をかける。

 ドアが開く。

(今しかない!)

 雪姫は車から飛び出した。

 数秒遅れ、運転席の男が振り返り、動かない太った男と開け放たれた後部スライドドアを確認し、事態を理解した。

「あ、待てこの—――」

 シートベルトを外そうとするが、衝突の影響か、ロックされてなかなか外せない。

 視界の端で、着衣の乱れたブレザーを着た少女が小さくなる。

 どうにかシートベルトを外した頃には、もうどこにも雪姫の姿は見えなくなっていた。

「ちくしょうっ!」

 動かなくなった車体を蹴り、苛立ちを露わにする男は、スライドドア越しに後部シートを確認した。

 相棒の男はまだ死んでいないようだ。

 彼のスマホが落ちている。

 操作中だったのか、ロックはまだかかっていない。

 写真が撮られていた。何枚も、仰向けになった雪姫の姿が収められている。

 契約では、あの少女を始末しなければならないが、見つかるだろうか。

 見れば、少女の通学バッグも車内に置かれたままだ。中には彼女のスマホや財布、生徒手帳が入っている。

 一度車内から視線を外し、周囲を見る。

 周りは道路以外、深い森しかない。

 最寄りの街まで車で一時間。ここまで走ってみて、民家の一つも見てない。

「しょうがねぇ」

 男は適当な雪姫の写真を選び、加工を始める。

 色を付け、解像度を落とすなど、五分程度の作業を行うと、血に濡れた少女の完成だ。

(これ見せて報酬もらって、そのまましばらく身を隠すか)

 少女は慌てて森の中に入っていった。どこまで行ったかわからないが、着の身着のまま自分のいる場所もわからず、連絡手段もないままでは帰ることもできない。少なくとも、数日は。その前に報酬を貰ってしまえば、もし後で生きているとバレても問題はない。

 幸い、車は盗難車だ。このまま放置で構わない。

 離れた場所でタクシーを呼び、帰ることにする。不審に思われたら、友人と喧嘩して放置されたとでも言えばいいだろう。

 しばらくして目覚めた太った男と共に、痩せた男は街へと帰った。

 そして、依頼主から報酬を現金で貰い、すぐにその場を去った。





 その夜—――

『続いてのニュースです。本日午後九時十分ごろ、JR九高線北八皇子駅のホームで男性二人が電車に衝突し、死亡しました。警察は事件と事故の両面から捜査を進めており、ホーム上のカメラ映像の確認を進めているということです。この影響で、現在も九高線では運転見合わせが続いており、ロータリーのタクシー乗り場には長蛇の列ができています。

 さて、続いては、今日のスポーツです。松園さーん!―――』

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