第8話 コンビニの女 後編

 コンビニのバイトを始めてから、三か月くらい経った頃だったと思う。篤は何も起こらない事に飽きはじめていた。


「なーんも起こらなくてつまらん。篤はなんか隠してるみたいだしさ」

「はぁ?隠してるって何をだよ」


 篤は少し真面目な顔をして、


「これだけは教えてくれ。もしかしてヤバい奴?」

「…篤は四六時中女に監視されたらどう思う?」

「それは…嫌だしヤバい奴だな。え…つまりそういう事?」

「あぁ。頼むから普段通りにしててくれよ?」


 バイトを始めてから三か月――あの女は一度もコンビニの中に入って来た事はない。女が入ってこれないのか、入ってこないのかは正直分からない。ただ、認知されてしまったら、ろくでもないことになるだろうという事だけは分かった。






 平日の夜は、長距離トラックの運転手が駐車場に止めて寝ていたりするが、週末の夜中になるとこのコンビニはヤンキー達のたまり場になる。その日は日付が変わって日曜の午前一時くらいだった。


 一台の白いセダンがコンビニの駐車場に車を止めた。車からは三人の派手めな男が降りてきて、喫煙所で煙草を吸い始めていた。


 今は外に灰皿なんかを置いているコンビニも少なくなってきてると思うが、当時はコンビニにはほぼ灰皿は設置されていた。大体は雑誌コーナーの方に置いてあることが多いと思う。千春たちがバイトしてたコンビニも雑誌コーナーの方にあった。


「千春。…ちょっと外に居る奴見てみろよ」


 篤にそう言われたが、出来ればその方向を視たくはなかった。


 灰皿が置いてある場所、そこは女が立っている場所だったからだ。変な所で勘が良い篤の事だ、ここで千春が見なかったりするだけで篤にそこに幽霊が居ると教えている様なものだ。


 しかたなく女と目線が合わないように視線を少しだけ下に向けながら見ると、先程の男の一人が女に話しかけている。


 この時初めて見た――幽霊にナンパしてる男を。傍から見れば誰も居ない窓に向かってニヤニヤしながら話している痛い奴に見える事だろう。


 男が話しかけていても女は相変わらず店内をジッと見ている。他の二人はそんな様子を見てケラケラと笑っているのが見えた。


 少しするとナンパをしていた男が、急にキョロキョロしたかと思うと何かを探す様子で店内に入ろうと歩いてきた。


 男の背中にピッタリとくっついた女を連れて――。





「「いらっしゃいませ」」

 千春の表情はかなり引きつっている。


 男は店内を歩き周っているようで、やはり何かを探している様だった。


「すいませーん。外に居た女の子って何処行ったかわかりますかぁ?」

「???外に居た女の子、ですか?俺はそんな人見てないですけど…千春、そんな人居たか?」

「外に女の人は居なかったと思いますけど、どうなされました?」

「あっれー?さっきまで絶対居たのにな…」



 その後も執拗に聞いてくる男の背中からは女の髪が視える。内心、「早く帰れッ!!」と思っていたが、流石にそんなことは言えない。


 男は納得した様子はなかったが、首をかしげながら仲間たちの方に戻って行った。


「変な奴だったな。…どうした?」

「いや…そうだな。迷惑な奴だったな」

「…?」

 苦々しい顔で千春は言う。


(あの男…店内に女を置いて行きやがった。あの男には悪いけどそのまま女を連れてけよ)


 コンビニのバイトは千春にとって楽して金を稼げる天国から、女が店内をうろつきまわる地獄となった。


 それからバイト中に店内に客が居ないのに雑誌が落ちたり、店内に来客を告げるチャイムが鳴り響いたりと不思議な事が頻発し、女が視えてない篤も不審に感じ始めていた。


 徐々にエスカレートしていく怪異に、千春は我慢をしながら働いていたが、千春たちに何かしてくるとか、そういう直接的な被害は受けていなかったのもあり、何より楽して稼げるバイトだったから辞めるのを躊躇していた。


 何より、そのうちどっかに行ってくれるんじゃないかと思っていた。


 だが、女が何処かに行く前に、千春たちの方が先に辞める事になってしまったのだが――




 たまにあるんだが、夜中なのに客がタイミングを見計らったように集中してコンビニに来る時がある。ただ、一人ではないし、篤もいるから楽々捌けていた。


 その日もそんな感じで客が店内に複数居た。千春のレジも三人、篤のレジにも二人くらい並んでた。


 一人目の客を捌いて二人目の客の品物を受け取ろうとしたが、レジの前には何も置いていなかった。「あぁタバコか」そう思い視線を上にあげると、バッチリ目が合ってしまった。


 あの女と――。


 今までは顔をはっきりと見た事はなかったが、その時初めて女の顔を見た。一瞬だったけどハッキリ覚えている。


 よく怪談とかでは女の髪がボサボサで、生気のない顔とかそんな感じの事を言うのを皆も聞いたことがあるかもしれない。


 千春が見た女の顔は何処にでもいる普通の女だった。髪はセミロングで薄いけど化粧なんかもしてた。


 ただ…千春の目を見てにっこり笑ってた。内心かなり焦っていたが、平静を装って「次の方どうぞ」と言う。


 後ろに並んでた作業着を着た男性は「え?あぁ…」と言って買い物をして帰って行った。ただボーッとしていただけかもしれない。だが、千春にはあの男性にも女が視えていたんじゃないかと感じていた。


 店内に客が居なくなった後も、女はずっと千春のレジの前に立っている。


 その日に篤に事情を話し、二人でバイトを辞める事になる。


 その後、数年してあのコンビニはまた違うコンビニになっていたが、今ではもう更地だ。


 場所が良いのによく潰れる店には、気を付けた方がいいのかもしれない――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る