#2

 旅館に着いたのはもう日が落ちた頃。岩手は土地が広い為、高速道路を下りてからも旅館までの道のりは長い。結局、混んでいた事もあり半日ほどかかってしまった。


「もう身体がバキバキよ…今日はすぐ寝れそうだぜ」

「お前は阿保か。撮影もあるし、何か現象があったらすぐ起きれるようにしとけ」


 車にずっと座っていたせいか、お互いの身体は悲鳴を上げている。口では篤に文句を言っている千春ではあるが、同時に自分にも言い聞かせていた。


 明るい時間であれば緑溢れる綺麗な景色だったろうが、あいにく辺りは暗くなっておりその景色も今は見る事が出来ない。


 少し残念に思いながらも旅館まで続く、綺麗な石畳の道を歩いて行く――。




 事前に旅館側には撮影の許可を貰っていた為、すんなりと受付も済ませる事が出来た。さらには支配人自ら、座敷童と旅館の歴史を丁寧に教えてくれるという好待遇。少しふくよかな体系で、人の良さそうな顔をしている50代くらいの支配人。


 中々興味深い話をしてくれた後に部屋に案内をしてもらった。


「いやー、やっぱり座敷童はこの旅館に来る人だけじゃなくて、旅館も繁盛させる福の神なんだな」


 すぐに人の話を真に受けるのは篤の良い所でもあり、悪い所でもある。いつか、詐欺にでもあいそうだと、そんな篤を見て思う。


「テレビでは見た事あるけど、実際の目で見てみると圧巻だな」

「確かに!人形とか子供が好きそうな玩具がいっぱい飾ってあるな!」


 案内された和室の部屋には、壁際に所せましと人形や玩具が飾られている。なんでも、座敷童が部屋に来ると、置いてある風車や風船が勝手に動くようだ。


「まずは支配人に教えてもらった神社にでもお参りに行くか」


 先程、支配人の話の中で座敷童が祀られている神社が、この旅館のすぐ近くにあるという事を聞いた。なんでも、旅館自体に座敷童が住み着いているわけではなく、神社から旅館に座敷童が遊びに来るらしい。


「参拝すれば座敷童も部屋に来てくれる可能性が上がるとか言ってたもんな!」


 暗い夜道を僅かながらの外灯を頼りに歩いて行くと、目的の神社が視界に入って来た。


 朱色の立派な鳥居の奥には小さな本殿があり、その周りにはまだ花びらが散り切っていない桜の木が生えている。外灯の光が桜の木と本殿を照らしていて、何処か神秘的な雰囲気を醸し出していた。



 しかし、特に千春は何の気配も感じてはいない。座敷童が宿に遊びに行っているのか、それとも座敷童などやはり元々居ないのか…。


 そんな事を考えつつ参拝を終えた千春たちは旅館に戻り、美味しい夕飯と温泉を堪能するのであった――


 ◇


「千春。今の所、何か見えたりしてるか?」

「全く何も視てないな」


 部屋に定点カメラで撮影を始めてから1時間。特に今の所、玩具が動いたりなどの不可思議な事は起こってはいない。


「という事は、座敷童は良い幽霊だから千春に視えないって事なんじゃないか?」

「まだそれらしい事が起きてないんだから、判断するのは早いだろ」


『きゃはははっっ』


 何処からか突然聞こえてくる小さな子供の声。室内を見渡すが千春にはその声の主の姿を視る事はできない。


「千春も聞こえたか?」

「あぁ。子供の声だったよな?」

 篤も聞こえていたようで、何処かその表情は嬉しそうだ。



 トン――トン、トン――


 子供の声に続き、室内の畳の上を走り回っているような軽い足音が聞こえる。


(んー…やっぱり視えない。つまり、本当に良い妖怪が存在するのか…?)


 明らかに室内を走り回る音――そして、モーターで動いているかの様に回り続ける風車――子供の笑い声。


 自室でこんな事が起こってしまったら、まず間違いなく普通の人なら家から飛び出す程の怪異。


 しまいには、ドン――ドン――と、何かボールの様な物を床に叩きつけている音も聞こえてきてしまう。


「え?これって本当に座敷童なのか…?なんかちょっと主張が激しくないか?」

「聞いてた話と大分違うような気もするな。流石にこんなにうるさくしたら、他の客からクレームが――」




 プルルルル――プルルルル――




 お互いに「お前が説明しろ」と、目で言い合う。


 結局、電話で説明する事になったのは千春なのだが、騒いでるのは自分達ではないと言っても信じてもらえない。


 結局、旅館のスタッフと共に支配人も千春たちの部屋に訪れ、その現象を目の当たりにしてしまう事になるのだが、そこからが大変であった――。




 支配人もこんなにはっきりと座敷童が、遊んでいる?光景を見た事がないようで、しきりに室内で座敷童へ感謝の念を伝えていた。


 勝手に動く風車――ガタガタと揺れる襖――子供の駆け回る軽い足音に笑い声。


 そのような現象の中、室内で日頃の感謝の念を伝えている支配人。物凄くシュールな光景である。


 支配人と一緒に付いてきたスタッフに視線を向けると、顔は青ざめて身体はぶるぶると震えていた。普通はこれが正しい反応である。





 その後、次第に収まって行く怪異の中、支配人からは感謝の念を伝えられた。とは言っても、千春たちが特に何かをしたわけではない。その事を伝えても支配人は「きっとあなた達の人柄を座敷童が気に入ったのでしょう」と言ってくる。その言葉になんて返せばいいか分からない二人であった。




「支配人いわく、座敷童は喜んでいるらしいから、俺達にも幸運が訪れるんじゃねぇか?お金も欲しいけど、綺麗な女の人と付き合いたい!」

「だと良いけどな。まあ、気の持ちようだと思うぞ?」


「千春は夢がないな」


 そんな下らない会話をしながら過ごしていた二人だが、その後は怪異は起こらず静かな夜を過ごしていた。


 運転の疲れからだろうか。二人はいつの間にか眠りについていた――。




 ◇



 目の前に小さな社が見える――その場所で一人の女の子が寂しそうに座っていた。


 そこに、以前も見た綺麗な女性が近づいていくのが見える。


 女の子は寂しそうな顔から一転、嬉しそうな顔で女性を見上げると話しかけ、手を繋いで何処かに歩いて行った。


 綺麗な女性は視線をこちらにちらりと向けると、


『この子をよろしくね』


 透き通るような綺麗な声でそう呟いた――。








「夢…か」


 またあの女性の夢を見た千春。以前の様に恐ろしい夢ではなかった事に安堵しつつも、女性の言葉の意味が分からなかった。


 千春に夢に出てきた女の子の面倒を見てほしいと取れるような言葉。勿論、千春は夢に出てきた女の子と面識などない。一体どういう事なのだろうか…。



「んー…クミ――」


 隣で寝ている篤の寝言により、思考の沼にどっぷりと浸かっていた千春は現実に戻される。


 スマホで時刻を確認すると朝の6時を過ぎた頃であった。朝食までもう少し猶予があるものの、朝の弱い篤の事だ。ギリギリまで寝ようとするのは分かり切った事である。旅館に泊まっている客の人数を想像するに、朝食の会場は混みあう事が予想出来た為、中々起きない篤の事を蹴飛ばして起こす千春であった――。





 美味しい朝食を食べ、支配人に撮影をさせてもらったお礼を伝えると、「是非、いつでも来てください」と、にこやかに言われた。


 お世辞だろうと千春は考えたが、支配人の表情を見る限りどうも心から言ってくれている事が分かる。苦笑いしながらも「ありがとうございます」と感謝の言葉を伝えて、旅館を後にする千春たち。



「いやー、いい経験になったよな。それに、千春には座敷童の姿が見えなかったんだろ?って事は、良い幽霊は存在する事は間違いないわけだな」

「お前のドヤ顔がむかつくけど、まあそういう事だろうな。本当に良い経験になったな。…ところで、篤の事だからこのまま帰るって選択肢は無いんだろ?」


「当たり前だっつーの。まだまだ休みはいっぱいあるんだ。東北なんて、中々来れないからな…事前に東北の心霊スポットを調べて来ました!」


 その言葉に大きくため息を吐く千春。昨日の撮影でカメラのバッテリーも切れてしまっている事は篤も知っているはず。それなのに、心霊スポットに突撃するという事は、ただ単に篤が行きたいだけという事だ。


 今年のゴールデンウィークは長い休みになりそうだ――窓の景色を見ながら思う千春であった――。





 以前から日本で予約が取れない宿としても有名な清流旅館だったが、その後、清流旅館の動画を投稿したという事もあってか、予約が5年先までうまる状態になったという。


 これが座敷童という福の神の力なのかは分からない。


 だが、千春はゴールデンウィーク空けから、急に起きるようになった怪異を見て思う。


『もしかすると座敷童が憑いてきたのか?』



 そう思わざるを得ない怪異が、事務所の中で起こっているのだ。旅館で聞こえてきた、楽しそうな笑い声に子供の走るような軽い足音。


 そんな事がしょっちゅう起こるようになってしまった。


 それに夢の中で女性に言われた言葉。千春はそれらの事を考えると、あの女性が座敷童を連れてきたとしか思えなかった。



 最初はその仮説に思い至った時には頭を抱えていた千春であったが、今ではもう諦めてそのままにしている。


 座敷童が居なくても繁盛している旅館の情報を耳にするたびに千春は思う。


『結局、座敷童を見れば幸せになるとかはその人のだ』








【気の持ちよう】~完~

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